邂逅
今は電脳時代。科学の時代だ。
それ故、あらゆる事象は研究の対象であり、言語化が進められている。
それは秘匿されなければいけないはずの武も例外ではなく、その武より生まれる氣、達人に関してもまた然りだ。
その一つによると達人の言う『意』とは即ち『経験の蓄積からなる極めて確度の高い未来予測』と言うことになるらしい。
例えば上段。刀をそこに構えたら、振り下ろす。この程度の予想は誰でも出来るだろう。
だが、本当にそうだろうか?
フェイントも入れられるし、振り下ろすにしても進んで振り下ろすのと、下がって振り下ろすでは大きく間合いは異なるし、振り下ろしの半径を小さくも大きくも出来る。極論、柄に銃でも仕込んで撃っても良い。
立ち姿から、握りから、呼吸から、拍動から、モーター音から、人工筋肉の中で弾ける金属繊維から、その『次の手』を読む。それこそが達人が見ている『意の法境』だと言う。
……らしい。
正直、それで説明がつかない部分の方が多いので眉唾だ。信じている者の方が少ない。
だが今、アインスが見ている『意』とはコレのことだった。
目が無くなった。
それでも身体に仕込んだ無数のセンサーで音を拾い、風を拾う。
呼吸を拾う。筋肉の収縮を拾う。足が、ず、と地面を擦るのを聞いて、感じる。
そうすれば脳裏に倭刀を射抜く相手の姿が浮かんだ。
――今ッ!
脳裏に浮かんだ姿を『見た』瞬間、身体が動く。
モーターが駆動し、スラスターが火を噴き、金属繊維で編まれた金属が軋み――見えない眼前の達人の一手を捌く。
「――」
声が出たのなら笑っていた。
それは達人の理に触れたことによる高揚からではなく、過去の自分に対する嘲笑だった。
――意味が分からなかった。
アインスが生身だった時、『意』を見るのだと言いながら目隠しした師範が見せた十人組手。
十人を同時に相手取り、まるで綿密な打合せを行ったかのようにするすると水が流れる様に全ての攻撃を流し、返して見せたあの光景の意味が分からなかった。
その時既にアインスは二十を超えていた。
既に人生の半分以上を武と過ごしていた。
強かった。少なくとも弱くは無かった。
それでも弟弟子が次々と勁穴を開いていく中アインスは最年長の“ただの人”となっていた。
そしてその『意味が分からないこと』を見ていた達人となった弟弟子が「成程!」と言ったかと思えば再演してみせた。
不格好だった。
師範が十人相手にしたのに、対し、相手はただ一人だった。
それでも弟弟子はたった一人――アインスを相手に目隠しをして流してみせた。
才能がある男ではなかった。
それでもそんな男にアインスはやられた。その日の帰り、傾き始めたスクリーンに浮かぶ太陽を背負い、伸びた影を見た。見て、「あぁ――」と言葉が零れたことを覚えている。涙が出たかは……覚えていない。それでもその日、自棄になって下層の違法医者を訪ねて電脳化したことは嫌でも覚えている。
届かないと思ったのだ。
分からないと諦めたのだ。
だが――
だが、今は――
「――」
声が出たのなら笑っていた。
だって少しとは言えあの日のことが『分かった』。
そのことを示す様に手刀が達人を貫いたのだから。
半歩。踏み込むはずだった足を止めて、すり足で下がった。
鉄鞘を間に入れて軌道を逸らして、速度も削った。
それでもカウンター気味に放たれた貫手が狛彦の胸を貫いた。
「――づ、ぁ!」
独楽の様に周りこちらの一手を流したかと思えば、そのまま放たれる鋼鉄の手刀。防弾防刃のテックコートだったから指は入らなかったが衝撃はそうは行かない。狙われたのは肺。肋骨の下から入って上がる様に入れられた。
教本に使えそうな程に見事な達人殺し。
「――は、」
思わず乾いた笑いが零れる。
最早教導に近い有様だ。やはり見積もり通り『武』であればあっちが二段は上。
それが分かった。
「疾ッ!」
それが分かったので、狛彦は裂帛の気勢で以って無理やり肺を動かし、一歩を強く踏んだ。
格上相手に退けば後はずるずる下がる羽目になる。
それは嫌になる程に祖父の手により教え込まれている。
だから、潜る様に前へ。一気に間合いを喰らい、鉄鞘に納めた倭刀にて払いの一手。それが受けられる。否。逃がされる。何と言ってもアインスは浮いているのだ。押されたら押されただけ押される。それだけで衝撃は逃がせる。逃がせる? それは違う。そんなに甘くない。だってアインスは格上だ。衝撃を生かせる。その段階。
故に貰った衝撃そのままにまたも為すは円運動。
殺意を殺意としてそのまま相手に返すそれこそが銀星流が一手、鏡星。
――ただしソレを乗せる一手は違う。
弔流柔術が一手、蹴早。
組んだ状態から骨を蹴り砕く程の威力を出す為の一手は小さく、それでいて早い。躱すのは不可能だ。
それでも狛彦は軽く跳ねて見せた。
ソレは羽の様な軽功術。
鋼鉄の身体を持つ電脳達人には不可能な軽さで重さを殺す絶技。
アインスが放った蹴早。その早さに押された風に狛彦が押される。
何も衝撃を逃がすのはアインスの専売特許ではない。
後の剣である烏丸流刀鞘術も得意とする所だ。
構えは何時の間にか変わって二刀。右手に倭刀、左手に鉄鞘。その両手は自身を抱きしめる様に交差していて――
「撥ッ!」
バリっ、と噛み締めた犬歯が軋みを上げ、裂帛と共に一手が放たれる。
力が逃がされるなら、逃がさない。
そんな単純な思考からの一手。
鉄鞘で逃げ道を塞いでからの倭刀。烏丸流刀鞘術が一手、片喰。
それが確とアインスの胴を捉えて――
「!?」
両断するその刹那、爆音。残った右足の結合部のボルトが爆ぜての自切。右足が弾丸の様に放たれ、狛彦に突き刺さる。
――やるッ!
