第二部 ― 名の欠片 ― 第一章 ― 塔 ― 四、五、六
## 四 部屋
しばらく下ったところで、通路が広い空間に出た。
円形の部屋だった。天井は高く、壁全体に渦の文様が広がっている。中央に、何かが置かれていた。
台座だった。
高さは腰の少し上くらい。表面は滑らかで、中央に窪みがある。その窪みの形が、見覚えのある形だった。
アウラが息を呑んだ。
「これ……」
窪みの形は、ペンダントの形と一致していた。正確に言えば、ペンダントを嵌め込むための窪みだった。
「嵌めるのか」とカイルが言った。声に、わずかな緊張があった。
「わからない」とアウラは言った。「でも、そのためにあるみたいに見える」
ノアは台座を見た。台座の周囲、円形の部屋の壁に、文様が一際密集している場所があった。台座から放射状に、文様が広がっている。まるで、台座を中心に何かが起こることを示しているようだった。
「アウラ」とノアは言った。「決めるのはアウラだ。嵌めるかどうか」
「危険かもしれない」とカイルが言った。「峡谷の影のことを思い出せ。あのペンダントは、何かを呼び寄せる力がある」
「わかってます」とアウラは言った。
しばらく、アウラは台座を見つめていた。ペンダントを手の中で握ったまま。
「ここまで来た」とアウラは言った。「ここで嵌めないなら、何のために来たのかわからなくなる」
「俺たちは、その『何のために』を、まだ知らない」とカイルが言った。「だから、慎重になっていい」
「そうですね」とアウラは言った。「でも」
アウラはノアを見た。
「ノアはどう思う」
ノアは台座を見た。文様の流れを見た。風の流れを感じた。塔の奥から、確かに何かが――呼んでいる。これまでで、最も強い呼びかけだった。
「呼んでいる」とノアは言った。「悪意は感じない」
「感じない、で判断するのか」とカイルが言った。
「感じることしかできない」とノアは言った。「俺にできるのは、それだけだ」
カイルはしばらく黙っていた。それから、「わかった」と言った。「お前の感覚を、これまで何度も信じてきた。今回も信じる」
アウラは深く息を吸った。
ペンダントを、台座の窪みに、ゆっくりと近づけた。
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## 五 響き
ペンダントが窪みに触れた瞬間、部屋全体が、低く響いた。
音ではなかった。あるいは、音よりも深い何かだった。体の中で響くような感覚。三人は同時に、足元から何かが伝わってくるのを感じた。
壁の文様が、一斉に光り始めた。先端から先端へ、光が走っていく。渦を描きながら、文様全体が脈動するように輝いた。
ペンダントが、窪みの中で浮き上がった。重力を無視するように、台座から少し離れた位置で、静止した。光が強くなった。青白い光が、部屋全体を満たした。
アウラが手を伸ばした。光に触れようとしたわけではなかった。ただ、自然に、手が動いた。
光が、アウラの手に集まった。
「アウラ!」とノアは叫んだ。
危険を感じて、手を伸ばした。だが、アウラは苦しんでいるようには見えなかった。光が、アウラの体に溶けていくように、吸収されていった。
ペンダントが、台座の上に静かに降りた。光が消えた。
部屋は、再び静かになった。壁の文様の光だけが、元の薄さに戻った。
アウラは、自分の手を見ていた。
「アウラ、大丈夫か」とノアは言った。
「……うん」とアウラは言った。少し戸惑った声だった。「何か、入ってきた感じがした」
「入ってきた?」
「言葉じゃないけど」アウラは自分の胸に手を当てた。「何かを、預けられた気がする」
カイルが慎重に近づいた。「怪我は」
「ない。むしろ」アウラは少し笑った。「なんだろう。体が軽い気がする」
ノアは台座の上のペンダントを見た。光を失って、ただの銀色の欠片に戻っている。だが、見え方が少し違った。これまでより、馴染んでいる感じがした。
「これは何だったんだろう」とノアは言った。
「わからない」とアウラは言った。「でも、悪いものじゃなかった。それだけはわかる」
その時、部屋の奥――入ってきた通路とは別の方向に、新しい通路が現れた。
壁の一部が、音もなく開いていた。
その奥から、また風が吹いてきた。これまでとは違う、もっと深い場所からの風だった。
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## 六 声
新しい通路に向かって、三人は歩いた。
通路は、これまでよりも明るかった。文様の光が、強くなっている。先に進むほど、その光が増していく。
しばらく歩くと、通路の先に、光が満ちた空間が見えた。
その空間に入った瞬間、ノアは声を聞いた。
言葉ではなかった。だが、これまでで最も近く、最もはっきりとした呼びかけだった。風の中に、声があった。誰かの声だ。性別も年齢もわからない。だが、確かに、誰かの声だった。
――おかえり。
また、その言葉だった。塔に着く前の夜明けに聞いた、あの言葉。だが今回は、もっと近くで、もっと確かに聞こえた。
ノアは立ち止まった。
「ノア?」とアウラが言った。心配する声だった。
「聞こえるか」とノアは言った。
「何が」
「声が」
アウラとカイルは、顔を見合わせた。「俺には聞こえない」とカイルが言った。
「アウラは」
「……何も、聞こえない」とアウラは言った。少し不安そうだった。
ノアだけに聞こえている。
その事実が、空気の中に重く落ちた。
「俺だけに、何か言ってる」とノアは言った。
「何て言ってる」とカイルが聞いた。
ノアは耳を澄ませた。声はもう一度繰り返した。
――おかえり。長い、長い時間だった。
ノアは言葉にしようとした。だが、うまく言えなかった。「『おかえり』と言ってる。……それだけだ」
「おかえり」とアウラが繰り返した。「ノアに?」
「わからない。でも、俺に向けて言ってる気がする」
三人は、光に満ちた空間の先を見た。
その先に、何か――誰かが、いるような気がした。
風が、強く、そして優しく、三人を包んでいた。




