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昼下がりのkamome café  作者: はる
kamome caféの紗羽
5/6

プライベート

 バイトに行って女子更衣室に入ると、美咲さんが着替えていた。

 あ、今日は美咲さんと一緒のシフトなんだ。うれしくて気分が明るくなる。


「美咲さん、おはようございます」


「あ、おはよう紗羽ちゃん」


 美咲さんは私を見て、ニコッと笑った。


「うん、休まないでちゃんと来たね! えらいえらい」


 美咲さんが手を伸ばして私の頭をなでてくれる。

 佐久間くんが言っていた、あの時ホールにいた人たちが私がバイトを辞めるかもしれない、と心配していたっていうの、本当だったのか……

 私も美咲さんに笑顔を見せた。


「あの、彼氏さんにお礼言っておいてください。助けてくれてありがとうございますって」


「えー? 気にせんくてええって! あいつは気分で助けただけやろうし」


「でも、それでも助けてもらったのは本当なので……。あんなに大きな人がすっと私の前に立ってくれて、すごく心強かったんです」


「そう? そしたら言っとくね。あいつ、めっちゃ調子に乗ってまいそうやけど」


 そんな風に言いながら美咲さんは少しうれしそうに笑った。


「そうそう、それよりあの怒鳴っとったお客、やっぱりクレーマーやったで! この辺で有名らしいよ。いろんなところで店員にイチャモンつけてるねんて。ほんま最悪やんね」


「え、そうなんですか?」


「だからあの時追い出して正解やったわ。……追い出したんはトモやけど。トモがかなり圧をかけとったみたいやから、もうこのお店には来んと思うけど……」


「そうなんですね。そしたら、やっぱりあの時彼氏さんがお店にいてくれて良かったです」


 天嶺さん、ものすごく迫力あったもの。あんな人がいるお店にまたやって来てクレームつけようなんて考える人、そうそういるわけない。

 私はロッカーを開けて、高校の制服を脱ぎ、白いシャツに袖を通した。


「……それにしても、美咲さんは彼氏さん……天嶺さんが怖くないんですか? あんなに大きくて強そうな人、私はリアルで見るの初めてだからすごくびっくりしました」


 私の言葉を聞いて美咲さんは吹き出した。


「あは、そうやんねえ。あいつ、なんか無駄にガラ悪そうに見えるもんねえ。でも私はトモのこと怖いと思ったことないよ。あいつ、私にめっちゃ弱いもん。私がちょっと冷たくしたらすぐべそかくし、慌てるし。やり方あんまり分かってへんのに必死で私を丁重に扱おうとしとるんがかわいいねん。そんな人怖いと思うわけないし」


 天嶺さんのことを話している美咲さんは、今まで見たことないような顔をしていて……楽しそうで、ちょっと自慢げで、そしてすごくかわいらしかった。


「美咲さん……めちゃくちゃかっこよくないですか? あんな存在感のある人を手玉に取ってるなんて、すごすぎる!」


「それはほら、惚れた弱みってやつやん? あ、もちろん向こうがね! 勝手に私に転がされてるねんもん。私は普通にしてるだけやし」


 うわあ、いいなあ……

 天嶺さんみたいな人と付き合うのは、私には考えられないけど、それでもこの二人がお互いに大好きなんだろうなって伝わってくるので、すごくうらやましくなった。

 自分が大好きな人に、好きになってもらう。お互いに相手を想い合って大切にする。

 私もいつか、そんな相手ができるのかなあ。





 ホールに出ると、今日のキッチン担当は社員さん二人だった。今日は一ノ瀬さんはいない。

 ホールには佐久間くんを含め三人が入っていたけど、佐久間くん以外の二人は美咲さんと私と入れ替わりで帰っていった。

 それにしても佐久間くん、ほんとにしょっちゅうバイトに入ってるなあ。


「おはようございます」


 佐久間くんが私たちを見てから、ショーケースに視線を移した。


「今日からシフォンケーキとティラミスが新商品で出ますよ。けっこう注文も入ってます」


「シフォンケーキ! ティラミス! どっちもめっちゃ好き!」


 ティラミスは、先日私が休憩室で出してもらったのと同じだった。

 ショーケースを見ると、どちらもあと二、三個しか残っていなかった。早速売れてる!


