白昼と双生の茶会
僕は自分の顔が熱くなるのを感じた。心臓はドクドクと波打ち、頭からヴィンセントが離れない。むしろヴィンセントのことで頭がいっぱいになっていた。今の状態では、司書見習いの仕事などままならず執務室に戻ることにした。執務室に入り、椅子に腰かけると一気に力が抜けた。その時、執務室の床に転移魔法陣が浮かび上がった。部下が報告に来たようだ。
「ディーノ様、ご報告に参りました。」
「……」
「ディーノ様?」
「……あ、あぁ、どうだった?」
「はい、酒場にいたあの五人組はやはり遊蝶華の関係者で間違いないようです。ディーノ様が店を出られた後、席をカウンターに移し店主にそれとなく話を聞きましたところ、直接的なことは話しませんでしたが遊蝶華を仄めかす発言がありました。そして、明日の夜に遊蝶華が手を貸している組織のオークションが裏通りの地下で行われるそうです。」
「そうか……では、鴉たちに伝えろ。明日のオークションに潜入し、遊蝶華の尻尾を掴む。」
「御意。ところで、先程からお顔が赤いようですが、どこか体調が悪いのですか?」
「いいや、気にすることはない。」
「失礼いたしました。」
「もう下がって良い。図書館が閉まったら僕は城に戻る。」
「御意。」
図書館が閉まる午後五時。僕も退勤し、市場を通り転移で城に戻ろうと従業員用出口から出ると、声をかけられた。
「ディーノさん」
後ろを振り返ると、今もなお僕の頭を埋め尽くしているヴィンセントがいた。伯爵家の、ひいては騎士団長の長男がこんなに美男なら社交界で有名になっているはずなのに、今まで見たことも聞いたこともなかった。僕はそれが気にかかっていた。
「ヴィンセント様、どうなされたのですか?」
「あの……」
「……?」
ヴィンセントが何かを言いよどみ、続きを待っていると下を向いていた顔がパッと上を向き、金色の瞳が僕をとらえた。
「また……お会いできますか?」
表情は分かりにくいが、目が潤み、耳がほのかに赤い。更に上目遣いときた。
これは……期待しても良いのだろうか……
「は、はい!もちろんです!僕もヴィンセント様にお会いしたいと考えておりました。」
「本当ですか、ありがとうございます……」
ヴィンセントの口元が少し綻んだ。まさかヴィンセントの方から声をかけてくれるとは思わず、僕の心は大歓喜だった。
「では、弟が待っているので失礼いたします。」
「はい!」
仄かに顔が赤くなっていたヴィンセントの可愛さの破壊力は凄まじいものだった。去っていくヴィンセントの後ろ姿を見つめながら、いつか本来の姿で彼の隣に……僕は浮かれつつ城に戻った。城に戻ってすぐ夕食会の為、変装魔法を解き正装に着替え、食堂へと向かった。食堂に入ると珍しく兄がいた。
「兄上!」
「ラド、久しいな、息災だったか。」
「はい!兄上もお元気そうでなによりです!」
「そういえば、ラド。また縁談を断ったそうだな。」
「……はい。」
「お前が日々励んでいることは知っている。焦る必要はない。お前が納得のいく相手と結婚すれば良いのだ。」
「はい!ありがとうございます、兄上。そういえば、兄上には幼き頃から婚約者がおりましたね。僕は会ったことがないのですが。」
「あぁ、そうだ。あの子は目立つのが苦手でな。結婚する日まで自分のやりたいことをとことんやりたいと、忙しい日々を送っている。明日、1年ぶりに逢う予定があるが、ラドも会っていくか?」
「よろしいのですか?お二人の時間をいただいても……」
「あぁ、構わん。そろそろ顔合わせを考えていたからな。明日の昼、空けておいてくれ。」
「はい!ありがとうございます!」
兄は感情表現が苦手な方だが、婚約者の話をするときは少し表情が柔らかくなる。それだけ婚約者が大事なのだろう。今なら僕にも好きな人を想う気持ちが少し分かる気がする。その後、父と母も揃って家族での食事会となった。
翌日、兄は朝から婚約者と出かけているらしく、昼頃に城内で開く茶会の席に僕が呼ばれたようだ。
_コンコン_
「コンラッド様、エリアス殿下が庭園でお呼びでございます。」
「あぁ、分かった。今行く。」
兄と婚約者が茶会をしている庭園へと向かった。庭園の東屋へ近づくと兄の笑い声が聞こえてきた。兄の笑った声など聞くのは久しぶりで、なんだかうれしく思っているとちらりと見えた人の姿に僕は目を疑った。
「来たか、ラド。紹介しよう。こちらが私の婚約者だ。」
「お初に御目にかかります。エリアス様の婚約者、ヴェロニカ・ハイムウェルと申します。どうぞ、ヴェロニカとお呼びください。」
そこには昨日会ったヴィンセントにそっくりな顔立ちの茶髪に桃色の瞳を持つ女性がいた。
「あ、あぁ、初めまして。兄上の婚約者殿にお会いできて光栄です。」
「さぁ、ラドはこちらに座りなさい。ヴォニーはこちらへ。」
「はい、兄上。」
「ありがとうございます、エリアス様。」
「ヴォニー、今日も貴女は美しい。」
兄がヴェロニカをエスコートし、手に軽い口づけを落とした。
「ふふっ、ありがとうございます。貴方もいつお会いしても素敵ですよ、エリアス様。」
