EP 3
DIYサウナと、社畜たちの魂の休息
「熱い。……だが、心地いい。」
DIYで組まれたポポロ村特製のサウナ室は、ただの蒸し風呂ではなかった。
キュルリンが開発した魔導熱源炉が発する「波長」が、体の芯までトロトロに溶かしていく感覚は、前世のどんな高級スパよりも至高だった。
俺たちは熱気が立ち込める狭いサウナ室で、並んで座り、じっと瞑想していた。
横に座るユートの顔には、もう朝の絶望感はない。代わりに、何十年も溜め込んでいた澱のような疲労が、汗と共にドロドロと流れ落ちていくのが見て取れた。
「……カナタ先輩」8
静寂を破って、ユートがポツリと呟いた。
「俺、たまに怖くなるんです。こんなふうに何もしないで、ただ汗を流して、美味しいものを食べて……明日になったら、夢から覚めて、また過酷な魔王討伐のノルマに追われるんじゃないかって」
「そうか。お前も、あのシステムに呪われていた一人だもんな」
俺は熱い蒸気を深く吸い込み、吐き出した。
「俺も同じさ。前世じゃ、自分のコードがバグるたびに、上司が血走った目で『なぜ仕様通りに動かない!』って怒鳴り込んできた。納期っていう名の神託に追われ、レッドブルを点滴のように打ち込みながら、自分の人生をデバッグする時間もなかった」
「デバッグ……?」
「修正、ってことだ。俺たちはさ、自分の人生というソースコードの『管理権限』を、自分以外の誰かに渡してたんだよ。ブラック企業や、クソ神ワイズみたいな連中に。俺たちが書いたコード(努力)は、全部あいつらの『利益』という名の墓場に送られてた」
ユートは俯いたまま、熱で真っ赤になった自分の指先を見つめた。
「……俺、勇者になったら、みんなが喜んでくれると思ってました。でも、現実は違った。装備は全部、討伐報酬の『前借金』。勝てば次のノルマが課され、負ければ『勇者として努力不足』と冷笑される。……何のために戦ってるのか、いつからか分からなくなってたんです」
俺は隣で静かに涙を流す元勇者の肩を、サウナの熱さに負けないくらいの重みで叩いた。
「ここには、納期はない。無理な要求も、評価されない努力もない。お前がここで抜く大根は、お前が食うためのものだし、お前が耕す畑は、お前が守る場所だ。……それが『本来の仕様』だよ、ユート」
「本来の、仕様……」
「そうだ。人間が生きるっていうのは、誰かのバグを修正するためにあるんじゃない。自分の人生の管理者(ルート権限)を取り戻すためにあるんだ。……俺がこの村でやってるのは、それだけだ。神だろうが企業だろうが、俺たちの人生を勝手に弄り回すようなクソ仕様は、全部『削除』してやる」
ユートが、ワナワナと体を震わせた。
それは恐怖ではなく、生まれて初めて触れた「自由」という概念への、あまりにも強い戸惑いと感動だった。
「カナタ先輩……俺、明日も、明後日も、ここで大根を抜いてもいいんですか……?」
「ああ、いいぞ。大根だけじゃなく、たまんネギもキャベツも、全部お前の収穫物だ」
「……はいっ!!」
俺たちは揃って立ち上がると、サウナ室を出て、地下水を引き込んだキンキンに冷えた水風呂へと飛び込んだ。
「ひゃああああああっ!!」
「最高だぁぁっ!!」
頭の先まで冷水に沈めると、サウナで熱せられた皮膚が、まるで再起動したマシンのようにシュワシュワと脈動する。
顔を上げると、ポポロ村の夜空には、今夜も満天の星が広がっていた。
ユートの顔から、社畜の刻印(隈)が消え、ようやく一人の年相応の青年の顔に戻っていた。
「カナタ先輩。……俺、今なら聖剣を抜くとき、震えません。自分のために、守りたい場所のために抜く剣なら……今までとは違う力が、出せる気がします」
「それが、お前の本来のポテンシャルだよ」
俺は満足げに笑い、水風呂から上がってタオルを肩にかけた。
だが、その時だった。
俺の網膜の端にある『隠し管理者画面』が、不気味な警告音を鳴らした。
(システム警告:物理層に異常負荷を検知。……天界の通信シグナルが、ポポロ村の境界線を物理的に突破しつつあります)
「……おい。サウナの時間は終わりだ」
俺の表情から一瞬で余裕が消える。
「え? まだ冷水に入ったばかりですが……?」
「嵐が来るぞ。神様が、またしても俺たちのデバッグを邪魔しに来やがった」
俺は冷たい水風呂に背を向け、村の境界線の彼方、空が不自然に歪んでいるのを見据えた。
「ユート。聖剣の準備はいいか? 今夜の敵は、ノルマも借金も関係ない。俺たちの平穏を食い物にする、真性のクソバグだ」
神の気配が、肌を刺すような冷気と共に、村を包み込もうとしていた。
俺は空間ウィンドウを呼び出し、村中のセキュリティを『最高レベルの防衛プロトコル』へと一気に切り替える。
「さあ、宴会の時間だ」
俺たちは冷えた体を拭く間もなく、迫りくる異変へと走り出した。
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