EP 11
死蟲海老天丼と、最強の宴
「ジュワァァァァァァァッ……!!」
大鍋の中で黄金色の油が心地よく跳ねる音が、夕暮れのポポロ村の広場に響き渡っていた。
ほんの数時間前まで、天界から送り込まれた絶望の機械化け物が暴れ回っていた凄惨な戦場。そこは今や、香ばしい胡麻油の匂いと、村人たちの陽気な笑い声が交差する『巨大な野外フェス会場』へと変貌を遂げていた。
「はい、揚がりましたよ。タローマン製の最高級キャノーラ油と、村の特製胡麻油を独自の黄金比率で合わせた、リバロン特製・極上天ぷらです」
漆黒の燕尾服の上に、フリルのついた可愛らしいエプロンを完璧に着こなした執事リバロン。彼が菜箸を優雅に振るうと、大鍋から引き揚げられた『それ』が、黄金色の衣を纏って網の上で神々しく輝いた。
「お、おいリバロン。それ、さっきまで俺たちを殺そうとしてた化け物の……」
「ええ。死蟲将軍機の装甲の内側に詰まっていた、純度100%の極上生体肉です。毒素は私が『闘気』で完全に中和し、背ワタも名刺刃で一ミリの狂いもなく除去いたしました」
「執事のスキルの無駄遣いすぎるだろ……」
俺はツッコミを入れつつも、目の前にドンッと置かれた大盛りの丼を見て、ゴクリと盛大に喉を鳴らした。
炊きたての、ツヤツヤと輝く純白の銀シャリ。その上に、丼の縁から大きくはみ出すほどの『超巨大な海老天』が三本、豪快にそびえ立っている。
衣の上からは、たまんネギとシープピッグの出汁を煮詰めた、甘辛く濃厚な特製タレ(通称:ポポロの悪魔ダレ)がとろりと掛けられ、食欲を刺激する暴力的な香りを放っていた。
「さあカナタさん、冷めないうちに! 私が育てたお米と一緒に、思いっきりいっちゃって!」
隣の席で、キャルルが自分の顔ほどもある海老天を両手で持ち、ウサギの耳をピコピコと揺らしながら満面の笑みで促してくる。
俺は箸を割り、意を決してその巨大な天ぷらにかぶりついた。
サクッ……!
軽快な衣の音が響いた直後、あまりの身の凄まじい弾力に、俺は無意識のうちに己の能力を発動していた。
(対象、目の前の海老の組織細胞。肉質の『硬度ロック』を強制解除、さらにタレの『浸透圧制限』をハッキング、限界突破。一瞬で芯まで味を染み込ませる――!)
脳内でカチャリと『物理の鍵』が回る。神の放った最強兵器の装甲をバラバラに分解した俺のユニークスキルは、今、海老天を極限まで柔らかくジューシーにするためだけに、ただの私欲で乱用されていた。
「……っ!? な、なんだこれぇぇぇッ!!」
美味い。美味すぎる。
ハッキングによって信じられないほど柔らかくなった身を噛みちぎると、中から濃厚で甘い海老の肉汁がジュワッと口いっぱいに溢れ出す。機械と融合していたはずなのに、その身は地上の伊勢海老の何倍も味が濃く、一瞬で芯まで染み込んだ甘辛いタレと黄金色の衣が見事に絡み合っている。それを、ふっくらと炊き上がった熱々の銀シャリと一緒に掻き込む。
炭水化物と脂質、そして神界の理不尽な魔力が生み出した究極の旨味。前世で徹夜明けに食ったどんな高級出前よりも、脳の報酬系をダイレクトにぶん殴ってくる美味さだ。
「ぷはぁぁぁぁっ! 最高だね! やっぱ労働(殺し合い)の後のビールと揚げ物は、魔王の血より効くよ!」
向かいの席では、スアイがジョッキに注がれたドワーフ製のエール(麦酒)を豪快に煽り、口の周りにタレをつけながら幸福そうに笑っている。
「ちょっとスアイさん! 私の分の海老天まで勝手に食べないでよぉ! 私なんて今日のギャラ(ポイ活ポイント)まだ貰ってないのよぉ!」
リーザが涙目でスアイのジョッキに縋りついている。