「それにしても兄上、いつこんな美しい方とお知り合いになられたのですか?」
「あぁ、ラドに話すのは初めてだな。あれは…私の一目惚れだ……」
それから兄は嬉しそうにヴェロニカとの出会いを話してくれた。初対面は兄が11歳、ヴェロニカが6歳の頃、ハイムウェル伯爵と共に登城したヴェロニカが迷子になったところに兄が現れたそうだ。その時から兄は父とハイムウェル伯爵に頼み込みヴェロニカとの逢瀬を重ね、ある条件をのみ婚約したそうだ。
「そんなことがあったとは…条件とは一体?」
「あぁ、それがヴォニーのやりたいことを自由にやらせることだった。ハイムウェル伯爵は自分の子供をとても大事にしていてな。とても一筋縄ではいかなかったよ。だから、ヴォニーに会うのも1年に1度、ヴォニーの予定に合わせていた。」
「ふふっ、そうですね。エリアス様があまりにも必死だからお父様は困っていたものです。今でも覚えていますよ。初めて席を用意してもらった時の茶会を。いつも怖い顔してらっしゃるのに、とても緊張なさっていてお顔が真っ赤でしたね。」
「忘れてくれと言っているのに…。」
嬉しそうに微笑むヴェロニカとそんなヴェロニカにタジタジな兄、普段の態度からは決して考えられない兄の姿に僕は嬉しくも少しヴェロニカに嫉妬してしまいそうだった。
「いいえ、忘れません。あんなに可愛らしい姿を見れるのは私だけでしょうから。」
「あぁ、そうだな。ヴォニーの愛らしい姿を見るのも私だけがいい。」
「まぁ!…そうやってすぐ恥ずかしいことを仰るんですから…。」
「嫌か?」
そういいながら、ヴェロニカの手を優しく包み込むように握る兄。
「…嫌なわけないではないですか。分かってて仰るんだから…もう…。」
「あぁ、すまない。1年ぶりに会うヴォニーがあまりにも可愛くてな。ついつい困らせたくなってしまう。」
「もう…。」
「本当に仲がよろしいのですね。僕には婚約者がいないのでとても羨ましいです。」
「ラド、昨日も言ったが、焦る必要はないぞ。お前にも私のヴォニーの様な存在ができるさ。」
「えぇ、そうです。」
「はい、ありがとうございます。兄上。ヴェロニカ嬢。」
兄を奪われたような気がしてつい嫌味っぽく言ってしまったと思ったが、二人の顔を見ると僕のことを考えてくれていることが良く分かり、嫉妬する必要などなかったようだ。
「そういえば随分会っていないが、今回もヴィンセント卿と一緒に戻ってきたのか?」
「えぇ、ヴィンスお兄様と一緒に戻って参りました。」
「ヴェロニカ嬢にも兄が?」
「えぇ、そうなのです。私には双子の兄、ヴィンセント・ハイムウェルがいます。ヴィンスお兄様は、とても優秀で幼い頃に事業を興してから他国へと規模を広げていて、私もそれに着いて行って勉強させていただいてました。お父様はとても反対されていましたが、お兄様の才をここで留まらせておくのは勿体無いとお母様に叱られまして、7年ほど他国へ留学という形で出してくれました。ですので、フロイデ王国の社交界で顔が知られていないのです。」
「7年も!ヴェロニカ嬢の話を聞く限りでも、ヴィンセント卿は商才が素晴らしいのですね。」
「えぇ!ヴィンスお兄様はとても素晴らしい方なのです!」
「あ、ラド、すまない。先に謝っておく。ここから長いぞ。」
「え?兄上…それは…どういう…。」
「ヴィンスお兄様は!」
聴き覚えのある怒涛のヴィンセント語りが始まった。まさか、双子の妹もアレクシス同様だったとは…長いヴィンセント語りは兄の咳払いにより、幕を閉じた。
「ヴォニー。落ち着け。」
「はっ!また私ったら…。申し訳ありません!コンラッド殿下!」
「いや…はは…お気になさらず、ヴェロニカ嬢。」
最近、似たようなのにあったしな…
「すまないな、ラド。ハイムウェル家はちょっと…いや、かなり…家族愛…というか長男のヴィンセント卿への愛が深くてな。まぁ、ヴィンセント卿も元気そうで安心した。」
「えぇ!もちろんです。今度の舞踏会ではハイムウェル伯爵家全員揃って出席致します。」
「今度の舞踏会もエスコートはさせてくれないのか?」
「結婚前最後ですから、お願いです…エリアス様。」
「はぁ…仕方ない。私が其方のお願いに弱いのを知って言っているな?まぁ、結婚後のエスコートは私だけにさせてくれるというのだから今は我慢しよう。」
「ありがとうございます!エリアス様!」
「うぐっ。」
「…兄上にもそのような一面があると知れて僕は嬉しく思います。」
「…ラド…。父上には言わないでくれ。」
「父上も母上も既に知っておられると思いますよ…。」
「んな!」
「ふふ、ヴェロニカ嬢には感謝ですね。」
「…まぁな…。」
「え?エリアス様?コンラッド殿下?どうなさったのですか?」
兄の意外な一面が見れ、近いうちに公式の場でヴィンセントに会えることに嬉しく思った。その後も楽しく談笑し、2時間ほどで僕は退席した。ヴェロニカは兄の良き妻となり支えになってくれると確信できた有意義な時間だった。近いうちに来るであろう「義姉上」と呼ぶ日が楽しみであった。
そして、夜のオークション潜入に向けて準備するために気持ちを切り替えた。




