第109話 予選通過
控室の扉を悠斗が肩で押し開けた。
退場ゲートからの通路の薄暗さが、扉の向こうの蛍光灯の白さで一度途切れる。蒼真は弓を提げたまま、紅葉と里奈と真帆の三人を先に通してから中に入った。航が最後に扉を閉める。
長机の上に、試合前に置いてきた水筒とタオルがそのまま残っていた。
「あー、勝った勝った」
悠斗が槍を壁に立てかけて、椅子の背に上着を投げる。脚力強化を切ったあとの脱力が、肩から落ちるように出ていた。
「勝ったあ、じゃないでしょ。十分四十二秒、無傷よ無傷」
「だから勝ったって言ってるじゃねえか」
「ニュアンスが違うの。『あー勝った』じゃなくて『勝ったぞ』なの」
「どっちでもよくね?」
「よくない!」
紅葉が悠斗の隣で水筒の蓋を回しながら声を張った。試合中に半分まで圧縮していた口数が、扉一枚を挟んで一気に戻ってきている。
里奈はベンチに腰を下ろして、杖を膝の上に横に寝かせた。指先で柄を一度だけ撫でて、軽く息を吐く。
真帆も同じベンチの隣に腰を下ろす。両手で杖を握り直してから、ようやく膝の上に置いた。杖の先端に残る白い光の輪郭は、控室の蛍光灯の下でほとんど見えなかった。
「里奈ちゃん、魔力、空になっちゃった?」
「空、ではないです。でも、半分くらいです」
「お疲れさま」
「真帆ちゃんこそ、お疲れさま」
里奈の声と真帆の声が、低い位置で半歩遅れて重なる。
紅葉が水筒のお茶を一口飲み込んで、ベンチの前で軽く屈伸をした。
「ねえ二人とも、《光球》四個と氷床三本すごかったよ。観客席から見てた人、絶対びっくりしてる」
「観客席、見ました?」
「うーんと、視野の隅で、ちらっとだけ」
「私は、見てないです」
「真帆ちゃん、戦闘中に観客席見ないもんね。ヒーラーの鏡」
「鏡、というほどでは」
「鏡、鏡。ねえ悠斗。真帆はヒーラーの鏡だよね」
「鏡だな」
「悠斗、絶対何も考えずに同意したでしょ」
「考えてるよ。鏡だよ、鏡。光、反射してる」
「それ意味違うから」
悠斗が天井から目を戻し、上着の中の汗をタオルで拭き始める。試合中に張りつめていた肩の線は、控室の蛍光灯の下でようやくいつもの高さに下りていた。
航は長机の端に荷物袋を置き、中からノートパソコンを取り出した。蓋を開けて電源を入れる動作までは、試合の興奮とほぼ無関係だった。
「航、もう表計算アプリ開くの早すぎね?」
「冷めないうちにメモる方が、後で見返した時に役に立つ」
「『冷めないうちに』っておでんかよ」
「比喩だ」
「やかましい」
悠斗が椅子に深く座り直して、首を後ろに倒した。天井の蛍光灯の白さに、目を細める。
蒼真は和弓を壁際の弓置きに立てかけて、矢筒を肩から外した。
残っている矢を一本ずつ抜いて、矢羽の損傷を指の腹で確かめながら、机の上に並べていく。
扉が二度、軽く叩かれた。
「失礼するぞ」
返事を待つでもなく、後藤が扉を開けて入ってきた。煙草の箱を手の中で弄びながら控室の入口で一度立ち止まり、班員六人を順に視野の中に収める。
悠斗の脱力と紅葉の口数の戻りを見る。里奈の杖に残る光と真帆の両手の握り方を見て、航のノートパソコンに視線を流す。最後に蒼真の矢の並べ直しを確認してから、後藤は煙草の箱を上着のポケットに戻した。
「無傷でしたなあ、班長」
「はい」
「十分四十二秒。前の試合の八分四十二秒と二秒の倍数で揃ってる。まあ、君らの審判運というやつかな」
「お前ら絶対狙ってるだろ!」
悠斗が天井に向けたままの顔から、声だけを跳ね返してきた。
後藤の口の端が、いつもの昼行灯のままの角度で半分上がる。
「狙ってないなら偶然、狙ってるなら才能だな、橘」
「どっちも嫌すぎる」
「橘の脚力強化、戻り早かった。良い切り上げ方だった」
