第二章 ―― 荒野に響く声 ―― 一と二
## 一 朽ちた集落
五日目の昼過ぎに、集落の跡が見えてきた。
最初は岩の塊だと思った。荒野には大きな岩が転がっていることがあるので、珍しくなかった。だが近づくにつれて、形が違うとわかった。岩は自然に積み重なるとき、こういう形にはならない。角がある。直線がある。人が積んだ形だ。
廃墟だった。
かつて家が建っていたのだろう場所に、崩れた壁の残骸が並んでいる。屋根はほとんど落ちていて、残っているのも穴だらけだ。風が吹くたびに、どこかで軋む音がする。窓だったと思われる開口部から、枯れた草が飛び出している。地面には壊れた器の破片が散らばっていた。
二人は入り口に立ち止まった。
「誰かいるかな」とアタカが言った。
「いないと思う」とノアは言った。「でも、確かめてみる」
慎重に歩いた。崩れた壁の陰を一つずつ確認しながら進む。人の気配はなかった。ただ、風の通り道になっているのか、集落の中は妙に風が強かった。建物の隙間を縫って、風が走っている。
集落の中央に、広場だったと思われる空き地があった。井戸の跡がある。水は出なかった。石で囲まれた、空っぽの穴だけが残っていた。
その広場の端に、看板が立っていた。
正確には、看板だったものが半分腐りながら、辛うじて柱にぶら下がっていた。文字が彫ってある。風雨で薄れているが、読めないことはなかった。
ノアは目を細めた。
**「祈りを捨てし者の末路」**
アタカが隣に来て、同じ文字を読んだ。しばらく黙っていた。
「……誰かが、ここに住んでたんだね」とアタカが言った。
「そして誰かが、この看板を立てた」
「立てたのは、住んでた人じゃないと思う」
ノアも同じことを思っていた。ここに住んでいた人間が、自分たちの集落にこんな看板を立てるはずがない。外から来た誰かが、あるいはカルノのような街の人間が、立てたのだろう。警告として。ここを見た者が、外に出ることを恐れるように。
「カルノは、こういう場所を知ってたのかな」とアタカが言った。
「知ってて、外を危険だと教えたのかもしれない」
「でもここが危険だったのは、この看板を立てた人たちのせいじゃないのかな」
ノアは答えなかった。答えを持っていなかった。ただ、看板の文字を見ていた。祈りを捨てし者の末路。祈りを捨てた者がここで死んだのか。それとも、ここにいた者を死に追いやったのが、祈りを持つ者たちだったのか。
どちらも、あり得た。
「ノア」
アタカではない声だった。
二人は同時に振り返った。
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## 二 古い槍の男
物陰から声が来た。崩れた壁の向こう、屋根が半分残っている建物の入り口に、人影があった。
男だった。
背が高い。肩幅が広い。着ているものはくたびれた革の上着で、継ぎ接ぎだらけだった。腰に布を巻き、足には厚い靴を履いている。右手に槍を持っていた。古い槍で、柄の部分に布が何重にも巻きつけてある。穂先は錆びていたが、形は保っている。
男はその槍を地面に突いたまま、二人をじっと見ていた。
動かなかった。攻撃する気配もない。ただ、観察していた。品定めするように、あるいは警戒するように。表情は読みにくかった。日焼けした顔に、無精髭が生えている。年齢は判断しにくい。三十より上で、五十より下、というくらいしかわからなかった。
「何者だ」と男は言った。
声は低かったが、怒気はなかった。
「カルノから来た」とノアは言った。
男の目がわずかに動いた。「カルノ」と繰り返した。「……何日歩いた」
「五日」
「五日で、ここまで来たのか」男は少し目を細めた。「子どもだな」
「子どもじゃない」
「俺から見れば子どもだ」
ノアは言い返すのをやめた。事実ではないが、言い合っても意味がない。
男はアタカに目を向けた。アタカは男を真っすぐ見ていた。怯えた様子はなかった。ただ、右手は服の上からペンダントを押さえていた。無意識の動作だろう。
「一緒に歩いてるのか」と男は聞いた。
「そうだ」とアタカが答えた。
「どこへ行く」
「わからない」とノアは言った。
男が少し眉を上げた。「わからない?」
「まだ決まっていない。行きながら決める」
男は槍を引き抜いて、肩に担いだ。それから、口の端を少し上げた。笑ったのだ、とノアは少し遅れて気づいた。笑い方が、あまり笑い慣れていない人間のそれだった。
「正直だな」と男は言った。「嘘をつく必要がないからか、それとも嘘をつく頭がないからか」
「必要がないから」
「どちらでも同じだが」男は壁の陰から完全に出てきた。「まあいい。カルノから来た子どもが、目的地も決めずに荒野を五日歩いた。それだけで、事情があることはわかる。……腹、減ってるだろ」
ノアは答えなかった。アタカが正直に「減ってる」と言った。
男は苦笑した。今度は少し本物の笑いに近かった。「焚き火を囲もう」




