偽りの月
深淵に落ちて、どれくらい経っただろう。
時間は意味を失い、空間は歪む。
ここには死者もいなければ、生者もいない。
ただ、永遠に落ち続けるだけの場所。
しかし——その深淵で、偽りの月が昇る。
「じゃあ、自己紹介するわ。あたしはマミーナ。七人の将軍の一人、強欲の権能を持つ者よ。」
その声は軽かった。何の重みもない。まるでこれから殺そうとしている相手ではなく、旧友と話しているかのように。
ミヤは黙り込んだ。
権能?
彼女は眉をひそめた。ジョロトの記憶が頭に浮かぶ。ジョロトも何か権能について言っていた。暴食の権能。大食。すべてを吸収する能力——ミカが作り出した空間さえも。
今、マミーナは強欲の権能を持つという。
どういう意味だ? 権能にはそれぞれ特別な力があるのか? そして、それぞれ違うのか?
それに……他の将軍たちはどんな権能を持っているんだ?
しかし、それ以上考える暇はなかった。
マミーナが飛び出した。
速い。非常に速い。以前と同じ——無音の瞬間移動。彼女の体はミヤの前から消え、そして背後に現れた。警告なしに。空気の振動もなしに。
蹴り。
しかし、今回は——違った。
ミヤはもう警戒していた。最初の蹴りで吹き飛ばされて以来、彼女は学んでいた。目は前だけを見ているのではない。周囲の小さな変化のすべてを感じ取っていた。耳は目に見えない空気の振動を捉えていた。
ガキン!
ミヤは背後からのマミーナの攻撃を防いだ。正確に。振り返る必要すらなく。
鋼が鋼とぶつかる。聖火の剣の緑がかった炎が、闇と激突する。
マミーナは驚いた。その目がわずかに見開かれる。
「おや?」
しかし、笑みは消えなかった。いや、むしろさらに広がった。
「あははは! 英雄様はやっぱり強いのね!」
彼女は再び攻撃した。より速く。より激しく。無謀に。
左へ瞬間移動——斬撃。
右へ瞬間移動——蹴り。
上へ瞬間移動——拳。
下へ瞬間移動——地面からの攻撃。
規則性はない。休憩もない。予測不能な嵐のように。決して止まらない波のように。
しかしミヤは耐えた。
すべての攻撃を防ぎきった。マミーナの動きはすべて読めた。彼女の剣は水のように動いた——流れ、適応し、決して無理をしない。
強い……でも、無秩序だ。
スピードと奇襲に頼っている。技術じゃない。
ミヤは歯を食いしばった。
このままじゃ終わらない。決着をつけなければ——少なくとも、彼女を退けるまでは。
彼女は出力を上げた。
10%ではない。
15%だ。
周囲の空気が震えた。魔力に敏感な者にしか感じ取れない小さな振動。しかし、それで十分だった。マミーナに——何かが変わったと気づかせるには。
青と緑が半分ずつだったミヤの髪が、変わり始めた。緑が支配的になり、青はゆっくりと後退した——潮が海岸から遠ざかるように。
右目はすでに明るい緑だった。今、左目も変わり始めていた——青から薄緑へ、そして明るい緑へ。
しかし、完全ではない。まだグラデーションが残っている。
マミーナは感じ取った。空気の圧力が高まっている。攻撃によるものではない。ミヤという存在そのものによるものだ。
「おや? まだ本気じゃないのか? いいね。諦めない相手は好きだよ。」
戦いはさらに激しさを増した。
剣と拳がぶつかり合う。魔力と魔力が激突する。ミヤの斬撃は一つ残らず緑の光の軌跡を空中に残した。マミーナの攻撃は一つ残らず黒い跡を——まるでキャンバスに描かれた墨絵のような——残した。
彼らの足元の黒い大地は割れ、砕け、散っていった。
彼らは守らない。退かない。ただひたすらに攻め続ける。
ミヤは力を溜め始めた。
剣の先に、緑の光が集まる。以前のようではない——春の若葉のような柔らかな光ではない。濃い。密な。重い光だ。生き続けるには重すぎる星のように。
これは彼女の新しい技だ。一度も使ったことはない。訓練したことさえない。
この技があれば——惑星一つなら破壊できる。完璧に命中すれば。
彼女は剣を高々と掲げた。緑の光が強く輝く。周囲の暗い領域全体を照らし出す。マミーナの影さえも消え去るかのようだった。
「聖火の剣……」
しかし、振り下ろす直前に——
「ミコウト、スターグレイザー。」
ミヤは止まった。
彼女の手は空中で凍りついた。その目は見開かれた。
あれは——あれはミカの声。
違う。マミーナの声だ。でも——
技の名前。言い方。リズム。イントネーション。言葉の強調。
すべて完璧に一致していた。
マミーナの手のひらから、青い光の攻撃が放たれた。ミカのスターグレイザーに似ている——しかし、違っていた。色はより暗く、より混沌としていた。完璧ではない模倣のように。完成品だけを見て描かれた絵のように。
しかし、それで十分だった。
ミヤを沈黙させるには。
彼女の思考は止まった。
なぜ?
