EP 15
最果ての楽園と、神の狂気(第一章・完)
「かんぱーーーーーいっ!!!」
夜空に満天の星々が瞬く中、ポポロ村の広場に割れんばかりの歓声が響き渡った。
大樽から溢れ出た黄金色のドワーフエールがジョッキを濡らし、焼き立ての死蟲海老フライの香ばしい匂いが湯気となって立ち上る。神の放った最凶の刺客だったはずの元勇者ユートは、今や村人たちに囲まれ、涙と鼻水を流しながら冷えたエールを喉に流し込んでいた。
「ぷ、ぷはぁぁぁっ……! 喉が、喉が喜んでるよぉ……! 生きてて良かったぁ!」
「だろ? サウナ上がりの一杯と、揚げたてのエビフライに勝てる娯楽はこの世にねぇよ」
スアイが蛍光イエローの防寒着の袖をまくり、ユートの背中をバシバシと豪快に叩く。
「ちょっとユート君! 新入りなんだから、あたしにエールを注ぐときはもっと泡の比率を考えなさいよね! これで明日の草むしりのシフト、優遇してあげるから!」
リーザがジョッキを突き出しながら、すっかり先輩面でふんぞり返っている。
「はいっ! 喜んで注がせていただきます、リーザ先輩!」
「あら、素直でいい子ね! 気に入ったわ!」
「ユート様、こちらが我が村特製のたまんネギをじっくり煮込んだスープでございます。過労で荒れた胃壁を優しく保護してくれますよ」
リバロンが優雅に差し出したスープを、ユートは両手で受け取り、一口すするなり「う、美味い……五臓六腑に染み渡る……」と再びシクシクと泣き始めた。
「あはは、本当にブラックな環境にいたんだねぇ。これからはあたしのラボの力仕事も手伝ってもらうから、しっかり食べて体力をつけなよ!」
キュルリンが山盛りのポテトを口に放り込みながら笑う。
少し離れた特等席で、俺はマイジョッキを片手に、その温かい光景を眺めていた。
「カナタさん、本当にありがとう。ユート君を救ってくれて」
隣に座るキャルルが、真っ白なウサギの耳を嬉しそうに揺らしながら、俺のジョッキにそっと自分のジョッキをコツンと当ててきた。
「俺はただ、前世の自分を見てるみたいで胸クソ悪かったから、クソ上司のシステムをちょいと書き換えただけさ」
「ふふっ。そういうところ、本当に格好いいわ。カナタさんがこの村に来てくれて、私、本当に良かった」
キャルルは月明かりに照らされた瞳で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。その真摯な眼差しに、俺は少し照れくさくなってエールを一口煽った。
理不尽な理由で世界から追放され、この最果ての村に流れ着いたあの日。
まさか自分が、ハッキング能力を使って村を救い、元勇者まで部下に迎えて宴会を開いているなんて、想像もしていなかった。
前世のブラック企業では、どれだけ夜通しコードを書いても、待っていたのは罵倒と次の仕様変更だけだった。
だが、この村では違う。俺が『鍵』を開ければ、みんなが腹の底から笑ってくれる。美味い飯を一緒に食って、最高のサウナに入って、明日も頑張ろうと思える日常がある。
(守り抜いてみせるさ。この最高にホワイトで、馬鹿馬鹿しくて、愛おしい楽園を)
俺は心の中で静かに誓い、キャルルともう一度ジョッキを合わせた。
元社畜プログラマの第二の人生。ここポポロ村で、俺は今度こそ、本当の意味での『最強のスローライフ』を掴み取ったのだ。
――ピロリンッ。
その時、俺の網膜の端で、完全に隠蔽していたはずの『黒いシステムウィンドウ』が、突如として不吉な紫色に明滅した。
「……ん?」
(警告:上位次元『セレスティア』のWi-Fi通信網にて、計測不能な規模の異常トラフィックを検知。ファイアウォールが神力によって物理的に融解しています――)
俺が前にワイズの通信元に仕掛けておいた『透明な鍵穴』。そこから流れ込んできたのは、さっきまでのDDoS攻撃など生温いと感じるほどの、狂気に満ちた破滅のシステムコードだった。
(対象識別:神ワイズ。……ステータス、精神崩壊。地上への『直接降臨プロトコル』を実行中――)
「……おいおい、マジかよ」
俺の顔から、一瞬にして笑みが消えた。
システムを書き換えられ、プライドを完璧に粉砕されたサイコパス神は、ついに正気を失ったらしい。神界のルール(直接介入の制限)すらも自ら内側からぶっ壊し、自らの『神体』をもって、この村を物理的に消し去ろうと動き始めたのだ。
「カナタさん? どうしたの、急に怖い顔して……」
キャルルが心配そうに俺の袖を引く。
「いや、なんでもないさ」
俺はシステムウィンドウを閉じ、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「ちょっと、次の『バグ(神)』を永久にデリートするための、特大の修正パッチを準備してくる」
天界のクソ上司が、ついに有給も使わずに現場へ直接殴り込みに来るらしい。
上等だ。神様だろうが何だろうが、俺たちのスローライフの納期(平和)を遅らせるバグは、この『鍵使い』の手で、跡形もなくバグフィックスしてやる。
大宴会の賑やかな歓声の裏で、世界を揺るがすハッカーと神の『第二章・電脳神殺し編』の幕が、静かに、そして最高に熱く上がろうとしていた。
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