第二章 ― 光の中の者 ― 五から七
## 五 知らない者
その時、空間の奥から、人の気配がした。
三人は同時に立ち上がった。カイルが槍を構えた。
気配は、一人分だった。敵意はなかった。ただ、確かに人がいた。
光の柱の向こうから、人影が現れた。
少女だった。
年齢は十四か、十五くらい。小柄で、黒い髪を短く切っている。服は粗末だったが、清潔だった。目が大きく、落ち着いた色をしていた。怖がっている様子はなかった。むしろ、三人を見て、少し安堵したような顔をした。
「待ってた」と少女は言った。
三人の中で緊張が走った。
「誰だ」とカイルが言った。
「セラ」と少女は言った。「ここに住んでる」
「ここに?」とアウラが驚いた。「この塔の中に?」
「この塔じゃない。下の洞窟に。でも、光が変わると、ここに来る。珍しいから」
「光が変わったのか」とノアは言った。
「さっき、すごく明るくなった。それで来た」アウラの台座でのことだろうとノアは思った。「お前たちが来たから、明るくなったんだと思う」
カイルが槍を下ろした。少女に危険はないと判断したのだろう。「一人でここにいるのか」
「今は一人。前はおじいさんもいた」
「前は」
「二年前に死んだ」セラは淡々と言った。悲しんでいないのではなく、もう泣き終わった顔だった。「おじいさんが言ってた。いつかここに人が来る。その人たちに、持っているものを渡せって」
三人は顔を見合わせた。
「何を渡すんだ」とノアは言った。
セラは服の内側から、何かを取り出した。
古い布に包まれた、薄い板だった。板の表面に、細かい文字が刻まれていた。文字の種類は、今の言葉とは違う。しかし、不思議と読める気がした。
「おじいさんは、これをずっと守ってた」とセラは言った。「何に書いてあるかは、おじいさんも読めなかった。でも、大事なものだって言ってた」
ノアは板を受け取った。
触れた瞬間、光の中の声が届いた。
――それが、記憶の欠片だ。
「記憶の欠片」とノアは繰り返した。
――Noahが残したものだ。全てではない。一部だ。残りは、別の場所にある。
「別の場所」
――風が教える。歩き続ければ、見つかる。
ノアは板を見た。読めそうで、読めない文字。知っているようで、知らない言葉。
欠片。これは、何かの欠片だ。
そして自分の名前も、欠片だ。Noahから、hが欠けた、Noa。
欠けていることは、弱さではないかもしれない。まだ完成していないという意味かもしれない。これから、欠けた部分を、歩きながら見つけていくという意味かもしれない。
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## 六 セラのこと
セラは三人を、下の洞窟に案内した。
塔の中を、さらに下へ下りる通路があった。洞窟は、塔の真下に広がっていた。広く、安定した空間で、生活の跡があった。寝る場所、火を起こした跡、食料の貯蔵。二年間、一人で生活してきた痕跡だった。
「ここで一人で」とアウラが言った。声に、胸が痛む感じが滲んでいた。
「慣れた」とセラは言った。「おじいさんがいた頃から、ほとんど二人だったから。人が多い場所の方が、慣れない」
「おじいさんは、なぜここに」とノアは聞いた。
「守るために来た、って言ってた。あの板を。あと、光の場所を」
「誰かに頼まれたのか」
「わからない。おじいさんも、そこまでは知らないって言ってた。ただ、守れって、夢の中で言われたって」
夢の中で。
ノアは自分が毎晩見る夢を思った。手をすり抜けていくものを追う夢。その夢が、何を意味するのか、まだわからない。だが、夢が行動を導くことがあるということは、このセラのおじいさんが証明していた。
「セラは、これからどうする」とカイルが言った。
セラは少し考えた。「渡せたから、いい。おじいさんとの約束を果たせた」
「一人でここにいるのか」
「他に行く場所がない」
「一緒に来るか」とアウラが言った。
三人とも、アウラを見た。セラも、アウラを見た。
「一緒に?」とセラが言った。
「私たちはこれからも歩く。目的地がどこかはまだわからない。でも、歩き続ける。一人でここにいるより、一緒に来た方がいいかもしれない」
セラはしばらくアウラを見ていた。それから、ノアを見た。カイルを見た。
「重くならない?」
「ならない」とアウラは言った。
「足手まといにならない?」
「なるかどうか、やってみないとわからない」とカイルが言った。「だが、このアウラも、ノアも、最初は何もできなかった。歩きながら、それぞれのことができるようになった。お前も同じだろう」
セラは少し目を細めた。「おじいさんみたいなしゃべり方する」
「どういう意味だ」
「褒めてる」とセラは言った。それから、ノアを見た。「お前が、この旅のまとめ役か」
「まとめ役ではない」とノアは言った。「ただ、歩いてる」
「風を聞けるのか」
ノアは少し驚いた。「なぜわかる」
「おじいさんが言ってた。板を渡す相手は、風を聞ける者だって」
ノアはセラを見た。この少女は、二年間一人でここにいた。おじいさんから話を聞いて、いつか来る者を待っていた。それは、カイルが十年風を追って歩いてきたことと、似ていた。待ち方が違うだけで、同じように、何かを信じて待ち続けていた。
「俺たちと一緒に来てくれ」とノアは言った。「お前のおじいさんが、大事に守ってきたものを、一緒に解き明かしてほしい」
セラはしばらく黙っていた。
それから、短く「わかった」と言った。
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## 七 塔を出る前に
翌朝、塔を出る前に、ノアは一度だけ光の空間に戻った。
一人で。
光の柱はまだあった。昨日より少し弱くなっていたが、確かにあった。
「もう一つ、聞いてもいいか」とノアは言った。
声が届いた。
――聞け。
「俺の名前の、欠けた一文字。いつか、俺は知ることになるのか」
少し間があった。
――知ることになる。それが、この旅の終わりに近い場所にある。
「知った時、俺は変わるか」
――変わるかどうかは、お前が決める。名前が人を作るのではない。人が名前に意味を与える。
「Noahは、名前に縛られた」
――縛られた、というより、他者が縛った。Noahは最後まで、自由でいようとした。だから、名前を手放した。お前はどうする。
ノアはしばらく考えた。
「まだわからない」と正直に言った。「でも、縛られたくはない」
――それで十分だ。
「一つだけ教えてくれ。hとはどういう意味だ。何を表している」
声が、今度は少し柔らかくなった。
――息だ。声にならない、最後の息。言葉が終わった後に残るもの。Noahという名は、言葉の後に、息が続く名前だ。言い切った後に、まだ続きがある、という意味を持つ。
「続きがある」
――お前がここに来たのも、続きがあるからだ。まだ終わっていない。
ノアは光を見た。
「ありがとう」と言った。
声は答えなかった。だが、光が一度、わずかに強くなった。それがどういう意味かはわからなかった。でも、悪い意味ではないと思った。
ノアは光の空間を出た。仲間が待っていた。




