03.朧げなあの子は今にも消え入りそうで・・・・
(1737.1/-- 〜 4/6)
ーーーー私は、変わらなかった。・・・・心に巣食う病魔が全身を苛もうと、無感情の私に害はない。いつも一歩引いて、冷めた瞳で自分を眺めるだけ。感情的に怒ったりしない。無為にしゃいだりしない。寧ろ静かに諭すだけ。自分も、他人も・・・・。
そんな私を、クラスメイトや先生は理性的な子とだ言った。成長したと言った。大人になったと言った。
父はどうもその変化を快くは思わなかったみたいだけど、でも周囲には頷くだけ。私に対しても何か言ってくることはなかった。・・・きっと、本人にまかせることにしたのだろう。
・・・・まあ、元からあまりはしゃぐタイプではなかった。だけど、自分の感情は貫いていた。そのせいで極度に好かれたり、逆に嫌われたりが激しかった。
けど今は、距離が少し開いた気がする。そのおかげか、好かれすぎることも嫌われすぎることもなくなった。・・・あるいは、私の境遇を知っているせいで近づきずらかったのか・・・・・。
まあどちらにせよ、私は孤高になったし、私はそれでよかった。
ただ、父はそれを快くは思わなかった。・・・・それだけのこと。でもーーーー。
心の病魔は治癒しない限り、永遠に心身を蝕み続ける。
心に負った傷は、それ相応の処置で調整しない限り永遠に治らない。
けれどそれを知らない私は、いつかは良くなると考えていた。・・・風邪のように、安静にしていれば治るものだと・・・・。
安静・・・その意味合いが、私の状態と風邪の状態とで異なることに気づいていない時点で、重篤だったのだろうけど・・・・。
でもそんなこと、当時の私は知らない。・・・あげく「心が苦しい」と叫ぶその状態がどれ程危険であるかを理解できていなかった時点で、お察しというものだ。
それでも私は耐え抜いた・・・・つもりだった。
ーーーー妹の瞳が、まるで昔の私のよう。あの頃の私も、こんなふうに・・・・。
『・・・・ママ・・・シンジャッタ?』
・・・・心が、苦しい。
ママの隣はいつも私。ママの側には、いつも私。
「強がってんねぇ〜。泣いていいんよぉ〜?」
ママは泣かない。ママは強い。ママはカッコいい。だから私もママみたいに。・・・そう思って、必死で強がる。・・・・どれほど視界が滲もうとも、「ぜったい泣かない!」・・・って、唇を噛んでしかめっ面。
「あははははは!」
モールの中でも、ママは笑い声をあげる。迷惑じゃなければ、周りの視線なんて気にしない。
だけどその視線が私に集まって、余計に泣けなくなった・・・・筈なのに、私はママのお腹に顔を埋めた。
「あははは・・・ああ・・・ごめんごめん。転んじゃ、そりゃ痛いよねぇ。でも、我慢したからご褒美、買いに行こっか。」
頭を撫でられ、手を引かれ・・・・。
帰り道。買ってもらったおもちゃの宝石を、太陽に向かって掲げる。
キラキラ・・・キラキラ・・・。とても綺麗で、私は大満足。
だから握った腕をブンブン・・・ブンブン・・・。
ニカッ・・っと笑って、ママにありがとうを伝える。
「ど〜いたまして!」
「うん!」
ーーーーベッドの中。・・・妹を起こさないよう、必死で呻き声を抑える。
涙がポツポツと・・・・でも、感情は吐き出せない。・・・・そもそも、何を吐き出せばいいのかがわからない。
・・・・心が・・・苦しい。・・・胸が・・・痛い・・・・・。
理性的な思考は働くことなく、ただ苦しさに呻き続けたーーーーーー
「ねーね?」
「ん?」
「どーしたの?」
「・・・・。」
妹の言葉に、口籠る。
「何でもないよ。ほら、早く食べな。」
せいて、催促した。
「・・・・ん。」
母がいなくなってから、もうすぐで1年が経つ。
その間、妹は元気に育った。未だに私にべったりではあるけれど、でも、『母の死』によって生まれた悲しみは、もうどこにも見えない。
私はというと、中学への入学式が控えているためか、少しばかり緊張しているような・・・・。