なぜ彼女はミカの力を使える?
奪ったのか?
まさかミカは——
ミカはまさか——
彼女の手が震えた。疲労のせいではない。恐怖のせいだ。今まで味わったことのない恐怖。
集中力が散った。剣先の緑の光が弱まる——暗く、明滅し、芯の消えかけたろうそくのように。
攻撃の出力が急激に落ちた。
15%が10%に。そして5%に。そして、ほとんどゼロに。
マミーナの攻撃が彼女を襲った。
ドン!
ミヤは吹き飛ばされた。
遠くへ。
彼女の体は黒い大地を転がった。埃が舞い上がる。小さな石が散らばる。
数十メートル進んでようやく止まった。
血が口元から滴る。服のあちこちが破れている。最後の一瞬で作り出した防御壁は——十分に強くなかった。
感情が混乱しすぎて、集中力を保てなかった。
ミヤの心の中:
「なんだったんだ、今のは?」
「なぜ彼女はミカの力を使えるんだ?」
「模倣なのか? それとも——」
「待てよ。まさか……」
「ミカが……」
その先は心の中でさえ言えなかった。
遠くから、マミーナが笑った。
大口を開けて。何の重みもなく。何の罪悪感もなく。
「はははは! どうした、英雄様? 急に弱くなっちゃって? 私、やっと楽くなってきたところなのに。」
ミヤは立ち上がった。
息は荒い。疲労のせいではない。不安のせいだ。動揺のせいだ。恐怖のせいだ。
胸は大きく上下している。冷や汗が額を濡らす。
「お前……!」
その声は嗄れていた。ほとんど聞こえないほどに。
「ミカをどうしたんだ?!」
マミーナは笑うのをやめた。彼女は細めた目でミヤを見つめた。笑みはまだ浮かんでいる——しかし、違った。そこには満足感があった。
「ミカ? それ誰?」
「とぼけるな! お前、アイツの力を使ってる!」
「おや~」
マミーナは小さく頷いた。ようやく理解したかのように。
「それがミカって奴の名前なの?」
彼女はまた小さく笑った。
「うーん……さあね。」
彼女は肩をすくめた。気楽に。無関心に。
「どう思う?」ミヤの拳が強く握りしめられた。指の関節が白くなった。
「答えろ、クズ! さもないと——」
「さもないと、なに?」
マミーナが遮った。その声はまだ軽い。しかし、その目は——もう笑っていなかった。
「その状態で私に勝てると思ってるの、英雄様?」
彼女は手を掲げた。
「ミコウト、ビッグドメイン——フロストムーン。」
世界が変わった。
冷たい青い花の野原。大きな氷の月が空に浮かぶ。その光は青白く、冷たく、骨まで凍らせる。空気も凍てつく。
ミカの領域。
しかし、完全に同じではない。
花はミカのように濃い青ではない。氷の月は完璧な円ではない。表面にはひび割れがある。遠くからは見えないが、近づけば明らかなひび割れ。
空気はただ冷たいだけではない。空虚に冷たい。
まるで中に魂が宿っていないかのように。
それでも。
これはミカの領域だ。
ミヤは言葉を失った。
口は開いている。しかし、声は出ない。
すべてが。
攻撃。技。領域。
すべてがミカに似ている。
彼女はミカの力を奪ったのか?
それとも——
彼女の思考は混乱していた。明確に考えることができない。論理を組み立てようとするたびに、傷ついた——あるいはもっと悪い——ミカの姿が頭に浮かんだ。
胸が苦しい。息が詰まる。目まいがする。
もしかしたら、ミカはもう死んでいて、彼女がその力を奪ったのか?
