EP 3
退職代行(物理)と、全裸の勇者気取り
「ば、馬鹿な!? 俺の絶対魔法障壁が、どうして紙切れみたいに……ッ!」
S級パーティのリーダー、聖剣士エドワルドが情けない悲鳴を上げながら床に尻餅をついた。
数秒前、俺の姿を見るなり「化け物め! 死ね!」と、国宝級の魔剣から放たれた極大の光属性魔法。それは直撃すれば、城門をも容易く消滅させる威力の最高位武技だった。
だが、俺が眼前に浮き上がった魔法の『起動システムコード』を人指し指で「カチャリ」とアンロックした瞬間、その眩い光はただの火花となって虚空へ霧散した。
「魔法っていうのは、マナの配列をロックして事象に固定する技術だ。……構文が甘すぎるんだよ、お前の魔法は。前世の新人SEが書いたエラーコード以下だ」
「な、何を言って……! おい、お前ら! 突撃しろ! このハズレ職を八つ裂きにしろ!」
エドワルドが顔を真っ青にしながら、残りのメンバー――重戦士と大魔術師の女へ怒号を飛ばす。
「死ねぇぇ、役立たずがッ!」
重戦士が身の丈を超える大斧を振りかざし、20馬力どころか、闘気を纏わせた100馬力以上の怪力で俺の脳天へと躍りかかる。
だが、俺は避けない。ただ、振り下ろされる大斧の『システムコード』を見つめる。
「お前らの武器や防具がそれだけ頑丈なのは、ドワーフの鍛冶技術によって『分子の結合耐久値』が最高値で固定されてるからだ。……じゃあ、そのロックをゼロにしたらどうなる?」
大斧が俺の頭上に届く直前、俺は脳内でエンターキーをターン! と叩いた。
「バグ修正完了。……解放」
パキィィィンッ!!
心地よい金属音が宝物庫に響き渡る。
俺の脳天を叩き割るはずだった大斧の刃が、接触すらしていないのに、まるで乾燥したクッキーのように粉々に砕け散った。
「がっ!? 俺の、俺の特注の大斧がぁぁ!?」
「次は、お前らのインベントリ(魔法ポーチ)と……装備品だ」
俺は、一歩、また一歩と、恐怖に引きつるクズどもの方へと歩みを進める。
前世の深夜残業で培った、何があってもデスマーチを終わらせるという『絶対に退かぬ鉄の意志』を全開の威圧感として放ちながら、俺は右手を彼らへとかざした。
エドワルドたちの最高級の鎧、魔導ローブ、そして道中で毟り取った金貨の山が詰まった魔法ポーチ。そのすべてに刻まれた『所有権の鍵』を、システム深層から強制的に書き換える。
「全オブジェクトのセッションを強制終了。……カチャリ」
パシュゥゥゥ……!
その瞬間、宝物庫の空間が歪むほどの魔力の霧が晴れた。
同時に、彼らが身に纏っていた高級な鎧も、呪文が刺繍されたローブも、腰に下げていた魔法ポーチも、すべてがその場にバサバサと崩れ落ちた。
「ひゃあぁっ!?」
「な、なんだこれ!? 服が、装備が外れない……って、えええ!?」
装備のロック(固定)を解除され、さらにインベントリの全アイテムの所有権を俺に上書きされた結果、彼らの衣服ごと装備が消滅、あるいは俺のインベントリへと強制転送されたのだ。
その場に残されたのは、身ぐるみすべてを剥がされ、下着すら身に付けていない、完全な『全裸』のS級パーティの男女3人だった。
「……ぷっ」
あまりにもシュールな光景に、思わず吹き出しそうになる。
さっきまで世界を支配する勇者気取りだった奴らが、生まれたままの姿で、寒さにガタガタと震えながら地べたに這いつくばっている。
「か、カナタ……いや、カナタ様! 悪かった! 俺が悪かった! 報酬は全部やる! だから命だけは、服だけでも返してくれ!」
エドワルドが股間を隠しながら、涙目で床に額を擦り付けた。
他の2人も、プライドを完全にへし折られてガタガタと泣き叫んでいる。
「服? 返すわけないだろ。俺を魔獣の餌にしようとしたんだ。これでも、三年間タダ働きさせられた残業代と、不当解雇の慰謝料としては安い方だぞ」
俺は、彼らから強制的に徴収した『魔法ポーチ』の中身を確認した。
山のような金貨、見たこともないアーティファクト。これだけで、ルナミス帝国の豪商も腰を抜かすほどの富だ。
その財宝の束の中に、一通の奇妙な『密輸依頼書』が混ざっているのが目に入った。
【至急:ポポロ村の村長より、伝説の秘薬『月光薬』を金貨1000枚で買い付ける手筈を整えよ。なお、ルナミス帝国の税関(オルウェル内務卿)には絶対に秘匿すること】
「……ポポロ村?」
聞き覚えがあった。
人間、魔族、獣人のどの国にも属さない、大陸中央部の大混戦地帯にある『絶対中立特区』の小さな村だ。
「よし、次の転職先(スローライフの拠点)はここに決めた」
俺は依頼書を懐にしまうと、全裸で震える元上司たちを冷ややかに見下ろした。
「じゃあな、エドワルド。退職手続きはこれで完了だ。……あ、言い忘れてたけど、ボス部屋の扉のロック、今さっき『内側からも外側からも絶対に開かない最上位セキュリティ』でバグ固め(再ロック)しておいたから」
「え……?」
「つまり、お前らが地上へ戻るルートは完全に塞がれた。残された道は、全裸のまま、今からウルフの群れが徘徊する最深部のルートを逆走して、別の出口を探すだけだ。頑張れよ、S級パーティの底力を見せてみろ」
「う、嘘だろ……? カナタ! 待ってくれ! 見捨てないでくれぇぇぇ!!」
暗黒の宝物庫に響き渡る、クズたちの惨めな絶叫。
それを心地よい退職のBGMとして聞き流しながら、俺は一度も振り返ることなく、ダンジョンの出口へと続く光の中へ、悠々と歩みを進めた。
過酷なブラック企業との因縁は、これですべて精算した。
手に入れた莫大な富と、システムを支配する最強の鍵(チート能力)を引っ提げて、俺は今度こそ、誰にも邪魔されない最高の『スローライフ』を掴み取ってやる。
まずは、あの美味い飯とワケありの住人が集まるという、ポポロ村を目指すとしよう。
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