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ヴェルト  作者: 暁月翔婭
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静寂と一瞬の永遠

当時13歳だった僕は今年20歳となり、将来は僕の兄であるこの国の第一王子エリアス・レオン・フローディアを支える為に、日々研鑽に励んでいる。フロイデ王国は、人族の皇であるヒュペリオン家の傍系であったご先祖様が造った国であり、人族の国では二番目に古い歴史を持っている。人族の皇というのは、創造主が創り出した各種族の代表者のことであり、【種族皇(しゅぞくおう)】と呼ばれ、常に十二(にん)いることから通称”ツヴォルフ”とも呼ばれている。種族皇は常人よりも寿命が二倍以上長く、一番平均寿命の短い人族は100年から150年だが、種族皇ならば300年から400年ある。現在まで十二の種族が入れ替わったことはないらしい。らしいというのは、詳細が当事者である種族皇やその側近などのごく一部の者しか伝えられていないからである。まあ、こんな話は置いておいて。



今日は僕の影である(カラス)に頼んでいた調査を基に城下へと赴く予定だ。僕はこれからの世界を自分の脚で生きていくためには情報収集が大事であると考え、15歳の時に情報ギルド【君影草(フォルク)】を設立した。情報収集に関して王国随一だと自負している。しかし、それでも尻尾が掴めない者たちがいる。【遊蝶華(ヴィオレ)】という正体不明の組織だ。僕が君影草を設立するに至った理由の一つでもある。遊蝶華について分かっていることは、裏の世界では知らぬ者などいない程有名であるにもかかわらず誰もその実態は分からず、ボスが【ダリア】と名乗っていることだけである。どれだけ探ろうにも煙に巻かれてしまっていたが、今回は遊蝶華の活動の痕跡が発見されたと報告を受けた為、その場所周辺での調査を行う。その場所とは王都の端にある貧民街である。そして、こういう場合には荒くれ者が集まりやすい酒場が最適である。ここの酒場の店主は情報屋も兼業していることは把握済みである。どんな些細な情報も聞き逃さないためにバーカウンターの前のテーブル席に座った。


__30分後__


ローブを被っていて顔は見えなかったが、やたら体格のいい男と細身だが鍛えられている男二人が店に入ってきた。店主は一瞬驚いたように目を見開いた後、すぐに落ち着きを取り戻したのか二階のテーブルを指さし仕事に戻っていた。男二人も店主と話し終えた後、入口に戻り外に待機していたと思われる仲間を連れて二階へと歩き出した。最初の男二人を先頭に真ん中に一人、その一人を守るように後ろに二人の計五人のローブ姿の者達が入ってきた。僕がチラリと見たときに真ん中の一人と目が合った気がした。そのたった一瞬の時間がとても長く感じるほどあの瞳に吸い込まれた。