「ありゃ、急に褒められた」
「鬼塚は二時方向、誰よりも先に視野に入れていた。指示の前に位置が動いていた」
「あー出た、後藤先生の事後評価」
「中村の氷床は三本、無駄打ちなし。短く真っ直ぐ、後半の一本がよく効いていた」
「ありがとうございます」
「小林の《光球》四個、視線の引き寄せ方が一段上手くなった。光の出し惜しみと出し時、両方良かった」
「はい」
「宮瀬の指示の入りは半秒早かった。今日は番号付けで言わず、位置で言った場面が三回。前の試合より少し」
「修正しました」
「神代の三回目のフェイント――ナイフを抜かない奴な。あれ、誰の発想だ?」
後藤の視線が、机の端のノートパソコンの前で手を止めている航と、その隣で水筒を傾けている紅葉の間に半秒ほど滞った。
紅葉がふふんと短く笑って、口を半分開けた。
「ナイフを抜かない、っていうのは、フェイントの一個前に蒼真と話してた時に出てきました」
「鬼塚の発言から?」
「うーん、半分くらい。残り半分は蒼真の頭の中で勝手に組み変わったやつ」
「組み変わった、ねえ」
後藤は煙草の箱をポケットの上から軽く押さえて、納得とも違う、納得を一段先送りにするような頷きを返した。
「悪くない発想だな。一人で立つ行と誰かの言葉で立つ行は、混ぜていい。むしろ混ぜた方が試合は強くなる」
後藤は控室の中をもう一度だけ視野で撫でて、扉の方へ半歩戻った。
「次の試合は明日だ。二組第一班、芹沢のとこな。大盾二枚と槍、地魔法二枚にヒーラー一枚。手数を奪う方の班だ」
「堅守長丁場ですか」
「そういう類型だな、宮瀬。情報の精度は今夜のうちにエクセルに反映しといてくれ」
「もうやってます」
航の指がキーボードの上で短く動いた。
後藤は控室の入口で、もう一度だけ煙草の箱を半分だけ取り出して、半分だけ戻した。
「我慢、我慢な」
「分煙、徹底ですね」
「校舎の中だからな、宮瀬。我慢してる、これでも」
「先生」
紅葉が後藤の背中に短く声をかける。後藤が半身だけ振り返った。
「明日の試合、見に来ます?」
「観客席の隅の方から見るよ。教官席は、まあ橋本のとこに混ぜてもらう」
「橋本先生も来るんですか」
「予選の本数が増えてくると、戦闘教官も並行で見るのが多いんだな。橋本のおっさんは、特に君らの試合は見たがる」
「光栄です」
「光栄かどうかは、勝ってからな」
後藤が扉を閉めて出ていく。
控室に班員六人が残った。机の上に並べた矢とノートパソコン。そこに水筒の蓋を回し直す音だけが続いた。
悠斗が大きく息を吐いて、椅子の上で背を伸ばした。
「腹減ったあ」
「もう?」
「俺、試合終わると腹減るんだよ」
「悠斗、試合前もお腹減ってたよね」
「試合前は別腹だ」
「別腹なんてあるか」
「ある」
紅葉が「はーい、はい」と短くいなしてから、自分のリュックを開けた。中から個包装のチョコレートを取り出す。悠斗・航・里奈・真帆の前に一つずつ置いた。蒼真の前にも一つ置かれた。
「全員にあるの?」
「ある。試合勝った日用」
「勝った日用、っていつから準備してたんだよ」
「予選始まる前から。リュックの底に入ってたの」
「気が利くなあ、紅葉は」
「ふふん」
「ねえ蒼真、紅葉、こういうとこマジで気が利くよな」
「うん」
「俺もたまには気を利かせたい」
「悠斗、試合終わってから腹減ったって言うのが、気を利かせるの逆だよ」
「そっち系の気は利かせないんだよ俺は」
「どっち系の気を利かせる気なの」
「内面的な気だよ。心の中で利かせてる」
「見えないよそれ」
チョコレートの包装の擦れる音が、控室の中に四つ、五つと小さく重なる。
里奈がチョコレートを口に運んだ後、杖の柄を指の腹で一度だけ撫でた。
「甘い、ですね」
