#09 バグった世界の戦い方
ほんの一瞬の睨み合い
その次の瞬間――
「追記:瞬間加速!」
ドンッ!!
「っ!」
姿が消える
反射的に手を向けるが、男はその動きを見て軌道を変えた
「速っ――」
間に合わない
迫る拳を両腕で受ける
「ぐっ……!」
重ぇ。
それでも今度は倒れない。
「ガードしやがった……?」
「十分以上も食らってりゃ、嫌でも見えてくるんだよ」
「……チッ」
その後も男は瞬間加速を繰り返す
避けて、受けて、その動きを見続ける
最初みたいに、何が起きたかすら分からない攻撃じゃない。
やがて男が大きく距離を取り、踏み込みに使っていた脚を軽く振った
「…………」
爆発の後だけ、あの脚を休ませてる。一度使ってからは通常の瞬間加速しか使ってない。
――連発できないんだ。
スマホを見る
残り三分。
「さっきから何待ってやがる?」
男の視線が俺の向こうへ流れる
そこには、もうビルのすぐそばまで迫った雨の境界
「……そういうことか。その雨だろ」
依頼人も空を見上げる
「おい……これ全部落ちるのか?」
「はっ。よく考えたな」
大柄な男が、休ませていた脚をゆっくりと後ろへ引く
こいつら目線、雨がいつ落ちるか分からない。だからこそ、最速で俺を倒してここを離れたいはずだ
「でも、意味ねぇよ」
男が腰を落とす
「雨が落ちる前に終わらせるからな!!」
「瞬間加速――爆発!!」
ドンッ!!
床が鳴る
分かっちゃいたけど、目で追うのは不可能。追記を使う暇すらない。
なら――予測すりゃいい。
何度この距離を一瞬で潰された?
目の前まで来た後、最初に来るのは――
「――右からだろ?」
「っ!?」
半歩ずれる
直後、右腕がさっきまで俺の頭があった場所へ振り下ろされた
ブンッ!!
空を切った。
「何回、食らったと思ってんだよ」
「てめぇ!!」
男がすぐに床を蹴る
今度は通常の瞬間加速。
さっき右は読まれた。
こいつだって馬鹿じゃない。一度読まれた手を、そのままもう一度出すとは思えない。
なら――
「左」
「……ッ!?」
反対側から振り下ろされた拳を外へ避ける
また空振り。
「クソがあああああああ!!」
男が踏み込む
怒ってる。焦ってる。
右を読まれ、変えた左まで避けられた。
こうなれば、余計に戻る。
何度も成功してきた、一番速くて、一番強くて、一番身体に染みついてる動きへ。
距離が消える
男が右腕を振り上げ――また上から振り下ろす
「だから……」
身体をずらす
「分かりやすいんだよっ!!」
拳が空を切った
「――っ!」
全力で振り下ろした勢いに引っ張られ、男の身体がこっちへ流れてくる
「……今までのお返しだ」
そこへ一歩踏み込み――拳を叩き込む
「ぐっあ……!」
俺の拳なんて大した威力じゃない。殴り慣れてもいない。
でも今は、向こうが全力でこっちへ突っ込んできてる。その勢いまで使えば、俺のへなちょこパンチでも多少はマシになる。
「……っ」
男の足が止まり、そのまま片膝をついた
「…………っいてぇ」
やっぱ俺、こういうの向いてねぇわ。
これで終わり。
俺の私怨はここまでだ。
「おい!」
「大丈夫か!」
オモテとウラが大柄な男へ駆け寄る
「…………」
一人。
二人。
三人。
三人とも、屋上の中央。
依頼人だけは階段口のそば。
そして――
ぽつ。
「…………?」
頬に、冷たいものが当たる
もう一粒。
「雨……」
ぽつ、ぽつ。
「来た……ぞ」
「おい夜坂! これが狙いだったんだろ!? こんな量落としたら、お前だって――」
ザアアアアアアアアアッ!!
一瞬で世界が白くなった
溜まり続けていた雨が屋上を叩き、数メートル先すら見えなくなる
声も足音も、全部雨音に潰されていく
「夜坂!!」
「どこだ!!」
何も見えない。何も聞こえない。
それは俺も同じ。
でも……俺だけが知ってる。
――この屋上には、もう一つのバグがある。
雨は、アイツらを倒すためじゃない。
本命を隠すためだ。
その時、足の裏へ微かな振動が伝わってくる
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「…………来たな」
昨日、何度も聞いた床が消える前触れ。
今はこの雨音が全部隠してくれている。
「夜坂!!」
あいつらはまだ雨を警戒してる。
しゃがみ込み、床へ手をつく
狙うのは――俺の足元、この一角。
「追記:遅延実行!!」
これで決着だ。
ゴゴゴゴゴゴゴ――!!
「なっ――!?」
次の瞬間、三人が立っていた周囲の床が消えた
オモテ。
ウラ。
大柄な男。
三人の姿が一斉に下へ落ち、雨の向こうへ消えていく
「…………」
大きく抉れた屋上の中央で、俺が手をついている一角だけが不自然に残っている
積もっていた雨を一気に吐き出した勢いも少しずつ弱まり、白かった視界が戻ってくる
「…………は?」
依頼人が呆然とこっちを見ていた
「なんで……」
「…………」
「なんで、お前だけ残って……」
濡れた床についた手へ力を込める
「昨日、分かったんだよ。向こうへ行くのは、人じゃない。上に乗ってる物でもない」
「床そのもの」
残った足元を見る
「だったら、俺の床だけ『行く』のを遅らせりゃいい」
「…………」
依頼人が何も言えなくなる
俺はそのまま床へ座り込んだ
身体中痛いし、全身びしょ濡れで寒い。
十分以上ボコボコにされて、必死に逃げ回って、最後まで全然余裕なんてなかった。
「…………」
でも。
勝った。
「……終わったぁ」