「兎美麗〜?父さん、ネクタイどこ置いたっけ〜?」
「ああ!お父様、ネクタイはこちらに!すみません、シワがあったのでアイロンをと思いまして。」
「ああいえいえ、でしたら謝らないで。寧ろありがとうございます。」
父と家政婦さんの関係性は相変わらずで、家政婦さん本人も相変わらず。
家政婦さんは、家政婦というより、どちらかというとメイドみたいだった。・・・・というか本人的にはそっちの方が良いらしい。
父をお父様と呼ぶのも、それが理由らしい。・・・・正確には、もともとは名前に様付けだった。それが次第に打ち解けて、「ご主人様」・・・と。ただ、「さすがにそれはやめてくれ」・・・と父が懇願した結果、お父様呼びになった。
・・・・正直、名前に様付けで良いような気がするけど、本人的にはより近しい間柄のメイドが好みらしく、その呼び方が良いらしいとのことで・・・・。
「お嬢様、そろそろ。」
「うん。ありがとう、蕾さん。」
家政婦さんが、軽く頭を下げる。
それを通り過ぎて、私は1人、玄関を出る。先に中学校へと向かう為に。
「本当に、送っていかなくていいのか?どのみち父さんも行くんだし・・・・。」
追いかけてきた父に振り向き、答える。
「いい。歩きたいから。」
「ねーね!さくらもいく!」
「あ!桜っ!」
口にマヨネーズをつけたままの妹が、私に駆け寄る。
それを私は、肩に手を置いて止めた。
「ネーネは、1人で行く。桜、もう4歳でしょ?だったら、ね?」
不満タラタラの顔で頬を膨らませるけど、一緒に行こうとは言わない。
いい加減、姉離れすべきだという考えもあるけど、それ以上に、妹の瞳がどうしても、昔の私と重なってしまう。それが嫌で、少し、遠ざけたかった。・・・とはいえ自分から突き放すなんてことはできないから・・・・。
妹の頭をポンポンする。
「いってきます。」
「・・・・や。」
「いってきます。・・・ね?」
「・・・・・。」
結局妹は、ムスッ・・っとしたまま父の方へと戻っていった。
「それじゃあ、いってきます。」
「うん。いってらっしゃい。」
「いってらっしゃいませ、お嬢様。」
そうして私は、重たい一歩を踏み出した。
ーーーー校庭には既にチラホラと車が見える。
・・・・もう来てる人もいるんだ・・・・・。
かく言う私も、一般的な感覚よりも少し早めに到着した新入生の1人なのだろう。
とはいえ恐らく15分もすれば、校庭は車でいっぱいいっぱいになるだろう。
・・・・まずは受付だっけか。
張り紙の案内に従い、生徒正面玄関前、長机が横一線に並べられた、新入生の受付を行っている場所・・・・そこに座る1人の女性の下へ近寄る。
「あの、おはようございます。」
「はい、おはようございます。新入生のかたですね。お名前は?」
「月見里 兎美麗です。」
「やまなし・・・さん。やまなし・・・やまなし・・・・。」
恐らく教師と思われる女性が、目の前の組別に分けられた名簿から、私の名を探す。
『氏名/月見里 兎美麗 ○』
「ああ、月見里 兎美麗さん。はい。確認しました。それで・・・親御さんもご一緒での参加となっていますが、親御さんは来られていますか?」
女性が周囲を軽く見回したあと、問う。
「いえ、まだです。」
「では、後ほど来られますか?」
「はい。」
「わかりました。それじゃあ、これがあなたの名札ね。こっちは予備。それで、あなたは1年1組だから、下駄箱はそこ。左上から名前順に並んでるから、探してね。教室は・・・・場所はわかる?」
「いえ。」
「それじゃあ、中に入れば誘導してくれる先生がいるから、それに従ってね。」
「わかりました。」
「はい。それでは・・・ご入学おめでとう御座います。ようこそ、沼須乃木中学校へ。」
受付の向こう。生徒正面玄関を潜り、下駄箱へ。
苗字の一文字めは『や』だから、基本的には右下あたりに私の靴入れ場所がある。
もってきた学校専用のスリッパに履き替え、案内されるままに教室へと向かった。
ーーーー1年1組の教室前。
・・・・よし!