「氷魔法使いに甘いものは、合うって、私の地元の人が言ってた」
「地元の? 誰が?」
「うちの伯母さんが」
「鬼塚の伯母さんが、なぜ、氷魔法使いの食事に詳しいんだ」
「詳しくはない。なんとなく言ってた」
「なんとなくか」
「なんとなくだよ航」
航がチョコレートの包装を几帳面に開け、ノートパソコンの隣に置いた。食べる前にまずキーボードへ指を戻す。試合の運びを箇条書きで記録する手は、止まる気配がなかった。
蒼真も自分の前のチョコレートを一つ、矢を並べ終えてから口に入れた。
甘さが、試合中に張りつめていた口の中の乾きを、半分だけ溶かした。
◇
医務室で簡単な状態確認を受けてから――蒼真班は全員が無傷だったため、念のための問診と装備の汗対策の確認だけで五分ほどで終わった――控室に戻って装備を片付けた。
悠斗が槍を布袋に収める。航が和弓のメンテナンス用品の在庫を蒼真に申告する。紅葉がショートソードの鞘の擦れを目で確かめる。里奈が杖を専用ケースに収めて、真帆も同じ動作を半歩遅れで重ねる。
六人で装備を運んで、立川駅前のロータリーまで歩いた。
いつもの三方向の集合動線が、今日は解散動線として機能する。蒼真と航は錦町方向。悠斗は柴崎町の寮。紅葉・里奈・真帆の三人は学院寮方向。
別れ際に紅葉が、明日はいつもより早めに集合しようと短く言う。悠斗と航と蒼真の三人が同時に頷いた。
◇
翌日――2月第三週末日、予選第3戦。
相手は二組第一班、芹沢班。大盾持ちの剣士二枚で前衛壁を作り、槍術士の穂先で削りに来るタイプの堅守長丁場型。試合は十四分台に入った。
蒼真班は前衛で大盾の中央を突破しなかった。フォーメーションCの基本動線通り、紅葉が右側面に回り込む。そこから里奈の氷床で大盾持ちの足元を奪う。悠斗の槍が左の槍術士を先に判定KOへ持ち込んだ。地魔法二枚は航の指示で対角に分断される。相手のヒーラーは塵のないフィールドで姿を晒した瞬間、蒼真の七本目の矢で判定一発KO。
蒼真班、KO四枚差で勝利。
試合後、芹沢健司がフィールドの中央で大盾を肩から下ろして、蒼真に短く頭を下げた。蒼真も和弓を正面に立てて返した。
控室に戻る通路で、悠斗が「やっぱ堅守長丁場は疲れるな」と肩を回した。紅葉が「悠斗、十四分しか戦ってないでしょ」と笑う。悠斗は「俺の体感は三十分なんだよ」と返した。
航が翌日の試合準備のために、ノートパソコンの上に新しい行を一つ加えた。
その翌日――2月第四週初日、予選第4戦。
相手は五組第三班、森谷班。剣士二枚・魔法使い二枚・斥候一枚・ヒーラー一枚の教科書通りのバランス型で、班長の指揮スキルがスキル発動タイミングを僅かにずらして連携を効かせるスタイル。
試合は長引いた。蒼真班も決定打を取りきれない。互いに軽傷の累積を取り合う展開が十分を越え、最終的に試合時間の上限――十五分のサイレンが鳴った。判定はKO数とダウン累積の合計。蒼真班が森谷班を僅差で上回り、判定勝ち。
森谷有紗が試合後にフィールドの中央で、剣を正面に立てて短く頭を下げた。蒼真も和弓を正面に立てて、半秒だけ長く頭を下げた。
退場ゲートの通路で、紅葉が「あれは勝ったというより、しのいだだね」と短く言った。航は「判定勝ちは勝ちだ」と返す。
試合終了の判定ベルが鳴った瞬間、KO数とダウンの累積で上回っていればそれで勝ち。
悠斗は「しのいだ勝ちも勝ちだよ。四勝四勝」と上機嫌で繰り返した。
◇
予選四戦、四勝。
蒼真班、第三グループ一位通過。
控室のホワイトボードに、航が予選結果を書き出した。
第一戦・vs四組第二班、KO六枚差で勝利(八分四十二秒)。
第二戦・vs三組第四班、KO六枚差で勝利(十分四十二秒)。
第三戦・vs二組第一班、KO四枚差で勝利(十四分台)。
