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EP 14

神の契約書ブラック・システムと、勇者の転職

《警告:クエスト期限まで残り5分。契約不履行による『マグローザ漁船』への強制空間転送を準備中です》

無慈悲な赤いカウントダウンが空中に点滅し、勇者ユートが絶望に顔を覆う中。俺は静かに笑い、空中に展開した仮想キーボードに両手を添えた。

「5分もあれば十分だ。カップ麺が出来上がる前に、お前の人生のバグを取り除いてやる」

「な、なにをする気ですかカナタさん!? それは天界の神システムですよ! 人間の魔法や物理攻撃でどうにかなるものじゃ……!」

「攻撃なんて野蛮なマネはしないさ。ただの『データ更新アップデート』だ。……対象、天界人事管理サーバー。接続経路は、数日前にアイツが俺にスパム攻撃を仕掛けてきた時に残しておいた『透明な鍵穴バックドア』を使わせてもらう」

俺のユニークスキル『鍵使い』が、神の絶対的な暗号化プロトコルを、まるで薄い障子紙のように容易く突き破る。

見えた。数億ものデータが流れる光の奔流の中から、ユート・ディスパーダという一個人の『雇用契約データ』と『負債データベース』を瞬時に引きずり出す。

「さて、と。あったぞ、借金残高1千万ゴールド。おまけに『休日出勤手当ゼロ』『退職不可』のロックまでかかってる。……どこの前時代的なブラック企業だよ」

俺は仮想キーボードの上で、前世で培った限界突破のタイピングを披露した。

「このふざけた負債データを、全額デリート(削除)。ついでに、所属エンプロイヤーを『ルナミス帝国・勇者課』から……『ポポロ村・キャルル農園アルバイト』へと上書き(オーバーライト)する。時給はタローマート基準でいいな」

「えっ……? ポポロ村の、アルバイト……?」

ポカンとするユートをよそに、俺は最後に力強くエンターキーを叩き込んだ。

契約解除アンロック。……新しい職場へようこそ、元・勇者」

ターンッ!!

小気味よい打鍵音が部屋に響いた直後。

ユートの目の前に浮かんでいた血のように赤い警告ウィンドウが、突如として安全を示す『鮮やかなグリーン』へと変色した。

《システム更新完了。負債残高:0ゴールド。雇用主を『ポポロ村』へ変更しました。本日より、良きスローライフをお送りください》

パリンッ! という澄んだ音と共に、ユートの体を縛っていた見えない呪縛(神の魔力)が完全に霧散する。同時に、錆びついていた彼の手元の聖剣から「ローン未払いによる出力制限」が解除され、本来の神々しい輝きを取り戻した。

「あ……ああ……? 身体が、羽根みたいに軽い……! 肩こりも、胃の痛みも、全部消えた……!」

ユートは信じられないといった様子で自分の両手を見つめ、やがて床に崩れ落ちた。

「借金が……ゼロになった……。俺、もうマグローザ漁船に行かなくていいんだ……!」

「ああ。その代わり、明日からは朝7時起きで大根の収穫を手伝ってもらうけどな」

「やります!! 大根でもネギでも、なんだって抜きます!! うわああああん!! カナタさぁぁぁん!!」

完全にブラック企業から解放された新入社員(勇者)は、俺の腰にすがりついて、子供のように顔をくしゃくしゃにして号泣し始めた。

「よしよし、良かったわねユート君! 今夜は新しい村人の歓迎会よ! また特大の海老天を揚げてもらいましょう!」

キャルルが嬉しそうにウサギの耳を揺らし、ユートの頭を優しく撫でる。

     * * *

その頃、天界『セレスティア』。

「――ガ、ァァァァァァァァァッッ!!!」

GODオフィスの高級なデスクが、ワイズの放った怒りの魔力によって木っ端微塵に吹き飛んだ。

彼の目の前に浮かぶ管理者コンソールには、『アクセス権限がポポロ村によって剥奪されました』という、神にとって最大の屈辱とも言えるエラーメッセージが堂々と表示されている。

「私の……神であるこの私が設定した絶対の『契約』を、下界の人間が書き換えただと……!? 勇者の借金を踏み倒し、あまつさえ自らの村の農奴として取り込むなど……!!」

ワイズの端正な顔は、もはや怒りで原型を留めないほどに歪みきっていた。

物理攻撃も通用しない。電子戦でも敗北。そしてついに、神の正規システム(勇者派遣)すらも逆手に取られ、完全な敗北を喫したのだ。

「許さない……絶対に許しませんよ、イレギュラー。こうなれば、もはや直接……!」

ワイズの瞳に、ついに神としての禁忌を破る、昏い決意の炎が宿った。

「歓迎会の準備だべー!」「エール樽を開けろー!」

天界の神が発狂して血涙を流していることなど露知らず。

ポポロ村では、新たな家族(元社畜)を迎え入れた、最高に幸せな大宴会の幕が、今まさに上がろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


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