吹き飛ばされながら思わず出て来たのはそんな感嘆。
胴を両断するはずだった片喰は装甲を深く切ったが、装甲止まり。
それどころか羽の軽さを弾丸が抉る様に、無様に吹き飛ばされてしまった。
位置も良くない。飛ばされた先には窓があり、部屋があり、運の悪いことにそこには住人がいた。
「……」
「……」
何となく、住人と見つめ合う。
淡い髪色のエルフの少女だった。白いワンピースがとてもよく似合っている。
ちょうど食事中だったのだろう。食卓に突っ込んだ狛彦は頭からパスタを被る羽目になった。非常に申し訳ないし、勿体ない。「――」。口元に来た麺を啜る。ミートソースだった。「……」え? マジで? ミートソースを白いワンピースで……?
――コイツ、正気か?
狛彦に戦慄が走る。少女は見た目からの印象とは裏腹にロックンローラーらしい。
先程とは違う種類の「やるねぇ」を呟いて、手櫛で髪に付いたパスタを落とす。恐らく未だ目が無いのに慣れていないせいだろう。遠い距離の移動を嫌ったアインスからの追撃は無し。それでも狛彦を逃げしてくれる気は無いらしく、『意』はしっかりとこっちを向いている。
「……ねぇ?」
アインスを見据える狛彦に少女が不満そうに声を投げてくる。
「あぁ、悪ぃ。弁償は後でするから――」
じ、と靴裏で打ちっぱなしのコンクリートを鳴かせ、錬氣呼法。距離があるのだ。使わせて貰う。
相変わらず勝ち目は見えない。それでも――
「――さっさと逃げな、お嬢ちゃん」
逃げられない理由が増えてしまった。
――まぁ、時間稼いだら逃げるべ。
距離が開いて時間が出来たので、狛彦は少し冷静になっていた。
今はしっかりと『意』に捕らえられているから逃げれない。
だが相手は音と風で世界を感じ始めたばかりだ。先程追撃が無かったことからも分かる通り、未だ慣れていない。距離を取れば逃げられる。多分。
だから取り敢えずは運の悪い少女を逃がす時間を稼げば――
「……俺も逃げるつもりなんすけどね?」
そこんとこ、どう思いますか? と横を向く。
「? 何が?」
横には先程のエルフの少女。その手には下層の住人らしく、武器。
なんそれ? 倭刀? 鉄鞘だね。わぁ、お揃いだぁ! 何も嬉しくねぇ!!
「……さっさと逃げちゃくれませんかね?」
「あら? でも請求先はあっちだよね?」
「……財布もってねぇだろうから諦めろ」
「い・や」
んべ、と舌を出して。
「……」
「わたし、わるいことをしたら酷い目に会うべきだと思うの」
「……あぁ、そ」
「注意、わたしが引くわ。だから――」
「……あいよ」
先に勝負を分けた要因を言ってしまえば――運が悪かった。
――どうやら二人に増えたらしい。
風と音からソレを理解して尚、アインスは迎え打つことを選んだ。勝てる。逃がさないは出来ないが、勝つは出来る。そう言う実力差があの達人との間にはあったからだ。
向かって来てくれるのなら有難い。
仕事は失敗だ。プロならさっさと退くべきだ。それでも、それでも――
試したい。
一歩。たったの一歩だが、あの日踏めなかった武の道を一歩進んでしまったが故の思い。それがアインスの身体をここから逃がさない。
格下相手だ。万が一は――ある。
それでも百に一程度。
増えた次第だが、それでもそんな見積もりだった。
――実の所、この見立ては正しかった。
退くべきだった。それでも百に一だったし、増えた相手、エルフの少女も狛彦と近いレベルだった。二対一。アインスはその数の利を馬鹿にする気はなかったし、油断もしていなかった。
それでも――運が悪かった。
法境に至って居れば――
勁穴が開き、氣を扱い、『意』を見ることが出ていれば――
気が付けたのだろう。
狛彦と少女。互いが互いに、お互いの剣を見た瞬間、思考が驚愕で埋まったことに。
それでもその雑念が混じった状態でありながらまるで一つの様に振るわれる二つの剣に。
アインスは小さなミスは兎も角、大きなミスはしなかった。
それでも。それでも、何度でも言うが――運が悪かった。
出会ったばかり。その状態で有り得ない程に完璧な連携をされてしまったのだから。
「……」
片やエルフの少女が見せたのは右に倭刀を持ち、左に鉄鞘持っての二刀構えから放たれる乱撃、瞬葛。
「……」
片や狛彦が放ったのは鉄鞘に納めた倭刀を上段に構えての変則抜刀術、落葉。
共に烏丸流刀鞘術でなくとも刀鞘術であれば、或いは二刀の、居合の流派であれば別の名で存在してもおかしくない技だ。
それでも――
「ねぇ? 君――」
少女は狛彦に。
「……なぁ、お前――」
狛彦は少女に。
「「その剣、どこで覚えた」」
一人の男の、剣を見た。
弔流柔術は失伝した古武術を集める歴史家的な側面があるらしい。
そんな裏設定。
だからアインスさんの得意科目は日本史です。日本史学んでこの時代に何の役に立つかは知らんけど!




