EP 9
神のウイルスと、反逆のプログラマ
「……えっ!? 防空システムのコントロールが、奪われてる!?」
キュルリンの悲鳴に近い声が響いた直後、村の広場を満たしていた香ばしいエビの匂いが、一瞬にして冷たく無機質な『オゾン臭(機械の焦げる匂い)』へと塗り潰された。
地下のハッチから這い出してきたのは、小犬ほどの大きさしかない、銀色の多脚蟲――『死寄生蟲機』の群れだった。
それらは、先ほどの死蟻機や死蜂機とは明らかに異質だった。
チタン装甲の奥に生体パーツ(美味い肉)など存在しない。ただひたすらに、目に見えない電子の糸(魔力によるウイルスコード)を空中にばら撒き、村のネットワークへと物理的に侵入していく、純粋なデジタル・ウイルスの塊だ。
「な、なんだぁ!? トラクターが勝手に動いてるべ!」
「こっちの対空砲もだ! 砲身が、村の方を向いてるぞ!?」
農家のおじさんたちが慌てふためき、魔導ライフルを構え直す。
だが、事態は最悪だった。先ほどまで頼もしい味方だった村の魔導対空砲や、バズーカを積んだトラクターが、ギゴゴゴ……と不気味な機械音を立てながら、銃口を『村人たち』や『宿屋』の方向へとグルリと旋回させたのだ。
「キャハハッ! まんまと乗っ取られたね! 物理装甲がないなら、あたしの斧で切り刻んでやるよ!」
スアイが蛍光イエローの防寒着を翻し、暗殺斧のエンジンを吹かしてネクロパラサイトへ斬りかかろうとする。
「待ってスアイさん! そいつらを物理で壊しても意味がない!」
俺は鋭く叫び、彼女の前に立ち塞がった。
「あいつらはただの『送信アンテナ』だ! すでに村の兵器の魔力回路には、悪意のあるウイルスプログラムが入り込んでる。大元のシステムをパージしない限り、兵器の暴走は止まらない!」
「じゃあどうするのカナタさん!? このままじゃ、おじさん達が自分たちの対空砲で撃たれちゃうわ!」
キャルルが特注安全靴で地面を削りながら、焦燥に顔を歪める。物理的な破壊なら彼女の飛び蹴りで一掃できるが、村の貴重な防衛インフラ(トラクターや対空砲)ごと破壊するわけにはいかないのだ。
「……30秒だ。キャルル、スアイさん、リバロン。俺がシステムをクリーンアップするまで、兵器の射線から村人たちを守ってくれ」
「承知いたしました。……皆様、私の背後へ!」
リバロンが純白のテーブルクロス(オーラ・シールド)を広場の中央に大きく展開し、キャルルが農家のおばさんたちを安全圏へと突き飛ばす。
俺は深く息を吐き、空中に半透明のシステムウィンドウを何枚も並べて展開した。
視界に流れ込んでくるのは、ルナミス帝国の魔力回路に強引に割り込んできた、おぞましいほど暴力的な『赤いエラーコード』の濁流だった。
(……なんだ、このデタラメな攻撃は?)
俺は仮想キーボードに両手を添え、前世のデスマーチで培った限界突破のタイピング速度で、ウイルスの挙動を解析し始めた。
美しいハッキングじゃない。これは完全に『力業』だ。
無限に近い圧倒的なリソース(魔力と予算)に物を言わせ、一秒間に数億回というデタラメな数のコマンドを村のシステムに叩き込み、無理やり管理者権限を奪い取ろうとするDDoS攻撃(分散型サービス拒否攻撃)。
俺の前世の知識と経験が、直感的に『相手の正体』を理解した。
(こんな無限のトラフィックを発生させられるのは、地上の国家レベルじゃない。……もっと上位の次元。ふざけやがって、どこかの『神様』が、安全圏からゲーム感覚でクソみたいなスパムを送りつけてきやがったな!)