「……様!……ノ様!ディーノ様!!」

「あ!あぁ、どうした?」

「ディーノ様、今入ってきた者達、遊蝶華と関係があるのでは?明らかにここの者達とは雰囲気が違うように思います。」


部下が小声で話しかけてきた。ディーノとは僕が正体を隠しているときに使っている偽名であり、外見も魔法で変えている。


「あぁ、確かに姿は隠しているが、立ち居振る舞いや鍛錬した痕跡までは隠しきれないものだ。魔力やオーラは感じないが完全に隠している可能性もある。」

「はい、周囲の客たちの反応はありませんが、それがかえって怪しく見えています。周りは一介の旅人や冒険者と思っているのでしょう。」

「そうだろうな。逆に言っていしまえば、気が付いてしまっている僕たちが怪しく見えているだろう。直接の接触は避けるべきだ。」

「承知しました。」

「お前たちはできるだけあの者たちに気づかれないように調査を続け、可能であれば尾行しろ。危険を感じたらすぐに撤退しろ。絶対に正体はばれるなよ。良いな。」

「畏まりました。ディーノ様はどちらへ?」

「僕はあの者達の一人と目が合っている。あちらも気づいているならば、僕が一人になれば向こうから話しかけてくるだろう。僕は先に日常に戻るとするよ。」

「それではディーノ様が危険では……」

「いいや、おそらく平気だろう。危害を加える気はないと思うぞ。それになにかあっても僕は転移できるから問題ない。」

「承知しました。ご武運を。」

「あぁ、ではまた後でな。」


席を立った時、ふと視線を感じた。先ほどの瞳が僕を見ている、そんな気がした。僕は何事もないように部下と別れ、店を出た。平民の服装に変え市場へと赴いた。


「あら!ディーノ君じゃない!今日もご飯食べてくかい?」

「よぉ!ディーノ!魚食ってくか?」

「おいおい、魚より肉だろ!肉食ってけよ!」

「ああ!?魚だろ!」

「はぁ!?男なら肉だ!」

「まぁまぁ、落ち着いてよ。今日は図書館の日なんだ。また来るよ。」

「そうか、また来いよ!」

「あぁ!そうさせてもらうよ!」


僕は国民の生活を知るために、司書見習いという肩書を使って王国で一番大きい都立図書館で働いている。王族の証である翡翠の瞳は魔法で茶色の瞳に変えており、何年も通っているおかげで僕を疑う者はいない。図書館では執務室を借りて仕事をしたり、情報収集の一環で司書見習いとして働いていたりする。実際、図書館には老若男女来るので人脈を広げられ、情報収集に意外と向いている穴場である。まあ、司書見習いの仕事はいい息抜きになっているので割と気に入っている。今日も本を並べながら聞き耳を立てる。


__酒場を出てから40分後、背後から声をかけられた。


「あの、本を探しているのですが、どこにあるか分からなくて…一緒に探してくれませんか?」


後ろを振り返ると、ブロンドのクルクルした髪が特徴的で潤んだ桃色の瞳をゆらす、あどけなさの残る少年が立っていた。背は僕より低く、星刻魔導学院の制服を着ていた。一言で言ってしまえば、美少年が立っていたのである。


「えぇ、もちろんです。どのような本をお探しですか?」

「えっと、学院の課題で水属性の魔法について調べないといけなくて…水属性について詳しく知れる本を探しているんです。」

「はい、畏まりました。ご案内いたしますね。」


都立図書館は一日いても回り切れない程大きく広い為、館内に設置してある魔法装置で移動の短縮が可能であるが、それ以外の魔法の行使を固く禁じている。館内には古代から最新のものまで様々な文献が保管されている為、価値が計り知れず管理を徹底しているのである。そのため、時間はかかるが大体は徒歩で移動するしかないのだ。


「あの…」

「はい?なにかございましたか?」

「お兄さんは、いつもここにいらっしゃいますか?」

「いえ、いつもはいないですね。週に二日程度で、月の日と木の日はいますよ。」

「そうなんですね!僕は今夏季休暇で一時的に帰ってきてて、休暇が終わったらまた学院に戻るのですが、次来る時もお兄さんに会えたら嬉しいです!」


可愛らしい笑顔で少年が言った。少年の笑顔が僕の胸に突き刺さる。普段自分より年長の者達を相手にしていて辟易していた心が浄化される。歳の近い者はいるが、部下や臣下であり仕事の話しかせず、兄上は多忙で中々会えない。そんな中でこの純真無垢な美少年の笑顔は僕には眩しすぎた。道中で分かったことだが、少年は現在13歳で星刻魔導学院中等部1年生、名前はアレクシス・ハイムウェル。伯爵家次男でこの少年にも7歳上の兄がいるようでとても尊敬していると話していた。兄の話になった途端、アレクシスはとてつもない早口で兄の素晴らしさを語り出した。


「兄様は本当に素晴らしい方なのです!兄様は感情が分かりづらく誤解されやすいのですが、とてもお優しい方なのです!それに兄様はとても頭が良くていつも僕の勉強を見てくださいます。僕は魔法しかできませんが、兄様は魔法も剣術も得意で、学院に通わずにご自身で事業を立ち上げ成功されています。そしてなんといっても兄様の才能や功績を更に引き立てるような美貌です!僕の外見は母様譲りですが、兄様は父様とお祖母様譲りでとても珍しい髪色と瞳をお持ちの方なのです!兄様は本当に美しく…僕の敬愛する方なのです…」


