第二章 ―― 荒野に響く声 ―― 三、四、五
## 三 カイルという男
男の名はカイルといった。
廃墟の中で最も壁が残っている建物に、男の荷物があった。大きなリュックと、毛皮の寝具と、鍋と、食料の袋。それなりの量だった。一人でここに留まっていたのは、数日ではないとわかった。
「なぜここにいる」とノアは聞いた。焚き火の準備をしながら。
「通り道だ」とカイルは言った。薪を割りながら。「西から東へ向かうと、ここを通るのが一番早い。食料と水を補充して、また動く」
「水は」
「あの井戸は枯れてるが、東の岩場に湧き水がある。半日歩けば着く」
アタカが鍋の中を覗いていた。「これ、何の肉?」
「鳥だ。昨日捕った」
「荒野に鳥がいるの?」
「いる。小さいが、旨い。焼いても煮ても食える」カイルは火に枝をくべながら言った。「カルノでは教えないだろうな。外には何もないと言うから」
「知ってたのか、カルノのことを」
「少しな」
ノアはカイルを見た。この男もカルノの出身なのか、それとも別の場所から話を聞いたのか。聞こうとしたとき、鍋が音を立て始めて、アタカが「沸いてきた」と言った。
夕食は鳥の肉と、カイルが持っていた根菜を煮込んだものだった。汁物だ。五日間、乾いたパンばかりだったノアには、それだけで十分すぎるほどだった。アタカは最初の一口を飲んで、目を閉じた。
「おいしい」と言った。感情が漏れた、という感じの声だった。
カイルは照れたのか、そっぽを向いた。「大したものじゃない」
「大したものだよ」とアタカは言った。「五日ぶりにあったかいもの食べた」
「五日間何を食ってた」
「パン」
「……よく歩けたな」
食事が終わって、火が落ち着いた頃、カイルは腕を組んで二人を交互に見た。「聞いていいか」
「何を」と、ノアは言った。
「街を出るには、それぞれ事情ってもんがある。俺は詮索が好きじゃないから根掘り葉掘りは聞かない。ただ一つだけ。――お前ら、戻るつもりがあるか」
ノアはアタカを見た。アタカはノアを見た。二人は同時に前を向いた。
「ない」とノアは言った。
「今は、ない」とアタカが言った。「でも、いつかは、わからない」
カイルは頷いた。それ以上聞かなかった。
しばらく沈黙があった。火が時々はじける。風が廃墟の隙間を抜ける。遠くで、また獣の声がした。昨夜より遠い。
「あんたは」とアタカがカイルに聞いた。「戻るつもりは?」
「どこへ」
「街へ。カルノじゃなくても、どこかの街へ」
カイルは少し間を置いた。「俺も、今はない」
「事情があるんですか」とアタカが言った。
「あると言えばある」カイルは槍を横に置いて、火を見た。「詮索しないと言ったが、お前らが話したいなら聞く。俺の話も、聞きたければ話す。どうする」
ノアはアタカを見た。アタカが小さく頷いた。
「聞かせてほしい」とノアは言った。
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## 四 風の音を聞いた者
カイルはしばらく黙っていた。火を見ていた。それから、ゆっくり話し始めた。
「俺も街にいた。カルノじゃない、別の街だ。似たような場所だったが。祈りがあって、外に出てはいけなくて、決まった仕事をして、決まった時間に眠る。そういう場所だ」
「いつ出た」とノアは聞いた。
「十年ほど前だ。正確には覚えていない」
「十年」とアタカが言った。「ずっと荒野にいたの?」
「ずっとじゃない。街と街の間を動いている。定住する気になれなくてな」
「なぜ出たんですか」とノアは聞いた。
カイルはまた少し黙った。それから、薪を一本手に取って、ゆっくり折った。二つに折れた薪を火に入れた。炎が揺れた。
「丘で、風の音を聞いたんだ」
ノアは体が少し固まるのを感じた。
「風は毎日吹いてた。だが、ある日の風が、違った。音が違った。何かを言っているような気がした。言葉じゃない。だが確かに、呼びかけていた。俺に向かって」
ノアは何も言わなかった。
「街の連中に話したら、異端だと言われた。精霊が個人に語りかけることはない、祈りの時間に皆で聞くものだ、そういう決まりがあるんだと。俺の聞いた風は、幻聴だと言われた」カイルは火を見たまま言った。「だから、逃げた。幻聴だとしても、聞こえたものは聞こえた。それを否定されて、その場所にいる理由が消えた」
