ゼン・ラー
狛彦はイヌ科だがシャワーはそこまで嫌いではない。きっとダブルコートだからだろう。
それでも狛彦はイヌ科なので洗濯は結構溜め込むタイプだ。
自分の匂いは縄張りの証であり、安心する。
そしてお嬢様もめんどくさがり屋なので洗濯物は溜め込んで一気に洗濯をするのが長距離バスでの生活以降の二人の習慣になっていた。
「……」
そんな訳で、セーフハウスにて一日の疲れを『そこまで嫌いではない』シャワーに溶かした狛彦を出迎えたのは回るドラム缶洗濯機の前に立つ鈴音だった。
「………」
先にシャワーを浴びたはずの鈴音は全裸だった。
「…………」
バスタオルすら巻いていない。世界線が少年漫画なのか、不思議な物理学が働いて長い銀色の髪が『一応』隠しているが『一応』だ。
「………………あー……鈴音お嬢様? 何をしていらっしゃるのでしょうか?」
見間違いかと思った。思ったので、軽く目頭をもんで、遠くを見て、近くを見て、もう一回見て見たが映る景色は変わらなかった。
思わず丁寧な言葉遣いにもなると言うものである。
「……着替えを含めて全部洗濯機に入れてしまったんです」
「……あぁ、そう言う」
アホである。
「風邪ひかん様にせめてバスタオルくらいは巻いとけよー」
「まるで他人事ですね、とりまる。――いえ、敢えてこう言いましょうか? ゼンラーマン・ウルフ」
「……変な遊びに俺まで巻き込むんじゃねぇよ」
バカは風邪をひかないらしいが、きっとアホも風邪をひかないだろう。狛彦はそう判断して着替えを取り出し――取り出――取り――
「……おいこらテメェ」
あるはずの着替えがないのですが、何か言うことはありますか? と狛彦――改めゼンラーマン・ウルフ。
「一応断わっておきますが――悪気はありませんよ?」
そんな視線を受けて、完全に善意からです。だから怒らないでくださいね? と鈴音――改めゼンラーマン・ベル。
「お前の! ポンコツにっ! 俺を巻き込むんじゃねぇ!!」
「大きい声を出さないで下さい、とりまる。蹴りますよ?」
「蹴るな蹴るな蹴るな!」
動くな動くな動くな!
見える見える見える!
「これ巻いとけ!」
咄嗟、腰に巻いていたバスタオルを投げ付ける。
「……これ、何かのハラスメントに抵触しませんか?」
女の子に自分が巻いてたバスタオルを投げるって……。そう言いながらも一応バスタオルを巻く鈴音。
「現状がセクハラだよ!」
お前から俺に対してのな! 取り敢えずさっきまで漁っていたダッフルバッグで『こまひこ』を隠しながら狛彦。
「あ、ピザ来ましたね」
そしてそんなタイミングで鳴るセーフハウスのインターフォン!
「――って待て待て待て! その恰好で行くんじゃねぇ!」
「? でも今私の方が装備硬いですよね?」
「だからって行くな! ヤリ部屋モノじゃねぇんだから!」
「? ヤリベ……? 何です、それ?」
「うるせぇよ! 兎に角俺が行くからっ!」
青白いモニターの光だけが部屋を照らす中、一組の男女がベッドの上で重なり合っていた。
――と、言うとまるで情事の最中の様だが、実際には布団を丸めて背もたれを造った簡易ソファーに体重を預けた狛彦を椅子にして鈴音が座っているだけである。
幸いにもセーフハウス内にパジャマがあったので、服は着ている。
それでも薄い生地だ。
「……あんなに大騒ぎする癖にこれは抵抗ないんですね?」
既にディズヌープリンセスの愛と夢が溢れる素敵な物語に飽きている鈴音が「んー」と手を伸ばしてピザを取りながら。
「? これ?」
そのピザを引き寄せてやりながら『どれ?』と狛彦。
「これ。手です」
自身のお腹に回された自分のモノではないゴツイ手。それを鈴音が指さす。
シートベルトとでも言う気なのか狛彦が鈴音を抱きかかえていた。鈴音がピザを取る為に手を伸ばさなければ行けなかった原因である。
「……あぁ、うん、まぁ……嫌なら放しますが?」
どうしましょうかね?