いや。ありえない。
しかし——証拠はここにある。目の前に。
この領域。この技。
すべてミカのものだ。
なのに、彼女が使っている。
マミーナは待たなかった。
彼女は再び攻撃した。容赦なく。休むことなく。
「ミコウト、氷剣連鎖!」
無数の氷の剣が空中に現れた——ミカのように。しかし、より暗く、よりくすんでいた。
「ミコウト、ファズマファントム!」
高速の重層攻撃。似ている。しかし、同じではない。
「ミコウト、スターグレイザー!」
何度も。何度も。何度も。
攻撃が途切れることなく続く。
マミーナが口を開くたびに、ミカの名前が飛び出す。
彼女が手を動かすたびに、ミカの技が現れる。
ミヤは防ぐ。
しかし、彼女の防御壁は強くなかった。
防げた攻撃のたびに、腕の震えが強くなる。
防ぎきれずに被弾するたびに、傷が増える。
右腕の傷。
左腿の傷。
頬の傷。
血。痛み。
しかし、彼女を苦しめているのはそれではなかった。
彼女を苦しめているのは——不確かさだ。
ミカ……
彼女の思考は深く、暗く、そして混沌としていく。
彼はきっと捕まっている。
それ以外に説明がつかない。
マミーナはミカをどこかに監禁している。彼に力を——技を、領域を——見せさせている。そしてそれを模倣している。
そうだ。きっとそうだ。
だから彼女はこれらすべてを使えるんだ。
完璧ではないけど。ただの模倣だから。習得したわけじゃない。
それでも……ミカ……
そして、その結論に達した時——
ミカが捕まっていると信じた時——
ミカが苦しんでいると信じた時——
彼女が彼を守れなかったと信じた時——
何かが変わった。
決意ではない。
闘志ではない。
鬱だ。
深い絶望。
言葉にできない悲しみ。
ミカが捕まっている。そして、私は彼を救えない。
でも——
私は彼を苦しめる者たちを殺せる。
私は彼の力を奪った者たちを殺せる。
私はマミーナを殺せる。
彼女の力が溢れ出した。
制御不能。方向性もない。
しかし、野性的で、獰猛で、残忍だ。
魔力が勢いよく流れ出る——あまりに勢いよく——フィルターなしに彼女の体から。
領域内の圧力が急激に高まった。
空気が震える。歯がガチガチと鳴るほどの振動。
空の氷の月が割れ始めた。大きいなひび割れが。深いひび割れが。まさに割れんばかりのガラスのように。
外からの攻撃のせいではない。
下からの——内側からの——ミヤ自身からの圧力のせいだ。
マミーナは感じ取った。
初めて、その目が見開かれた。
笑みが——消えた。
「お、おい……なんだこれ?」
彼女は周囲を見回した。彼女の領域が揺らぎ始めている。氷の月のひび割れがさらに広がっている。
「なんで急にそんな力を……?」
ミヤは立っていた。
彼女の髪——先ほどまでかすかに青を残していた——今は完全に緑に変わっていた。
最後の一本の青い髪が消え去った。
彼女の目——片方青、片方緑だった——今は両方とも明るい緑だった。そして、その瞳孔は星の形に変わっていた。
柔らかい緑。春の若葉のように。
しかし、その顔に怒りの表情はない。憎しみの表情もない。
ただ虚ろだ。
しかし、無感情な虚ろではない。感情が溢れすぎて——表現できなくなった虚ろだ。
ミヤはマミーナを見つめた。
静寂が二人を包む。
「……殺す。」
その声は静かだった。声そのものから、マミーナは尋常ならざる圧力を感じ取った。
マミーナは再び笑った。しかし、その笑みは少し硬い。初めて彼女は危険を感じた。
真の危険を。
「はっ……やっと面白くなってきた。」
彼女は構えた。足をわずかに開き、手を胸の前に。
「さあ、英雄様。見せてみなさい——すべてを失った後で、お前に何ができるのかを。」
ミヤは答えない。
彼女はただ、剣を掲げた。
緑の光が、かつてないほど強く輝く。
本当の戦い——それが今、始まろうとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ミヤは絶望の果てに、新たな力を解放した。
しかし——それは本当の覚醒なのか、それとも狂気の始まりなのか。
次回、第二章「失われた世界」第30話へ続く。
どうぞお楽しみに。