前世で、現場の苦労も知らずに無茶な仕様変更を無限に押し付けてきた、あの憎きブラック企業の役員どもの顔が脳裏にフラッシュバックする。
俺の魂の奥底で、エンジニアとしての怒りのマグマが限界点を超えて沸騰した。
「舐めるなよ。金と権力にモノを言わせたスパゲッティコードが、現場の泥臭いエンジニアに勝てると思うなよ……!」
俺は十本の指を光の速さで躍らせた。
「対象、ポポロ村ローカルネットワーク。外部からの不正なパケット通信を特定。……カチャリ、ルート変更」
俺のスキル『鍵使い(概念ロック解除)』が、ただシステムを閉ざすのではなく、敵の放った無数の電子の糸の『宛先』を書き換える。
村の兵器に向かっていた凶悪な命令コードを、俺の展開した仮想のブラックホール(ダミーサーバー)へとすべて吸い込ませる。
「なっ……カナタさん!? 敵のウイルスが、全部あんたのウィンドウに吸い込まれてるよ!?」
キュルリンが巨大なスパナを落としそうになりながら、目を見開いて絶叫する。
「ここからがカウンターだ。……俺たちの村の兵器に勝手に触った『落とし前』、きっちりシステムに刻み込んでやる」
俺は吸い込んだ赤いエラーコードの濁流を圧縮し、そこに俺自身の『鍵(管理者権限を強制破壊するウイルス)』を混ぜ込んだ。
そして、その強烈なデータ爆弾を、相手が接続してきている不可視の『IPアドレス(天界のサーバー)』に向かって、全力で投げ返した(リフレクション)。
「リターン・トゥ・センダー(送り主へ返送)。……ロック解除!!」
ターンッ!! と、俺がエンターキーを思い切り叩き割る勢いで押下した瞬間。
『ギ、ギギギギギギギギギッッ!?』
広場に展開していたネクロパラサイトたちが、一斉に断末魔のような高い電子音を上げた。
彼らの銀色の装甲の隙間から、赤い魔力の火花が激しく噴き出す。俺が投げ返した致死量のデータ爆弾が逆流し、彼らの論理回路を物理的に焼き切ったのだ。
パァァンッ!!
破裂音と共に、すべてのネクロパラサイトの頭部(CPU)が爆発し、黒焦げの鉄屑となって地面に転がった。もちろん、エビの美味しそうな匂いなど微塵もしない。ただのショートした機械の異臭だ。
同時に、村のトラクターや対空砲の銃口が、ふっと力を失ったように下を向き、本来の待機モード(グリーンランプ)へと戻った。
「やった……! 兵器のコントロールが戻ったわ!」
「すげぇ! 魔法も使わずに、あの化け物どもの頭を吹っ飛ばしやがった!」
キュルリンとおじさんたちが歓喜の声を上げる。
「カナタさん! ありがとぉぉっ!」
キャルルが特注安全靴の重さを感じさせない軽やかなステップで駆け寄り、俺の首に思いきり抱きついてきた。
「ああ……なんとか間に合ったな」
俺はキャルルのウサギの耳を撫でながら、空中に残った一枚のウィンドウを細めた眼差しで見つめていた。
(……掴んだぞ)
カウンターを叩き込んだ瞬間、一瞬だけ見えた『接続元の痕跡(IPアドレス)』。
それはアナステシア大陸のどこでもない。遥か上空、雲の上の次元から伸びてきている、太く強固な魔力通信網――通称『天界Wi-Fi』のシグナルだった。
俺はあえて、その通信網の入り口に、俺のスキルで作った『透明な鍵穴』を一つ仕掛けておいたのだ。いつでもこちらから、神の領域へハッキングを仕掛けられるように。
* * *
「――な、何ィィィィィィィィッ!?」
天界『セレスティア』のGODオフィス。
ワイズは、自身の最高級ノートPCの画面が突然『青いエラー画面』に染まり、けたたましい警告音と共に完全にフリーズしたのを見て、絶叫と共に立ち上がった。
手元のマイタンブラーが床に落ち、カプチーノが高級な絨毯を汚すが、そんなことに構っていられる状況ではなかった。
「私の……予算無制限の管理者権限からの直接介入(DDoS攻撃)が、ただの下界の人間ごときに弾き返されただと!? しかも、私のPCのマザーボードまで物理的に焼き切ろうとした……!?」
ワイズの端正な顔が、かつてない屈辱と怒りで夜叉のように歪む。
ゴッドチューブのコメント欄は、先ほどのカナタの鮮やかなカウンターハッキングを見て、「チートすぎるww」「神の采配すら覆したぞ!」と、完全にカナタを英雄視する熱狂の渦に包まれていた。
「……許さない。神である私のシナリオを穢した罪、万死に値する」
ワイズはフリーズしたノートPCを魔力で粉々に握り潰し、空中に直接、神の最高権限コンソールを展開した。
「小細工はもう不要です。天魔窟の最下層から、最強の物理的絶望を叩き起こしてあげましょう」
ワイズが血走った目で、禁断のコマンドを入力した、その時。
下界のポポロ村の地下から、これまでのネクロバグとは次元の違う、大地そのものを引き裂くような大地震と、耳を劈く咆哮が響き渡った。
最悪の合成死蟲将軍機が、ついにその姿を現そうとしていた。
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