――でも自分から放す気は無い。
何故なら狛彦はイヌ科なので群れの仲間にくっつくのが好きなのだ。「……」。流石に言えないが、今日は死にかけたから猶更なのだ。
「これ、ちゃんと『貸し』ですよね?」
そんな狛彦の内心を察してか、そう確認は取られるが、放せとは言わない鈴音。好きにさせてくれるらしい。
「高く付きそうですな」
それに安心して何となく腹を撫でてみる。
「摘まんだら殺しますよ?」
「うぃ」
「それはそうと……これは抵触してますよね?」
「ハラスメント?」
「えぇ。ハラスメント、です」
鈴音が言うと同時、すり、とパジャマの薄い生地が擦れる音がした。
いつの間にか腕の中の鈴音が振り返っていた。首筋に、吐息が当たる。
「……」
甘い匂いがしてきそうだったので、腹を撫でていた手を止める。
狛彦も男の子なので、そう言う気分がないわけではないが、今はどっちかと言うとイヌ科なので、ただくっついていたいだけなのだ。
「……意気地なし」
「……」
だから小声で、それでもしっかり聞こえる様に言われた鈴音の言葉には気付かないふり。手を伸ばし、豆乳の炭酸割り、俗に言うソイダーに手を伸ばす。「ピザには炭酸です」と嬉しそうにドクペを頼んだお嬢様に合わせて初めて飲んだのだが割と良かった。また買ってみよう。
「はぁ」
一口。それで自分の言葉も飲み込まれたと判断した鈴音が、大人しくモニターに向き直る。「――」。ちょうどプリンセスが歌いだしていたので非常に嫌そうな顔になった。狛彦もこう言うシーンはなんか背中が痒くなるので嫌いだ。
「別の、見ませんか?」
「あぁ、うん」
他のも買ってましたよね? と言う鈴音の言葉に狛彦が名残惜しそうに手を放して、がさごそ。
旧時代の時点で既に動画系の娯楽はネット配信が主流だったが、ここは下層。スラム。電脳IDが赤くなってしまった人が多く居る場所だ。
簡単に電脳空間に繋げなくなってしまったそんな方々を対象に道端で動画チップが売られており、結構安かったので何個か買っていた。
「『笑ってはいけない』のと『細かすぎるの』どっちにする?」
「? 何です、それ?」
「両方お笑い」
「良く分かりませんが『笑ってはいけない』で」
「あいよ――と、言いたかったけど、もう寝た方が良さそうだ」
「そんなに眠いんですか?」
「イケメンからだ。明日、仕事入れられた」
ほれ、と端末型の電脳を放り投げる。何でもリオンの護衛業務を頼みたいらしい。
「……事前の話と違ってませんか?」
私たちは遊撃と言う話でしたよね? 目を細めて鈴音。
「請負人稼業では良くあることでごぜーますよ、お嬢様」
労働ってそう言うもんです、と狛彦。
「そうですか。それならもう寝た方が良さそうですね」
「だべ。取り敢えずしっかりした片付けは後にして――」
「ピザ、残ってるの処理しちゃって良いですよ、とりまる」
「わぁい」
絶対太るぅー。
それでも食べ物を残すと言う発想は無いので、残ったピザを口に。
「あぁ、とりまる」
「?」
そうして狛彦が喋れなくなったのを確認して――
「チャンスはさっきのでお終いですので、一人で寝て下さいね?」
んふ、と笑ってお嬢様は部屋に戻って行った。
狛彦、あうとー。
因みにピザの配達員は『下層の方がバイト代が良いから』と言う理由でバイトしていたこの街の支配者の娘である水無月鈴音嬢の元同級生(男子、鈴音に惚れてた)がやってくる。
そんで全裸の野郎が出て来て薄々『お楽しみでしたね?』と勘違いしていた所、その野郎が財布を忘れたことに気が付いたその野郎の相手と思われる白い美少女がバスタオル一枚で出て来たので脳が死んだ。
かわいそう(>_<)




