## 第一章 ###二 ###三
### 二
その夜、ノアは荷物をまとめた。
大したものは持てない。長い旅になるかもしれないし、そうでないかもしれない。外が本当に危険なら、すぐ死ぬ。外が教えられたほど危険でないなら、必要なものは道中で見つかる。どちらにせよ、荷物を増やすことに意味はなかった。
水筒。乾いたパン。薄い毛布。小刀。それだけ。
最後に、棚の隅に置いてある小さな石を手に取った。丘で拾った石だ。特別な意味はない。ただ、持っていきたかった。理由は説明できない。
家を出る前に、一度だけ部屋を振り返った。狭い部屋だった。壁に染みがある。窓の桟が古くて、風が吹くたびに鳴く。十七年間、ここで眠った。ここで夢を見た。風にすり抜けられる夢を。
さよならを言う必要は感じなかった。なぜかはわからなかった。ただ、この部屋はいつかもう一度見ると、何となく思った。根拠はなかった。
外に出ると、空は深い藍色だった。星が出ている。風がある。冷たい風だった。
アタカは門の近くで待っていた。二人は言葉を交わさず、並んで歩いた。足音を殺して、城壁に沿って進んだ。門番は東の門に一人いるが、夜明け前の最も眠い時間だ。二人は南の門へ向かった。南の門は壁が古く、扉と柱の間に人が通れるほどの隙間がある。ノアが半年前に見つけた隙間だ。なぜそれを探していたのか、自分でも説明できなかった。
扉の隙間を抜けると、風が変わった。
同じ風なのに、城壁の外の風は違う。広い。どこまでも広い場所から来る風だと、すぐにわかった。ノアは思わず立ち止まって、目を閉じた。
「ノア」アタカが小声で言った。
「ごめん」
歩き出す。夜明けの光が東の稜線を薄く染め始めていた。荒野が開けていく。カルノの城壁が、少しずつ遠くなっていった。
### 三
夜明けから歩き続けて、太陽が中天を過ぎた頃、二人は最初の難所に差し掛かった。
荒野とはいえ、完全な砂漠ではなかった。草が生えている。低い木が点在している。大きな岩が転がっている。だが水がない。川が地図のどこかに描いてあったはずだが、地図は持ってこなかった。持ち出せる場所に地図があれば、の話だ。
水筒の水が半分になった頃、ノアは地面を見た。乾いた土の表面に、かすかな跡がある。動物の足跡だ。それが一定の方向に続いている。
「水場があるかもしれない」
足跡を辿った。岩の間を抜け、低い丘を越えると、小さな泉があった。澄んでいるとは言えないが、水だった。二人は水筒を満たした。
アタカが岩に腰かけて息をついた。「ノアってこういうの得意だよね」
「何が」
「気づくこと。地面の跡とか、風の向きとか」
ノアは考えた。「得意かどうかわからない。ただ、見てしまう」
「見てしまう?」
「見るというか……気になる。なんでそうなってるのかって」
アタカは少し黙ってから言った。「それって、普通じゃないと思う」
「そうなのか」
「みんなは気にしないよ。決まったことを決まった通りにやるだけ。あなたはずっと前から、何かを探してるみたいに見えた」
ノアは泉の水面を見た。空が映っている。雲が流れている。映った雲は、本物の雲より速く動いているように見えた。水が揺れているからだ。
「探してるのかもしれない」と、ノアは言った。「何を探してるのかは、まだわからないけど」
アタカは頷いた。「私も同じ。このペンダントが何なのかもわからない。どこへ行けばいいのかもわからない。ただ、行かなきゃいけないと思った」
二人はしばらく黙っていた。泉の水が、細い音を立てていた。
その音の中に、ノアはまた感じた。あの渇きを。足りない何かを。だが今日は、それが少しだけ近くなったような気がした。遠くで鳴っていた音が、少し大きくなったような。
日が傾き始めた。二人は立ち上がった。まだ、どこへ向かうかは決めていなかった。ただ、城壁の外に出た。それが今日の全てだった。明日のことは、明日に決める。
ノアは歩き出しながら、振り返らなかった。カルノの城壁はもう見えない。空だけがある。風だけがある。足りないものは、まだここにはない。
だが、この道の先にあると、根拠もなく信じていた。




