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昼下がりのkamome café  作者: はる
kamome caféの紗羽
6/8

名前で呼び合う

 バイトを終えて、お店を出る。

 日の暮れた大通りを、美咲さんと、佐久間くんと、私の三人で駅まで歩いていく。

 さすがにラストまで働くと、足がめちゃくちゃ疲れる。はー、今日もよく働いた……


「紗羽ちゃん、疲れてもた? ちょっと今日元気なかったやんね?」


 美咲さんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「あ、いえ……えっと、昨日ちょっと夜更かししてたから……そのせいなんかも」


「あら、そうなんや。そしたら今日はちゃんと早く寝るねんで?」


「はい」


 あー、駄目だ、美咲さんに心配かけさせちゃ。ちゃんと、いつも通り元気に振る舞わないと……

 突然道路の方から、ファン、と車のクラクションが聞こえた。

 私たち三人が音のした方を見ると、道沿いに止まっている車の窓を開けて、天嶺さんが顔を出していた。

 美咲さんが驚いたように目を見開く。


「あれ? トモや。迎えに来るなんて言ってたっけ?」


「美咲、さっさとしろ。ここは駐禁や」


「えー、でも」


 美咲さんが私たちを振り返る。

 私たちはもちろん笑顔で手を振った。


「美咲さん、おつかれさまです」


「おやすみなさい!」


 私たちが口々に言うので、美咲さんも笑って私たちに手を振り、車の方へ歩いていった。

 ああ、恋人の元へ歩いていく美咲さん、素敵だな……

 そう思って、はっとした。

 ……佐久間くん。

 大丈夫かな……?

 私はそーっと佐久間くんの表情を盗み見た。

 佐久間くんは特に表情を変えることなく、美咲さんを見送った後、駅の方に顔を向けた。


「……佐久間くんも、私とおんなじ気持ち?」


「はい? なんですか?」


 佐久間くんとバチッと目が合った私は、慌てて首を横に振った。


「な、なんでもない」


 ……あーあ、高校生の私たちと、大学生の美咲さんや一ノ瀬さん。

 この違いって何なんだろう?

 あまりにも違いすぎない?

 私たちが高校を卒業して、大学生になった途端二人みたいになれたりするの?

 優しくて、大人っぽくて、相思相愛の大切な人がいて。

 あんな風に……好きな人を名前で呼んで。


「みんな、恋人のこと下の名前で呼ぶんやね」


「え?」


「美咲さん。天嶺さんってきっと年上やんね? でも年上やと思えんような話し方して、名前で呼んでる。恋人同士ってみんなそうなんかな……」


 一ノ瀬さんも。一ノ瀬さんの彼女も一ノ瀬さんのこと、呼び捨てで名前を呼んでいた。

 付き合っている相手とは、そんな風に呼び合いたくなるものなのかな。

 佐久間くんは首をかしげた。


「そんなん、バイト先の人たちも佐伯さんのこと下の名前で呼んでるじゃないですか」


 ……それはそうだけど。でもそういうんじゃなくて……

 私は少し拗ねてうつむいた。


「……でも佐久間くんは呼んでへんやん」


「そしたら俺も佐伯さんのこと次から下の名前で呼びましょうか?」


「えっ?」


 私は驚いて思わず佐久間くんの顔を見た。

 私が驚いたことに佐久間くんは驚いたようだった。


「なにかおかしかったですか?」


「だって佐久間くん、誰のことも下の名前で呼んでへんやん」


「別にそれは……呼び方を変えるような機会がなかっただけなんで。別に佐伯さんも俺のこと下の名前で呼んでもらってかまわないですし」


「佐久間くんの、下の名前?」


「はい。凪っていいます」


「凪、くん」


「そうです。紗羽さん」


 流れで思わず佐久間くんのことを凪くんと呼んでしまった。

 そして向こうから紗羽さん、と突然呼ばれて、急に我に返った私はめちゃくちゃ恥ずかしくなった。

 えー、何これ!

 ぶわっと顔が熱くなり、私は慌てて両手で顔を隠した。


「ちょ、ちょっと待って、めっちゃ照れる」


「え……そんな恥ずかしがられたら、こっちもなんか恥ずかしくなってくるやないですか」


「待って待って、やっぱりやめよう? 佐久間くんがいきなりお店で私のこと……私だけじゃなくて他の人たちのことも、名前で呼びだしたらめっちゃ不自然やん!」


 想像するだけで、何だか恥ずかしくてむずがゆくて無理だ!


「……そうですか? そしたら、他の人たちは今まで通りでも別にかまいませんけど。俺らは高校生同士だから、俺らだけで呼び方変わってもそんなに不自然ちゃうと思いますけど」


「なに言ってんの! うちらだけで急にそんなことしだしたら、それこそ不自然やん!」


 絶対他の人にからかわれるのが見なくても分かる。そんなの耐えられない……!