第四戦・vs五組第三班、判定勝ち(十五時間切れ)。
「四勝、ですね」
真帆が、ホワイトボードの数字を見ながら呟いた。
悠斗が真帆の隣に立って、ホワイトボードに手のひらを当てる。
「四勝な。四勝」
「悠斗、嬉しいのは分かるけど、ホワイトボードに手のひらの跡つくよ」
「跡くらい、ついてもいいだろ」
「あとで先生に怒られる」
「先生も来ないだろ、こんなとこ」
「来るよ。後藤先生、見回り好きだから」
「マジか」
悠斗がホワイトボードから手のひらを慌てて引いて、引いた手の油で書類を持ったから、書類が指紋だらけになる。
紅葉が、ふふっ、と短く笑った。
◇
予選明けの翌日――2月第四週中日。決勝トーナメントの組み合わせが正式に発表された。
航が朝のうちに、ホームルーム前の教室で、A4用紙一枚を蒼真と悠斗の机の上に並べた。
「決勝トーナメント、一回戦は五試合。我々は準決勝直接進出枠でシード扱い」
「シード?」
「準決勝で対戦予定だった三組第一班が、一回戦で一組第三班に敗退。組み合わせの繰り上がりで、我々は1回戦が空いて準決勝から登場になる」
「ラッキー、ってやつか」
「ラッキーというより組み合わせの構造的な調整だ。シード制度は、前期試験やイレギュラー対応を考慮する。予選の内容や毎月の探索実習の結果も見る。毎年、優勝候補が一回戦不戦勝になることがあるルールだ。今回はそれが我々に回ってきた」
「俺ら、優勝候補?」
「四戦全勝、無傷・少傷・少傷・判定勝ちの内訳だ。グループ一位通過の中では、KO数が最多。順位の根拠としては妥当」
「ふうん」
悠斗がA4用紙を斜めに持ち上げて、目の前にかざした。
紅葉が後ろから紙の上を覗き込んで、決勝トーナメント表の右の方を指差した。
「ね、ね。準決勝、誰と当たるの」
「組み合わせ次第。準決勝で当たるのは、三組第三班、または四組第四班。両方とも二月最終週初日の試合で決まる」
「で、決勝は?」
「決勝は――反対側のブロックの勝者と当たる」
航が言葉の途中で、A4用紙の左半分を指差した。
左半分の山には、見覚えのある名前が並んでいた。
反対側のブロック、決勝進出最有力。
一組第一班、竹井班。
◇
航が用紙を机に下ろして、視線だけを蒼真の方へ向けた。
「決勝で当たる相手は、ほぼ確定で竹井のとこになる。反対側のブロックで、竹井班に一回戦で勝てる班は現状の評価では一つもない」
「一つも?」
「序列の話だ。情勢が動けば変わる。ただ、現時点の評価では、竹井班は反対側のブロックで頭一つ抜けている」
「クラスメイトと、決勝かよ」
「クラスメイトとの対戦は、決勝で実現する組み合わせ規則だ。予選は各クラスから一班ずつの抽選編成で同クラス対決を予選で起こさない。決勝トーナメントは予選結果でブロック分けされるが、結果的に同クラスが決勝で当たる構造になりやすい」
「規則どおりってことか」
「規則どおりだ」
航が用紙の上の竹井の名前のあたりに、ペンで小さく印を入れた。
紅葉が、机の縁に肘をついて、決勝トーナメント表をじっと見つめている。
「ねえ、竹井くんとこの斥候、確か佐藤くんだよね」
「佐藤進。軽業のスキル持ちだ。身のこなしに補正がかかる」
「軽業かあ。私の予測射程に入ってくれるかなあ」
「鬼塚の予測射程の内側に入ってもらうための仕掛けは、これから組む」
航は短くそう答えてから、用紙を二つに折って、自分の鞄に仕舞った。
ホームルーム開始まで、あと三分。
◇
チャイムが鳴る前の教室の空気は、いつもの月曜の朝より少しだけ密度が高かった。
蒼真は自分の席から、教室の左前方――窓側の前から三番目の席――に座っている竹井創の背中を、視線の中に半秒だけ入れた。
竹井が、ほとんど同じタイミングで振り返った。
