そういう日
「――」
「――」
無言で狛彦と少女が見つめ合う。
互いが刀を納めてはいるが、間合いは未だ一足一刀。
そして互いの流派が刀鞘術である以上、刀を納めていることは“休戦”の意味を持ちえない。特に狛彦や――虎一の様な居合構えを好むモノなら猶更だ。
「――」
「――」
そして、互いが互いの中に虎一の剣を見てしまった以上、互いが互いに本当に『その気』が無かったとしても、一触即発でしかなかった。
「あら?」
――そんな中、先に空気を緩めたのは少女の方だった。
こてん、と小首を傾げて、淡い色の髪がさら、と流れる。そのまま「んー?」と少し角度を変えて狛彦を観察して――
「ねぇ、君。その髪、地毛?」
狛彦の灰色混じりの髪で目を止める。
「あ? あぁ、まぁ、一応……」
「ふぅん? ねぇ、少し触っても良いかな?」
ほら、無抵抗。そう言いながら倭刀を持った左手を後ろに回す。「……」。直ぐに切りかかられることはなさそうなので、同じ様に倭刀を後ろ腰に佩き直し、どぞ、と言う様に顔を差し出す。
「……おいコラ」
出したらほっぺを、むにっ、とされた。大変遺憾である。
「髪とは言ってないでしょう?」
「……あぁ、そうだな。でもほっぺとも言ってねぇな」
そんなら放せ。こっからは有料だ、と手を払う。
「……」
「……柄に手ぇかけんじゃねぇ」
この程度で。
「ねぇ、髪が地毛なら目もなのかな? カラコンじゃなくて――えーと……自目?」
「……」
ちょっと聞いたことの無い日本語だった。頭をがりがり掻いて「……自前だよ」と狛彦。それを聞いた少女の眼が「ふぅーん?」と仔猫の様に細くなり――銀閃。
「っ!?」
狛彦の前髪が、舞った。
後ろ手に握られていたはずの倭刀。ソレが少女の手を借りることなく抜き放たれていた。念動力。それもかなり精度が高い。
「――テメェ」
がりっ、と狛彦の犬歯が軋みを上げ、即座の臨戦態勢。
それでも出遅れた。目の前では倭刀と鉄鞘が躍り、斬りかかってくる。
足運びでそれを躱すが、どんどん距離が開く。前に出れない。出遅れた。実戦に於いて致命的とも言えるソレも原因だが「……」それ以上に目の前で踊る二刀に目を奪われる。
念動力で動かしているにしては正確過ぎる。正確過ぎて、人の姿が透けて見える。その人影がどうしても虎一を連想させて、狛彦の思考にノイズを混ぜる。
そんな状態でまともに戦えるはずがない。
「――、っ!」
斬られるのを嫌って倭刀に鞘を合わせて防ぐ。どうにか止めた。その間隙を縫う様にして撃ち出された鉄鞘が狛彦の腹に突き刺さり、更に衝撃が撃ち込まれる。
「ぁ―――――――――――」
烏丸流刀鞘術が一手、虎梅。密着状態から更に深く衝撃が入り、狛彦の動きが止まり――ぴた、と首の裏で刃が止まる。
「――」
斬られていた。死んでいた。終わっていた。少女がその気だったのなら狛彦は斬られて、死んで、終わっていた。
今『そう』なっていないのは少女にその気がなかったからだ。
すい、と倭刀と鉄鞘が空に浮き、戻っていく。その行く先を視線で追えば、随分と距離を造って少女が立っていた。
「君、コマヒコでしょう?」
「――」
肯定も、否定もしない。
それでも少女はその態度から何かを受け取り、満足そうに笑みを造る。
「聞きたいこと、あるだろうから、わたしの連絡先を教えてあげるね」
笑っている。
「あ。でも、答えるかわ分からないわ」
笑っていない。
「だって――」
笑っているが、笑っていない。
「わたし、君のこと大嫌いだから」
