EP 7
天魔窟の胎動と、天才発明家の警告
「敵襲ううううううッ!」
平穏な朝のポポロ村に、けたたましいサイレンの音と、地響きのような警告の声が鳴り響いた。
サウナ明けの最高の朝食として、キャルルが俺のために心を込めて握ってくれた、ふっくらと艶やかな『手作り米麦おにぎり』と、出汁の効いた熱々の月見大根の味噌汁をご機嫌に頬張っていた俺は、突然の爆音に驚いて思いきり喉を詰まらせて咽せ返った。
「ゴホッ、ゲホッ、ンガッ!? な、なんだ一体!?」
「ええっ、サイレン!? ルナミス帝国の本隊がもう報復に来たの!?」
キャルルが真っ白なウサギの耳をピンと天に向けて立ち上がり、リバロンが瞬時にエプロンを脱ぎ捨てて、闘気を編み込んだ純白のテーブルクロス(防弾オーラ・シールド)を流れるような動作で展開する。隣の席でコンビニの廃棄品並みに飢えた様子でゆで卵を丸呑みしていたリーザは、「ひぃぃっ!? 私の平和なポイ活ライフと家賃の猶予がぁ!」と短い悲鳴を上げてテーブルの下へと電速で潜り込んだ。
ズドドドドォォォンッ!!
次の瞬間、宿屋の目と鼻の先にある広場の地面が、まるで地雷でも踏んだかのように激しく爆発して盛り上がり、巨大なマンホールのような分厚い鉄のハッチが音を立てて遥か上空へと吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める真っ黒な土埃の中から、一つの小さな影が激しく咳き込みながら飛び出してくる。
「ゲホッ、ゴホッ! あーもう、最悪! 地下プラントの第一防衛線が、一瞬で突破されたよ!」
土埃の中から姿を現したのは、一人の少女だった。
ドワーフ族特有の、どれだけ時を経ても成長が止まったかのような、非常に愛くるしい童顔と小柄なロリ体型。だが、そのファッションは視覚的情報量が多すぎて完全に正軌を逸していた。
漆黒のフリルとレースをふんだんにあしらった、お姫様のような高級『ゴスロリドレス』。その上に、あの大衆ホームセンター・タローマン製の『蛍光イエローの反射ベスト(安全チョッキ)』を大胆に羽織り、腰にはスパナやレンチ、魔導回路のテスターがぎっしり詰まった巨大なツールベルト。足元はもちろん、鉄板(ミスリル芯)入りの完全防水安全靴だ。
「キュルリンちゃん!? どうしたの、ドンガン帝国へ密輸するはずの地下の隠し農地で何かあったの!?」
キャルルが慌ててテーブルを飛び越え、その少女のもとへと駆け寄る。
彼女こそが、国庫横領の罪で地上へ永久流刑(という名目の密輸ルート全権管理)に処された、ドンガン地下帝国きっての天才発明家、キュルリン内務官だった。
「キャルル、大変だよ! 冗談抜きで! 村の地下第4セクターの防衛自動人形が全滅した! 湧いてきたのはルナミスでも獣人でもない、ずっと大昔に地下深くに封印されてたはずの……『天魔窟』の連中だよ!」
「天魔窟の、死蟲機だと……?」
いつの間にか宿屋の奥から涼しい顔で出てきていたスアイが、その言葉を聞いた瞬間に険しい顔となり、愛用の無限伸縮鎖付き片手斧の魔力エンジンをギュリリ、と低く吹かした。
「あれは創世記の女神様が遺した負の遺産だろ。なんで今になって、わざわざこんな最果ての村の真下から活動を再開してやがるんだい」
スアイが不機嫌そうに舌打ちをした直後、キュルリンが飛び出してきた地下ハッチの真っ暗な穴の奥から、ガシャ、ガシャ、ガシャ……という、冷徹な金属音と生物の多脚歩行の音が混ざった、背筋が凍るような不気味な地鳴りが響き始めた。
「……来るぞ!」
俺が安物のショートソードを抜き放ち、構えると同時。
ハッチの穴から、赤黒いチタン合金の装甲に覆われた、超巨大なアリの化け物――天魔窟の最下級歩兵ユニットである『死蟻機』が、十匹、二十匹と、津波のようになだれ出てきた。
「ギィィィィッ!」
軽自動車ほどの大きさがある死蟻機たちは、地上の太陽光を浴びて不気味に真っ赤なカメラアイを点滅させると、鋼鉄すらバターのように溶かすという強力な酸の涎をダラダラと垂らしながら、広場の美しい花壇やベンチを無差別に破壊し始めた。
「いやぁぁぁ! ガチのバイオハザードよぉ! 誰か、私の代わりに戦ってくれたら、今ならチェキ券を五枚(金貨5枚)で売ってあげるわぁぁっ!」
リーザが俺の背中に完全に張り付き、震度7クラスでガタガタと震えながら無茶苦茶な営業をかけてくる。
「ちょっと! 私の、私たちが一生懸命耕した村の広場を……丹精込めて育てたお花を荒らすなんて、絶対に、絶対に許さないんだからねっ!」