落ち着いたアレクシスはうっとりと余韻に浸っていた。気圧されそうな勢いに驚きつつも、弟にここまで言わせる兄とはいったいどんな人物なのか気になった。


「す、すごいね。僕も一度お会いしてみたいです。」

「はい!ぜひ!お兄さんも会えば兄様の素晴らしさが分かるはずです!」

「アレクシス様、お兄さんではなくディーノでいいですよ。」

「はい!ではディーノさんとお呼びします!」


弟ができた様な感覚でアレクシスの話を聞いているうちに目的の棚へと辿り着いた。


「アレクシス様、こちらに水属性に関する本が置いてあります。」

「連れてきてくださってありがとうございます!うーん、どれがいいかなぁ.…」


アレクシスが本を選んでいる間にまた仕事にとりかかった。思わぬアレクシスとの出会いに本来の目的を忘れかけていたが意識を切り替えた。僕はアレクシスが届かない場所の本を取ってあげ近くで作業を続け、アレクシスは本棚の近くの机で課題とにらめっこをしていた。そういえば、ハイムウェルの名で思い出したことがあった。ハイムウェル伯爵家は騎士や魔術師を代々輩出している家門で、現当主であるヴィクトール・ハイムウェル伯爵は王国第三騎士団ルーエの騎士団長を務めている。ルーエ騎士団は国内の治安維持がメインの為、王宮暮らしの僕ではあまり関りがないが、貴族院会議や国議会で目にしたことがある。騎士団長は実力と実績が考慮された上で決まる為、ハイムウェル伯爵が相当の実力者であることは明らかである。色々考えていると、アレクシスのいる方からふわりと吹いた風が僕の頬を霞めた。


「……アレク。」

「!兄様!お仕事は終わったのですか?」

「あぁ、今日は終わりだ。いい子にしていたか?」

「はい!学院の課題をやっていました。」

「そうか、偉いな。分からないところはないか?私が見てあげよう。」

「はい!兄様!よろしくお願いします!あ、そうだ!兄様に紹介したい方がいるのです。」

「ん?誰だ?」

「はい、本探しを手伝ってくださった司書見習いのディーノさんです。」

「……ほう。」


館内は壁や天井に温度や湿度を管理する魔法人が刻まれており窓を開けることはない。つまり、風が吹くことは滅多にない為、咄嗟にアレクシスの方に目線を向けていた。その瞬間、今まで人の気配がなかった場所に現れたのだ、神秘的な雰囲気を纏った一人の青年が。アレクシスが身内贔屓で大袈裟に話していた訳ではなかった。青年は人族では珍しい漆黒の髪に金色の瞳を持ち、僕と同じか少し低いくらいの背丈、長い髪を金色のリボンで一つに束ねて横に長し、金色の刺繍が入ったボルドーのスーツに細身の体を包んでいる。穏やかにアレクシスに話しかけている姿はまるで天女のようだ。


「ディーノさん!こちらが僕の兄であるヴィンセント兄様です!」

「……初めまして、弟がお世話になりました。アレクシスの兄、ヴィンセント・ハイムウェルと申します。」

「こ、こちらこそ初めまして。都立図書館で司書見習いをしております、ディーノと申します。」


明らかに警戒されている……それはそうか……大事な弟に近づく不届き者に見えているかもしれない……


少し…いや、だいぶショックを受けた僕だが、こういう場合第一印象が大事であるし、気を取り直して。


「アレクシス様から伺っておりましたが、こんなに早くお会いできるとは光栄で御座います。」

「弟がお仕事の邪魔になっていませんか?」

「いえ!そんなことは!」

「兄様!兄様の素晴らしさを広めることは一番大事なことなのです!」

「分かったから、落ち着きなさい。ここは図書館だ。」

「あ!そうでした。ごめんなさい、ディーノさん。」

「いえ、お気になさらず。僕もそろそろ仕事に戻りますので、課題頑張ってください。」

「はい!ありがとうございます!」

「では、失礼いたします。」


一礼して去った僕の心臓はバクバクだった。今まで父上や母上に婚約者候補だとたくさんの貴族令嬢令息と会ったが、何も感じず自分にとってのメリットもなかったのですべての縁談を断っていた。だが、ヴィンセントを目にしたその瞬間、時間が止まったかのような感覚に陥り、自分の世界が鮮やかになった。


これは…一体……

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