第四章 ― 追う者たち ―
## 一 戻る決断
十二日目、四人は議論の末、進路を変えることにした。
道標を辿って東へ進んでいたが、板の文字が読めないままでは、先に進む意味が半減すると感じ始めていた。ゼルファスがいた崩れた街は、今いる場所から三日ほど戻ったところにある。
「遠回りになる」とカイルが言った。「だが、板が読めなければ、何のために運んでいるのかわからなくなる」
「私も、戻る方がいいと思う」とアウラが言った。
セラは黙って頷いた。
ノアは少し迷った。声が「歩き続ければ見つかる」と言っていたことが、頭の片隅にあった。だが、戻ることも、歩くことの一部かもしれない。
「戻ろう」とノアは言った。
四人は来た道を引き返し始めた。
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## 二 異変
戻り始めて二日目、異変に気づいたのはカイルだった。
「足跡がある」とカイルは地面を見ながら言った。「俺たちのものじゃない」
四人は足を止めた。地面に、確かに別の足跡があった。四人分ではない。もっと多い。少なくとも六、七人分はある足跡が、自分たちの来た道を、後から辿るように残されていた。
「いつのものか」とノアは聞いた。
「一日、二日前だ」カイルは足跡の深さと乾き具合を確かめた。「俺たちを追っている可能性がある」
「誰が」とアウラが言った。声に緊張があった。
わからなかった。だが、足跡の数と、整然とした並び方から、ただの旅人ではないことは明らかだった。組織だった集団だ。
「急ごう」とノアは言った。「ゼルファスのところまで」
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## 三 夜の襲撃
その夜、最初の接触があった。
焚き火を最小限にして、交代で見張りを立てていた。深夜、カイルが見張りをしていたとき、闇の中から人影が現れた。
「起きろ」とカイルが低く言った。
三人が飛び起きた。
影は三人だった。黒い布で顔を覆い、武器を持っている。カイルが槍を構えた。
「何の用だ」とカイルが言った。
覆面の一人が前に出た。「紋章を持つ娘を渡せ」
アウラが息を呑んだ。無意識にペンダントを握りしめた。
「断る」とノアは即座に言った。
「お前たちに選択肢はない」と覆面の男は言った。「我々は紋章を回収する任務がある」
「誰の任務だ」とカイルが聞いた。
「答える義理はない」
男たちが動いた。カイルが前に出て、槍を振った。一人が後退した。だが、残りの二人がアウラに向かって動いた。
ノアは身体が反応するより早く動いていた。アウラの前に出て、向かってくる一人の腕を掴んだ。力で押し返す。相手は驚いた様子だったが、すぐに体勢を立て直した。
「セラ、下がれ」とアウラが叫んだ。
セラは咄嗟に、持っていた石を投げた。狙いは正確ではなかったが、相手の注意を一瞬逸らすには十分だった。
カイルが槍で一人を払い、もう一人と対峙した。ノアは組み合った相手を地面に押し倒した。アウラがその隙に距離を取った。
乱闘は数分で終わった。
覆面の男たちは、形勢が不利と見ると、すぐに退いた。「今夜は退く」と一人が言った。「だが、終わったわけではない」
闇の中に消えていった。
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## 四 誰が追っているのか
夜が明けるまで、誰も眠らなかった。
怪我は軽いものだった。ノアの腕に擦り傷、カイルの肩に打撲。アウラとセラは無傷だった。
「『紋章を回収する任務』」とアウラが繰り返した。声が震えていた。「ゼルファスさんが言ってた。紋章は争いの種だって」
「組織立っていた」とカイルが言った。「個人の欲ではない。誰かに命じられて来ている」
「お母さんの手紙にあった『追われる』というのは、これのことだったんだ」とアウラが言った。「ただの言い伝えじゃなかった」
ノアは考えた。誰が、何のために、紋章を集めているのか。塔で聞いた話には、その答えはなかった。
「ゼルファスなら、知っているかもしれない」とノアは言った。「急ごう」
四人は荷物をまとめ、すぐに出発した。これまでより速いペースで歩いた。後ろを何度も確認しながら。
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## 五 ゼルファスの街へ
三日後、崩れた街に着いた。
ゼルファスは、前と同じ場所に立っていた。まるで、ずっとそこにいたかのように。
「また来たか」とゼルファスは言った。それから、四人を見て、セラに目を留めた。「新しい仲間か」
「セラといいます」とアウラが紹介した。