キャルルが激しい怒りでウサギの目を真っ赤に光らせ、特注安全靴の踵で広場の石畳を粉砕しながら、今にもマッハの飛び蹴りを放とうとクラウチングスタートの姿勢を取る。
「待ってくれ、キャルル。村長さんは一歩下がっててくれ。俺に3秒だけ時間をくれればいい」
俺はキャルルを片手で制止し、広場を蹂躙し始めた死蟻機の群れを冷徹に観察した。
彼らの異形な姿を見た瞬間、俺の『鍵使い』の視界には、これまでの野生の魔獣たちとは根本的に異なる、異常なほど規則正しく、かつ高度に暗号化された『システムコード』が滝のように流れ込んできていたのだ。
「……なるほど。こいつら、ただの化け物じゃないな」
俺の呟きに、巨大なスパナを担ぎ直したキュルリンが、不思議そうに振り返る。
「え? どういうことだい、新入りのお兄さん」
「こいつらには生命の意志なんてない。生物の筋肉パーツと機械の電子基板を繋ぎ合わせた、何者かのプログラムによって遠隔制御されている、ただの『ドローン(無人兵器)』だ」
俺はシステムウィンドウを空中に鮮やかに展開し、前世のデスマーチで鍛え上げた超高速のタイピングで、その複雑なファイアウォールの脆弱性をわずか0.1秒で探り当てた。
生命の神秘がない、ただの量産型バグプログラム。
だとしたら、俺の【概念ハッキング】にとって、これほどセキュリティの甘い『オモチャ』は存在しない。
「相手が機械のシステムコードで動いてるなら、俺の完全な独壇場だ。……対象、全ネクロアント群。敵味方識別プログラム(IFF)へ不正アクセス、管理者権限を上書き。……カチャリ、ロック解除」
俺が指先で空中の仮想キーをターン! と力強く弾いた、まさにその瞬間だった。
広場を荒らし回っていた死蟻機たちの赤いカメラアイが、一斉にエラーを起こしたように激しく明滅した。
「ギ、ギィィ……? エラー、エラー……」
ピタリと動きを止めた死蟻機たちは、次の瞬間、まるで狂ったように『隣にいる別の仲間』へと猛烈な勢いで襲いかかり始めた。
ガキィィィンッ! ギチギチギチッ!
チタン合金の顎が仲間の装甲を容赦なく噛み砕き、酸の涎を吐き掛け合い、凄まじい大乱闘(同士討ち)が始まったのだ。
ガキィィンと派手な音を立てて、ハッキングによって首をねじ切られた一匹の死蟻機の残骸が、俺たちの足元へ転がってきた。金属の装甲が剥がれたその中身から、プリプリとした美しい白い生体肉が覗く。
その刹那、広場一帯に、これまでの戦場には絶対にあり得ない、『極上の最高級伊勢海老を、炭火で香ばしく炙ったような』、脳髄を震わせる芳醇な海の幸の匂いがふわりと漂った。
「……あれ? カナタさん。あの化け物、なんだか無性に……美味しそうな匂いがするんだけど……」
キャルルが怒りを忘れて、ごくり、と小さく喉を鳴らした。
「気のせいじゃないわよ、キャルル。あたしも今、猛烈に冷えたエール(麦酒)が飲みたくなったよ。あの肉、絶対に油で揚げたら美味いよ」
スアイまでもが、暗殺斧の重さを忘れて白い肉を凝視している。
「嘘だろ、お前らこれ食う気か?」
たまんネギのスープで感動した直後に、機械の虫を見てヨダレを垂らす最強の村人たちに、俺は心底戦慄した。
「す、すっげぇ……! あんた、ただの荷物持ちって聞いてたけど、ドワーフの最先端技術よりヤバいハッキング能力を持ってるじゃないか!」
キュルリンが目を星のように輝かせて俺に駆け寄り、ゴスロリドレスの裾を激しく揺らしながら興奮気味に俺の腕を引っ張った。
「新入りのお兄さん! その技術があれば、あたしのラボに眠ってるプロトタイプの魔導兵器も、予算無視で無茶苦茶に動かせる! ポポロ村自警団の隠し火力、盛大に見せてやろうじゃないか!」
同士討ちでみるみる数を減らしていく死蟻機の群れ。
だが、ハッチの奥から聞こえる不気味な地鳴りは、一向に鳴り止む気配がない。むしろ、さらに巨大で、空を飛ぶような凶悪な『別の兵科』の羽音が、地底の暗闇から津波のように這い上がってきている。
「村長、キュルリン、リバロン、そしてスアイさん。……こいつはただの小競り合いじゃない。村の防衛システムと密造兵器を全部起動して、一匹残らず迎撃(&食材調達)するぞ」
「ええ、もちろんよ! ポポロ村の総力戦、神様に見せつけてあげるわ!」
天界のサイコパスが放った絶望の軍勢に対し、俺たちは一切の恐怖を抱くことなく、ただ村の平和な日常と『極上の海老の匂い』を守るために、持てるすべてのチートと隠し火力を解放する構えを取った。
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