軽く深呼吸し、開けっぱなしの扉の前へ。
「あ・・・。」
「・・・・おはよう。」
教室には、既に1人の生徒が。
早いな・・・って、私が言えたことでもないか。
「・・・おはよう。アタシは月見里 兎美麗。アナタは?」
「桜華 美十です。」
椅子から立ち上がることもなく、顔だけをこちらに向けるその女。
換気のためか開かれていた窓から風が吹いて、少し身震い。
窓際に座るその女は平気な顔をしているけど、寒くないのだろうか・・・・。
ーーーー私の席は廊下側の窓際。・・・日が当たらない分、より冷たい風が吹き込んでいるような気がしなくでもない。だから真横にある窓を閉めた。近くの窓も含めて閉めた。後ろの扉も閉めた。
「・・・寒いのなら、こっちも閉めましょうか?」
「あぁ・・・いや、いいよ。」
閉めて欲しくはあるが、まあ、いい。
教卓横の教師専用の机の上には、プリントの束が綺麗に並べられていて、その上には置き石が置いてある。それは恐らく、もとから先生が窓を空けていたということ。少し考えれば、新入生が新しくはいる学校なんだし、生徒が来る前に換気はしてて当たり前。ならばもう少し生徒がやって来るまでは、「寒けりゃ頭も冴えるでしょ」という考えのもと、窓は明けっ放しにしておくことに。
・・・・いや、んな、考えすぎ。別に閉めたきゃ閉めりゃいいでしょ。
けれどまぁ、窓際の癖して平気な顔しているその女に少しイラッときたせいか、寒いままにしておこうと思った。
ーーーー1分か、2分か・・・・。静かな教室には、冷たい風と秒針の音だけが残る。
・・・・落ち着かない。
何もしないこの無為な時間が、我慢ならなかった。
普段ならこんな時間は存在しない。妹はべったりだし、弟たちはところ構わず暴れてるし、暇なら暇で家政婦さんを手伝ったり・・・・。だからこそ、どうしようもなくソワソワして、落ち着けなかった。
仕方ないから、窓際に座るその女の下へ。
「・・・なにか?」
立っているのもあれだから、前の席に座る。
「そこは・・・いえ、どうかしましたか?」
・・・・いや、話すことないな。
「いつ来たの?早くない?」
「まあ、そうですね。けれど兎美麗さんだって早いです。どうしてですか?」
「いや、それは・・・・別に・・・なんとなく・・・・。」
「そうですか。」
「・・・・いや、『ですか』って・・・聞いといて興味ないじゃん。」
「聞いたのは兎美麗さんですよ。」
「いやそぉ・・・だけどさ。そうじゃなくて、」
「兎美麗さんだって、別に興味あっての疑問ではないでしょう。」
「だからって聞ぃたら聞いたで・・・・いや、ごめん。」
「いえ、気にしないでください。それよりも寒くないですか?学校側がブランケット、用意してくれてますよ。あちらに。」
誘導された先、教室前方、教師専用の机と正反対の位置に、大きなカゴとオレンジ色のブランケットがあった。
「アンタは使わないの?」
「私は大丈夫です。」
さっきから風が冷たいと言うのに、この女は気にする素振りすら見せない。それがやっぱり、少し腹立つ。だから・・・・。
ブランケッを2枚手に取り、1枚は自分の膝に・・・もう1枚をその女の机の上に置いた。
「・・・・邪魔です。」
言って、退けようとする。が、その手を私が掴む。
「使え。」
命令口調で、指示。・・・・けれどその女はため息を吐いて・・・・。
「大丈夫です。ここは日向ですから、暖かいんです。」
「いや、アタシは歩いてきたばっかりでそれでも寒かったんだから。そんなアタシより細いアンタが寒くないなんておかしいでしょ。・・・ってゆーか手ぇ冷たいじゃん!」
何故そうまでして構うのか・・・・。
まるで妹みたい・・・・。あるいは、母のような・・・・・・とにかく、気になって仕方がなかった。・・・・もしかしたら、私自身を投影していたのかも。
「・・・はぁ。」
わざとらしく、心底『面倒くさい』と大きなため息を吐いて、その女はブランケットを膝に乗せた。
・・・・やば、この後どうすればいいんだ?
何を話すべきか迷い、静寂だけが取り残された。
私がイライラと指で机を叩いている間も、その女は素知らぬ顔で外を眺め続けていた。
次第に教室には生徒が増え、結局私は黙ったまま、自分の席に戻っていった。
・・・・はぁ・・・何してんだか・・・・。




