EP 2
初めての『お給料』と有給休暇
キャルルがニコニコと笑顔で差し出したのは、ウサギの可愛らしいスタンプが押された一枚の封筒だった。
「はい、ユート君! 今日は朝早くからお疲れ様! これ、今日の分の『お給料』と、あと『有給休暇』の申請用紙ね!」
その言葉を聞いた瞬間、ユートの顔からスッと血の気が引いた。
(労働開始からわずか五分で給与の支給、さらに勇者時代には存在すらしなかった『有休』という架空の概念の提示……! これは間違いない。遠回しなクビ宣告……あるいは、ここから莫大な税金を天引きして借金漬けにする悪魔の罠だ……!!)
「……っ!! 申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!!」
ユートは封筒を受け取るどころか、ふかふかの土の上にガクンと両膝をつき、勢いよく土下座をした。
「えっ!? ちょっとユート君、どうしたの!?」
「朝食で海老天カツ煮丼のご飯を大盛りにしたのがいけなかったんでしょうか!? 大根の葉っぱだけで生きますから、どうかマグローザ漁船に売り飛ばすのだけは……!!」
「誰も売り飛ばさないわよ!? なんでそうなるの!?」
パニックになって頭を抱えるユートに、キャルルがウサギの耳を慌ててパタパタと揺らす。
「あのね、ポポロ村のアルバイトは『日払い制度』も選べるの! 中に入ってるのは、タローマートですぐに使える商品券とポイントカードだよ!」
「ポイント……カード?」
ユートが恐る恐る顔を上げると、キャルルが中身を取り出して見せてくれた。そこには、ルナミス帝国で買えば金貨数枚は下らないであろう高額のポーションや日用品が、いつでも交換できる魔法のチケット(商品券)が入っていた。
「そしてこっちの紙が、有給申請書! 村の規定で、月に三日は絶対にこの『有給』を使って休まないと、私とカナタさんが神様から怒られちゃうの。だから、遠慮せずにどんどん休んでね!」
「働かなくても……お金がもらえる……? そんなお伽話みたいなシステム、本当に存在したのか……?」
ユートの目から、再び滝のような涙が溢れ出した。
勇者パーティ時代、ポーションは自腹、剣は三十四回払い、休日は魔王軍残党の討伐で消滅していた。それが、たった五分畑を見ただけで、こんな温かい報酬がもらえるなんて。
「……キャルル村長……っ!! 俺、一生この村のために尽くします! 明日は朝三時に起きて、村中の草という草をむしり取りますからぁぁっ!!」
「いや、だから休めって言ってるだろ」
号泣して土下座を繰り返すユートの首根っこを、カナタがひょいと掴んで持ち上げた。
「おい、ユート。よく聞け」
カナタの真剣な声色に、ユートがビクッと肩を揺らす。
「『休むのも仕事のうち』だ。疲れた体じゃ、明日の飯も不味くなるし、パフォーマンスも落ちる。前世の俺みたいに、倒れてからじゃ遅いんだよ」
カナタは、かつてブラック企業で限界を迎えた自分自身に言い聞かせるように、ユートの頭をポンと優しく叩いた。
「だから、今日はもうお前の業務は終了だ。もらった初任給で、好きなもん買ってこい」
「カナタ先輩……っ!」
ユートの心の中で、カナタとキャルルへの好感度(と信仰心)が、限界を突破して天元へと達した瞬間だった。
「よし。せっかくの初任給だし、今日はパーッと『汗』を流しに行くか」
カナタがニヤリと笑う。
「汗を流す……!? も、もしかして、地下の特殊な強制労働施設ですか!?」
「違うよ。この村が誇る、最高の『DIYサウナ』だ。……さあ、染み付いた社畜の垢を落としに行くぞ」
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