第二章『電脳神殺し・神界ハッキング編』
勇者の初出勤と、オーバーテクノロジー農具
朝四時半。まだ太陽すら顔を出していない薄暗い宿屋の一室で、ユートはガバッと跳ね起きた。
「ち、遅刻……!? いや、間に合う! 始業の二時間前出勤は社会人(勇者)の基本……!」
寝癖のついた頭のまま、彼は大慌てで支給された農作業着に着替え、全速力で宿を飛び出した。
(借金をチャラにしてもらった恩は、絶対に返さなきゃいけない。一日に十六時間の草むしりだろうが、毒の沼地での肥料集めだろうが、死ぬ気でやってやる!)
悲壮な覚悟を胸に、ユートはポポロ村の広大な『第3農区』へと走り込んだ。
だが、そこで彼を待っていたのは、想像を絶する光景だった。
「おっ、おはようユート。随分と早起きだな」
麦わら帽子を被ったカナタが、温かいコーヒーの入ったマグカップを片手に、のんびりとあくびをしていた。
その後ろでは、キュルリンが改造したドワーフ製の魔導トラクターが三台、運転手も乗っていないのに、完璧な等間隔で畑を自動で耕している。
「え……? あ、あの……トラクターが、勝手に動いて……」
「ああ、朝の『自動耕作(バッチ処理)』な。俺が組んだマクロプログラムで、土壌の硬度と水分のデータを読み取って、一番最適な深さで自動で畝を作ってくれるんだ」
カナタは空中に半透明のウィンドウを展開し、片手でキーボードをカチャカチャと叩く。
「よし、耕作完了。次は種まきプロトコル起動……実行」
ターンッ、とカナタがキーを叩いた瞬間。
畑の四隅に設置されていたスプリンクラーのような魔導具が一斉に起動し、計算し尽くされた軌道で『月見大根』の種を空中に散布し始めた。種は、トラクターが作った完璧な畝の穴へと、一ミリの狂いもなくすぽすぽと収まっていく。
仕上げに、適温の魔力水がミスト状になって畑全体を優しく包み込んだ。
「……はい、今日の朝のノルマ終了。所要時間、約五分ってとこか」
カナタはウィンドウを閉じ、コーヒーをズズッとすする。
「え? ええっ……!?」
ユートの脳が、あまりの出来事に完全にフリーズしていた。
「カナタさん! 俺、鍬は!? 水汲みは!? 汗と泥にまみれる過酷な労働はどこですか!?」
「過酷な労働? そんな非効率なこと、誰がやるんだよ」
カナタは心底不思議そうな顔をした。
「人間が手作業で一日かかる仕事なら、システム組んで機械にやらせた方が早いし正確だろ? 余った時間で美味い飯食って、サウナ入って昼寝する。それがこの村の『農業』だ」
ユートは、ふかふかに耕され、すでに種まきと水やりが終わった広大な畑を見た。
勇者パーティ時代。泥水のようなポーションをすすりながら、睡眠時間二時間で魔物の群れを切り伏せ、それでも上層部からは「ノルマ未達だ」と鞭打たれていたあの日々。
それに比べて、この男はどうだ。
ただ空中の光る板を数回叩いただけで、数十人分の仕事を数分で終わらせてしまった。しかも、労働の汗一滴すら流していない。
「……神だ」
ユートは、震える膝から崩れ落ち、畑の土に額を擦り付けた。
「おい、どうした急に。腹でも痛いのか?」
「いえ……俺は今まで、天界のワイズ様こそが絶対の神だと思っていました。でも違いました。真の神は……『IT』という奇跡を操る、カナタ先輩です……!」
「俺を新興宗教の教祖みたいに崇めるな。ただの元エンジニアだ」
「カナタ先輩! 俺、一生あなたについていきます! 余った時間で、肩でも揉ませてください!!」
ユートは感涙にむせびながら、カナタの足首にすがりついた。
「わ、わかったから離れろ! ほら、そろそろ村長さんが『あれ』を持ってくる時間だから、シャキッとしろ」
「あれ……? 昨日のような、極上のまかない飯ですか?」
ユートが期待に目を輝かせたその時、ウサギの耳を揺らしたキャルルが、ニコニコと笑顔でこちらへ小走りにやってきた。
その手には、ユートの社畜脳をさらに根底から破壊することになる、恐ろしい紙切れ(報酬)が握られているのだった。
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