沈黙が落ちた。
ノアは自分の胸の奥を感じた。あの渇き。あの足りなさ。風に向かって顔を向けるとき、何かが呼んでいると感じる、あの感覚。それと同じものを、この男も持っていた。
「俺も」とノアは言った。声が少し出にくかった。「風が、呼んでいると感じることがある」
カイルがノアを見た。
「言葉じゃない。でも、確かに呼びかけている。その正体を探しに、街を出た」
「正体を探すために、目的地がないのか」とカイルは言った。
「そうかもしれない」
カイルは少し目を細めた。それから、口の端をまた上げた。今度の笑いは、さっきより深かった。苦みがあったが、温かくもあった。
「お前らといると、不思議と風がはっきりする」とカイルは言った。「さっきから、聞こえる」
ノアは耳を澄ました。
確かに、風があった。廃墟の隙間を抜ける風が、いつもと少し音が違う気がした。気のせいかもしれない。だが気のせいではないかもしれなかった。
「俺も行く」とカイルは言った。「邪魔なら遠慮するが」
「邪魔じゃない」とアタカが即座に言った。
ノアはカイルを見た。十年荒野を歩いた男だ。槍を持ち、鳥を捕り、水場を知っている。一緒に行けるなら、その方がいい。それだけでなく――この男も、同じものを探している気がした。
「一緒に来てほしい」とノアは言った。「俺たちだけでは、知らないことが多すぎる」
「素直だな」とカイルは言った。
「必要なことを言っただけだ」
カイルは笑った。今度は声が出た。短い、乾いた笑いだったが、本物だった。
「明日から三人だ」とカイルは言った。「俺はカイル。お前らは?」
「ノア」
「アタカ」
カイルは頷いた。「ノアとアタカ。覚えた」
それだけだった。握手もなく、誓いもなく、ただ名前を交わした。それで十分だった。
三人は同じ火を囲んだ。廃墟の風が、また一度強く吹いた。看板が軋んだ音を立てた。祈りを捨てし者の末路、と書かれた看板が。
ノアはその音を聞いた。今日の風は、昨日よりはっきり聞こえた。
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## 五 翌朝
朝、カイルが先に起きていた。
ノアが目を覚ますと、カイルはすでに荷物をまとめ終えていて、廃墟の入り口に立って東の空を見ていた。夜明け前の淡い光の中で、その背中は思ったより大きかった。
「早い」とノアは言った。
「癖だ」とカイルは振り向かずに言った。「明るくなる前に動く。荒野では日が高くなると熱い」
「なるほど」
「お前は寝起きがいいな」
「悪い方じゃない」
「お嬢さんの方は?」
ノアはアタカを見た。まだ毛布にくるまっていた。顔が半分隠れている。
「……寝起きは悪い」
「そうか」とカイルは言った。特に驚いた様子もなく。「ならもう少し待つ」
ノアはカイルの隣に立った。東の空を見た。地平線が薄い橙色から、少しずつ赤に変わっていく。雲が一筋あって、その裏から光が滲み出ている。
「カイル」
「なんだ」
「十年、一人で歩いて、怖くなかったか」
カイルは少し間を置いた。「怖かった」
「でも続けた」
「風が聞こえたから」
それだけだった。それ以上の説明はなかった。ノアは頷いた。説明は要らなかった。同じことだから。
しばらくして、後ろで毛布がもぞもぞと動いた。アタカが起き上がる音がした。「……んん」という声がした。
「おはよう」とノアは言った。
「……うるさい」
「何も言ってない」
「存在が。……今何時」
「時計はない」
「カイルさん、今何時ですか」
「さあ。日が出るまで一刻もないくらいだ」
「一刻……」アタカはしばらく沈黙した。それから「わかった、起きる」と言った。
カイルがノアの方を見た。目が「お前たちは面白い」と言っていた。声には出さなかったが、ノアにはわかった。ノアは少し肩をすくめた。
三人は荒野へ出た。朝の風が吹いていた。冷たく、広く、どこか遠くから来る風だった。
ノアは歩きながら思った。二人から三人になった。カルノから出て五日、廃墟の集落で、同じ風を聞く男に出会った。これは偶然だろうか。偶然だとしても、意味がある気がした。
足りないものは、まだ見つかっていない。
でも、探す仲間が増えた。