口元だけ笑みを造りながら、目。その穏やかな水色の瞳には本気の殺意が揺らいでいた。
その会話を残して少女が立ち去っていく。
残り香を運ぶ様に風もないのに一枚のメモが狛彦の前に、ふわり、と落ちて来た。そこにはLANEのID。その文字を三回程目で追って、狛彦はようやく呼吸が出来た。
「――」
久しぶりに死んだ。
言い訳のしようがない程に完璧に。
だから狛彦は三回深く呼吸をした。
勝者の気紛れで生かして貰った。それは中々に屈辱だ。屈辱だが、生きている。生きているのなら、まぁ、良い。そう結論付けて、拾った紙をポケットに捻じ込む――と同時、ヘッドホン型の電脳に着信。相手は鈴音。「……」。非常に嫌な予感がする。
「……あいよ」
『私が必死に戦っていたというのに……とりまるはナンパですか。そうですか』
……あぁ、と音にならない溜息が出る。
何かそんな気はしていた。ふぃ、と視線を上に奔らせると、丁度ビルの上を走ってお嬢様がこちらにいらっしゃるところだった。
「……見てたんなら助けろよ」
「助けが必要な実力差じゃなかったでしょう?」
「……」
「それなのに……色香にでも迷いましたか?」
この、と蹴り足一つ。甘んじてそれは受ける。
「んな楽しそうに見えたっーんなら頭か眼か性格に問題があるぜ?」
「問題があるならどうするんですか?」
「頭と眼がわりぃなら医者だ」
「性格なら?」
「ディズヌーを、見ろ」
女の子はみんなプリンセス! とか言ってる奴。
「大丈夫ですか、とりまる? 助けが間に合わなくてすいません」
「……そんなに嫌なん?」
いきなり優しくなった。「……」。なんな。
「さぁ? どうなんでしょうね?」
すっとぼける鈴音。「……」。嫌らしい。
「それはそれとして――はい」
話は変わりますけど、とお嬢様が手を出す。「……」。良く分からなかったので、狛彦は握手をした。
「違います」
やっぱり違うらしい。
「さっきの紙、あのエルフの連絡先ですよね?」
寄越しなさい。
捨てて置いてあげますから、とお嬢様。「嫌だね」。拒否。したら蹴られた。しかも結構強く。狛彦はちょっとバランスを崩した。
「お前ね……一応、俺死んでもおかしくない状況だったんだぜ?」
「だから優しくしろ、ですか?」
「……」
そう言われると、そう言う分けではないと主張したくなる。
狛彦が言葉に詰まっていると、鈴音が、はぁ、とため息を吐き出した。
「今日はピザが食べたい気分です」
「? 晩飯?」
「えぇ。とりまるの奢りで」
「……」
どうやらそれでナンパしていたことは許して頂けるらしい。それならば、まぁ――
「――喜んで?」
「そうですか。私に奢れて嬉しいですか、とりまるは? なら炭酸とチップスも買わせてあげましょう」
「……別に良いけどよ、何でチップス?」
すずねちん、あぁ言うジャンク嫌いだよな?
「? 見るんでしょ、ディズヌー?」
「はぁ、見るのですか?」
ディズヌー。
あんなに嫌がってたのに……。
「えぇ、まぁ」
だって――
「素直に『心配してた』って言えないのは性格、悪いですよね?」
悪戯っぽく笑われて「は、」と乾いた笑いが漏れて――
「でもそっちの方が『らしい』ですよ、お嬢様?」
そんなことを言ったらまた蹴られた。
この短時間に三発だ。
アインスと言う格上と戦い。
エルフに殺され。
お嬢様にはしこたま蹴られる
どうやら今日はそういう日らしい。
それなら明日は間違いなく今日よりも良い日なのだろう。「――」。何となく、そんなことを思ってみた。
格上二連戦の後に、ラスボス(お嬢様)の相手をさせられるこまひー