ゼルファスは少し頷いた。それから、ノアが差し出した板を見た。表情が変わった。
「これを、どこで」
「塔の中で。セラのおじいさんが、守っていたものです」とノアは言った。
ゼルファスは板を受け取り、文字を見つめた。長い沈黙があった。
「読めるんですか」とアウラが聞いた。
「読める」とゼルファスは言った。静かな声だった。「これは、古代の文字だ。今では、私のような者しか読めない」
「何が書いてあるんですか」
ゼルファスはしばらく文字を目で追った。それから、ゆっくりと話し始めた。
「これは、記録の一部だ。世界の成り立ちについての、断片的な記録」
「断片的、というのは」とカイルが聞いた。
「全てではない、という意味だ」とゼルファスは言った。「これだけでは、全体像はわからない。だが、重要なことが書いてある」
「何が」
ゼルファスは板の一部を指した。
「『この世界は、最初からあった世界ではない』と書いてある」
四人は黙った。
「どういう意味ですか」とアウラが聞いた。
「文字通りだ」とゼルファスは言った。「だが、続きが書かれていない。この板には、ここまでしかない」
「続きは、どこに」
「わからない。だが、断片はいくつかあるはずだ。一つの場所に、全てが揃っているわけではない」
ノアは考えた。記憶の欠片。声がそう言っていた。一つの欠片では、全体がわからない。歩きながら、集めていくしかない。
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## 六 紋章を狙う者
「追われている」とノアはゼルファスに言った。「紋章を狙う集団に」
ゼルファスの表情が、わずかに硬くなった。「来たか」
「知っていたのか」とカイルが言った。
「いつかは来ると思っていた」ゼルファスは杖代わりにしていた木の棒を握り直した。「紋章を集める者たちがいる。古くから。彼らの目的は、力の集約だ」
「何のための力ですか」とアウラが聞いた。
「全ての紋章が集まれば、風そのものを支配できると、彼らは信じている」
「信じている、というのは」とノアが聞いた。「本当にできるのか」
「わからない」とゼルファスは言った。「だが、彼らは信じて、何百年も紋章を探し続けている。お前のペンダントは、残り少ない紋章の一つだ」
アウラはペンダントを強く握った。
「守る方法は」とノアは言った。
「逃げ続けることだ」とゼルファスは言った。「あるいは」
言葉が止まった。
「あるいは?」とノアが促した。
「ペンダントの力を、完全に引き出すことだ。今のお前には、まだその力の一部しか目覚めていない」
「どうすれば、完全に引き出せるんですか」とアウラが聞いた。
ゼルファスはしばらく沈黙した。それから「それは、お前自身が見つけることだ」と言った。塔の声と、同じ答えだった。
「また、それですか」とアウラが少し苛立った声で言った。
「答えを急ぐと、力を間違った方向に使うことになる」とゼルファスは静かに言った。「お前が、まだその準備ができていないと、私は感じる」
アウラは黙った。納得はしていない様子だったが、反論もしなかった。
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## 七 次の道標
ゼルファスは、もう一つの情報を与えた。
「次の欠片は、南にある」と言った。「水の都と呼ばれた場所の跡に。そこに、もう一つの記録が眠っている」
「水の都」とノアは繰り返した。
「かつて、水が豊富だった場所だ。今は涸れているかもしれない。だが、その場所に、別の番人がいるはずだ」
「セラのおじいさんのような人ですか」とアウラが聞いた。
「同じような役割を持つ者だ。会えば、わかる」
ノアは頷いた。「ありがとうございます」
「礼はいらない」とゼルファスは言った。「お前たちが歩くことが、私にとっての意味だ」
その言葉の意味を、ノアは深く問わなかった。ゼルファスには、まだ語らないことがたくさんある。それは、これまでと同じだった。
別れ際、ゼルファスはノアを呼び止めた。
「一つだけ、言っておく」
「何ですか」
「追ってくる者たちは、紋章だけを狙っているわけではない」ゼルファスの目が、わずかに鋭くなった。「お前のことも、見ている」
「俺を?」
「お前の名前に、彼らは興味を持っている。なぜかは、まだ言えない」
ノアは胸の奥が冷えるのを感じた。「なぜ言えないんですか」
「お前が知る時が、まだ来ていないからだ」
それ以上、ゼルファスは何も言わなかった。ノアは仲間の元へ戻った。
南へ向かう新しい道が、四人の前に開けていた。だが、その道の後ろには、確かに追ってくる者たちの気配があった。
旅は、これまでよりも危険な色を帯び始めていた。