視線が交わる。
竹井の右手は教科書の上に置かれたまま、左手だけが机の縁に軽く置かれていた。穏やかな表情のまま、口の端が半分だけ動く。
「神代」
「竹井」
「決勝、当たるみたいだな」
「みたいだな」
「うちの班、序盤からお前らのフォーメーションC、ぜんぶ読みに来るぞ」
「読まれた前提で、組む」
竹井の口の端が、半分動いたまま、もう半分だけ動いた。
「――勝つのはこっちだ」
「望むところだ」
須藤の声と半秒、重なって聞こえた。
昇格戦の終わりに、須藤が「望むところだ」と返してきた朝の教室。あの時の須藤の声と今の自分が返した声が、教室の窓側の光の中で半秒だけ重なって聞こえた。
竹井の視線は、それ以上は引っ張らずに、教科書の上に戻った。
蒼真も自分の机の上に視線を戻して、和弓の代わりに、シャープペンの先を指の腹で確かめた。
席の後ろから、悠斗の小さな声が背中越しに届く。
「お前ら、朝から、何やってんだ」
「挨拶だ」
「挨拶って雰囲気か、あれ」
「挨拶だ」
「クラスメイトの挨拶じゃねえだろ」
「クラスメイトの挨拶だ」
悠斗がもう一言だけ言いかける。紅葉に「悠斗、声、まだデカいよ」と肩を叩かれた。悠斗はそこで口をつぐんだ。
航は机の上に教科書を立てたまま、ノートの端に小さく文字を書き加えていた。蒼真の角度からは読めなかった。たぶん、決勝戦のフォーメーション再設計の最初の行。
チャイムが鳴る。
ホームルームが始まる。
◇
夜、錦町のマンション。
冷蔵庫から出した白飯と納豆と味噌汁で簡単に夕食を済ませてから、蒼真は和弓のメンテナンスに取り掛かった。
弦の張り具合と握り革の状態を確かめてから、矢羽の損傷と矢じりの摩耗をいつもの順番で点検していく。試合の本数が増えてから、矢羽の擦れが少しずつ累積していた。換えの矢羽は引き出しの中にあと一袋。決勝までにもう一袋発注しておくべきか。蒼真は頭の中で短くメモを取る。それから机の引き出しからメンテナンスノートを取り出した。
今日の頁を開く。
予選四戦の結果と、決勝トーナメントのシード扱い、決勝戦の対戦相手が一組第一班・竹井班に確定したこと――そこまでを箇条書きで書き留めた。
その下に、竹井班の班員プロフィールを、航のエクセルから写した形で並べる。
班長・竹井創、剣士・身体強化。前衛槍・本村涼、刺突強化。
斥候・佐藤進、軽業。
火魔法使い・斉藤花帆。氷魔法使い・藤島美香。白魔法使い・進藤あかり。
進藤は白魔法使いだが攻撃魔法《光矢》を主戦力に撃ってくる。真帆とは対極の運用だ。航のメモには、リーダーである蒼真を狙ってくる可能性が高いと付記されていた。
ペン先を、もう一行だけ下に運んで止める。
『クラスメイト』と書きかけて、ペンを止めて、書き直した。
『対戦相手』。
決勝戦の相手は、教室で隣り合うクラスメイトではない。フィールドで弓と剣を向け合う対戦相手。クラスメイトという言葉を教室の外に持ち出さない。教室の外では竹井班は対戦相手で、こちらは竹井班に勝ちに行く側の班。
ペン先を、また一行下げる。
『読まれた前提で、組む』と書いた。竹井の言った言葉を、こちら側の言葉として書き写した形になる。
読まれた前提で、その先を組む。
去年の秋のイレギュラーで班員の前に初めて置いた。こちら側の戦い方の根っこになっている一行。
最後にもう一行。
『明日、月曜の朝、ホワイトボード』。
六人で集まって、決勝戦のフォーメーションの組み直しに入る。
決勝は、来週――2月最終週、対人戦本戦の最終日。
ペンを置いて、ノートを閉じる。
窓の外で、立川の夜の街の灯りがいつもの夜より一段明るく見えた。月が出ているからか。それとも明日の朝に決勝の準備が始まるからか。たぶん、どれか一つではない。