 佐久間くんはうーん、と首をひねっている。


「そうですか? 俺のクラス、みんな下の名前で呼び合ってるから別になんとも思わないですけど」


「え……男子も女子も?」


「はい。クラス内に鈴木と渡辺が二人ずついるんで、分かるようにそいつらのこと名前で呼んでたら、そのうち他のやつらもみんな名前呼びするようになりました」


 あ……そういう理由があるのか……

 だから実は佐久間くんは名前呼び自体に抵抗がなかったってこと?

 一人で慌てていた自分がすごく間抜けに思えて、私は頬を膨らませた。


「そんなん言って……いきなりお店の人たちみんなを名前で呼ぶってことは、美咲さんのことも名前で呼ぶねんで? そんなん平気なん?」


 どうだ! これで佐久間くんも少し慌てるかな? と思って私は意地悪を言ってみた。


「高瀬さん?」


 それまでゆっくりと前を向いて歩いていた佐久間くんが、視線を私に移した。


「平気って? なんかあるんですか? 佐伯さんも一ノ瀬さんも、みんな高瀬さんのこと名前で呼んでますよね?」


「……そうやけど……」


 自分が気になっている人のことを、いきなり名前で呼ぶなんて、そんなの自然にできるものなの? 私は……一ノ瀬さんのこと、湊斗さん、なんて……よ、呼べない! そんなの呼べない!

 佐久間くんは何か納得したようにうなずきながらまた前を向いた。


「……ああ、もしかして天嶺さん? あの人、高瀬さんのそばにいる男は全員敵、みたいな感じですもんね。一ノ瀬さんは彼女がいるから大丈夫かもしれないけど、そういう相手がいない俺が高瀬さんを名前で呼んだら確かにやばいことになるかもしれない。こんな高校生のガキみたいな俺が相手でも」


 高校生のガキ……

 佐久間くんは自分のこと、そういう認識なんだ。

 きっと美咲さんと同じ場所に立つってイメージじゃないんだ。

 ……たぶん……私もそうなんだろうなあ。

 一ノ瀬さんに憧れているけど……でも手が届かないって最初から分かっているから、黙って見上げていいなあって思い続けられている。

 自分とは違う世界にいて、薄い膜を通して交流している。

 私の想像の中で一ノ瀬さんのイメージを膨らませて、100%優しくていい人って思い込んでる。

 だから急に、今日みたいにプライベートの一ノ瀬さんが現れて、いつも私と接している姿じゃなくて、彼女と一緒の……本当の一ノ瀬さんの姿を見せられたら……

 もう、どうしたらいいのか分からなくなる。

 あーあ。私もガキだ。高校生のガキ!


「佐久間くん、グミ持ってへん?」


「え?」


 突然私が投げやりにそんなこと言いだしたので、佐久間くんは足を止めて私を見た。


「こないだみたいなすっぱいグミ。あれ食べてきゅーってしたい気分!」


「グミ……は、持ってますけど。でもすっぱいやつじゃないです」


「それでもいいよ。一個くれへん?」


「……いいですけど……」


 佐久間くんは立ち止まったまま、リュックを開けてグミの袋を取り出した。


「言っときますけど、このグミ、めっちゃまずいですからね?」


「まずい? おいしくないってこと?」


「そうです。エナジードリンクとの期間限定のコラボ商品なんですけど、めっちゃまずいんで覚悟して食ってください」


 グミがまずいって……そんなことある?

 一応市販されてるわけだし、たぶん大げさに言ってるだけで、ちょっと変な味かな、くらいでしょ?

 私は佐久間くんが持っているグミの袋に手を突っ込んでひとつ取り出し、ぽい、と口に入れた。


「……! なにこれ……!」


 衝撃だった。

 本当にまずい!!!

 何ていうか。子供の頃病院でもらったシロップの薬みたいな……甘苦い感じ? 口に入れた途端、お行儀悪いけどおえって言いそうになった。

 でもさすがに吐き出すわけにはいかないから、手で口を押さえて必死で飲み込む。


「えーと、飲みもんいります?」


 佐久間くんがリュックからペットボトルのお茶を取り出したので、私はこくこく、とうなずいてそれをもらい、何とか口の中のグミをお茶で無理矢理胃に流し込んだ。

 えー、本当にこんなにまずいグミ、あるんだ……!

 私はあまりの衝撃にちょっと涙目になりながら、もう一度お茶を飲んで口の中を洗った。


「はー、びっくりした……ほんまにこんなものすごい味のんがあるんやね」


「すごいでしょ。たぶんすぐ販売しなくなると思うんで、レアですよ」


「いや、なんでちょっとうれしそうなん!」


 もしかして佐久間くんって、単純に変な味のグミが好きなの!?

 あまりのグミのまずさにちょっと思考がはじけてしまった私は、思い切ってもう一度言ってみた。


「凪くん、変なグミコレクターなんちゃうん!?」


 佐久間くんはちょっと目を見開いたけれど、すぐに鼻にしわを寄せてニッと笑った。


「バレました? 紗羽さん」


 その初めて見る、友達に対するような親しげな表情にどきっとする。

 ……どきっとする?

 いやいや、これ、びっくりしてるだけだから! そういう『どきっ』だから!

 だって私は一ノ瀬さんが好きで、佐久間くんは美咲さんが好きなんだから。

 そうなんだから!


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