「あんたは戦闘中、ずっとカナタの背中に隠れてただけじゃないか! ほら、天かすのタレご飯ならいくらでもお代わりしていいから」
「天かす丼も美味しいけど、海老の本体が食べたいのぉぉ!」
「あははっ、リーザちゃんは相変わらずだね」
キュルリンが、自分の身長より高い山盛りの天丼を小さな口でモニュモニュと頬張りながら笑う。広場のあちこちでは、村のおじさんおばさんたちが「いやぁ、今年の『害虫駆除』は豊作だったべ!」「大地の恵み(神の刺客)に感謝だなぁ」と、完全に農作業のノリで宴会を楽しんでいる。
(……ああ。なんだろうな、これ)
俺は、喧騒の中でふと手を止め、星空の下で笑い合う村人たちの顔を見渡した。
ルナミス帝国の汚職部隊。 avenues そして、天界のサイコパス神・ワイズが放った絶望の軍勢。
普通なら、村が一つ地図から消えてもおかしくないほどの脅威だったはずだ。だが、この村の連中は、絶望を笑い飛ばし、ピンチを『極上のディナー』に変えてしまった。
「……ここが、俺の居場所なんだな」
俺は小さく呟き、残りの天丼を勢いよく掻き込んだ。
前世のブラック企業で、冷え切ったコンビニ弁当をPCの光だけで食べていたあの日々。理不尽な仕様変更に怯え、胃薬を流し込んでいたあの夜。
それが嘘だったかのように、今の俺の胃袋は、温かくて美味い飯と、腹の底から笑い合える仲間たちの体温で満たされている。
「カナタさん、どうしたの? 笑顔で泣きそうな顔してるわよ?」
キャルルが心配そうに覗き込んでくる。
「……いや、天丼のタレが美味すぎて、目に染みただけさ。キャルル、お代わりもらっていいか?」
「うんっ! もちろん、大盛りね!」
俺はキャルルから新しい丼を受け取り、夜空の月に向かって、そっとジョッキを掲げた。
神様がどれだけクソみたいなバグ(試練)を押し付けてこようが関係ない。俺は俺のハッキング(力)で、この最高に美味くて馬鹿馬鹿しいスローライフを、絶対に守り抜いてやる。
* * *
その頃。
ポポロ村での大宴会から数千里離れた、ルナミス帝国辺境の暗く冷たい森の中。
「はぁ……はぁ……。寒い、腹減った……」
一人の青年が、ボロボロのマントに身を包み、泥水のような安物のポーションをすすりながら、ガタガタと震えていた。
彼の名前はユート・ディスパーダ。国から『勇者』という名誉ある称号を与えられながら、実態は「装備品のローン」「ポーションの経費自腹」「魔王討伐の重いノルマ」という多重債務に苦しむ、悲惨な『社畜勇者』である。
「カビの生えた干し肉、これで最後か……」
ユートが石のように硬い肉片を囓ろうとした、その時。
彼の目の前に、天界から直接の神託――金色のシステムウィンドウが、無慈悲な警告音と共に表示された。
《特別クエスト(強制参加):絶対中立特区『ポポロ村』を殲滅せよ》
《※本クエストを拒否、または失敗した場合、違約金として金貨1000万枚の請求、およびマグローザ漁船での懲役300年を命ずる。――担当神:ワイズ》
「……は? ぽぽろ、村? 殲滅?」
ユートの虚ろな目に、絶望の涙が浮かぶ。
「ふざけるな……! 先週のキメラ討伐の残業代もまだ振り込まれてないのに! なんで俺が、よくわからない田舎村の焼き討ちなんて……ウッ、胃が……!」
過労と栄養失調、そして理不尽な神のパワハラにより、ユートは森の冷たい土の上で胃液を吐いて倒れ込んだ。
ポポロ村が極上の天丼とエールで勝利の美酒に酔いしれているその裏で。
ブラック環境の権化とも言える一人の哀れな勇者が、彼らの平穏なスローライフを脅かす『最悪の刺客』として、涙ながらに歩みを進めようとしていた。
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