「めっちゃおいしそう……!」


 私がケーキを見つめていると、美咲さんが、今度もし売れ残ったら私たちで食べちゃおう、と言ってくれた。

 営業終了までバイトをすれば、終わった後に売れ残りの中で、好きなケーキを一つもらっていいことになっている。

 えー、でもこのケーキ、売れ残ることなんてあるかな? もしなければ、そのうちバイトのない日にお客さんとして食べに来ちゃおうかなあ……

 そんなことを考えていたら、レジにお客さんがやってきた。

 あ、いけない、仕事仕事。

 美咲さんが会計をしている間にトレイを持ってテーブルに片付けに行く。するとお店の入り口のドアが開く音がして、新たにお客さんが入ってきた。

 そっちは佐久間くんが対応してくれるよね? と思い、私は後片付けに専念した。

 すると、私が片付けている隣のテーブルに、入ってきたお客さんが座った。


「紗羽ちゃん」


「えっ?」


 背後からお客さんに名前を呼ばれて、驚いて振り返る。


「……え、一ノ瀬さん?」


「おつかれ。頑張っとるね」


 一ノ瀬さんが……お客さんでお店に来てる!

 私はびっくりして大きく瞬きした。

 もちろん、今日は会えないと思っていた一ノ瀬さんに会えてうれしかったけど……それよりも驚いたのは、一ノ瀬さんと一緒に来ている人物だった。

 穏やかな笑顔で笑っている、きれいな女性。

 一ノ瀬さんは、女性と一緒にやって来ていた。


「あ……えっと、いらっしゃいませ」


 私がしどろもどろになって言うと、一ノ瀬さんは笑いながら席に座り、一緒にいる女性に話しかけた。


「この子、高校生のバイトの子やねん。めっちゃ初々しくてかわいいやろ。紗羽ちゃん言うねん」


 女性は私を見て、にっこりと親しげに笑った。


「ほんまや。かわいらしい。こんにちは」


「……こんにちは……」


 声が小さくなってしまう。

 すると、佐久間くんがトレイに水の入ったコップを乗せてやってきた。


「いらっしゃいませ。一ノ瀬さん」


「あ、この子も高校生やねん。二人ともけっこうちゃんとしとるやろ? 頼りになるバイトやねんで」


「ほんまやね。二人とも、いつも湊斗がお世話になってます」


 湊斗……

 女性は一ノ瀬さんを下の名前で呼んだ。呼び捨てで。

 聞かなくても、二人がどんな関係なのか分かった。

 なぜだか分からないけれど、かあっと顔が熱くなる。

 あ、いけない、今顔を赤くしてるような場面じゃないのに。

 佐久間くんが私を見た。


「佐伯さん、注文は俺が聞くんで、それ先に片付けてもらえますか」


 トレイに今私が片付けていたお皿やカップが乗っている。

 そう、この状況で、私がわざわざ一ノ瀬さんの注文を聞く必要はない。

 私は黙って会釈して、その場を後にした。

 うわ、めっちゃ心臓がどくどく鳴ってる。

 顔がめちゃくちゃ熱い。嫌だな、こんなの、絶対赤くなってる。

 落ち着かなくちゃ。

 私はすーはー、と深呼吸した。

 カウンターに戻ると、他のお客さんがオーダーした料理が出来上がっていたので、トレイのお皿たちを片付けてすぐに料理を乗せ、持っていく。

 そうだ、今バイト中なんだから。ちゃんと仕事しなくちゃ。

 私が無心になって働いていると、美咲さんが一ノ瀬さんがいることに気付いて声を上げた。


「あれ、一ノ瀬くんやん。彼女連れてきたんやー、めずらしい」


 美咲さんの何気ない言葉がぐさ、と胸を突き刺す。

 ……やっぱり彼女、だよね……

 私はできるだけ一ノ瀬さんと彼女の方を見ないようにしていた。

 二人は……たぶん、仲良さそうにおしゃべりしている。時折一ノ瀬さんの笑い声が聞こえてくる。

 見ない、見ない。

 仕事中だから。いちいちお客さんがしゃべってる内容とか気にしてる場合じゃない。

 何だが時間がすごくゆっくり過ぎているように感じた。

 一ノ瀬さんが帰る時、レジで会計をしながら美咲さんがからかうように言った。


「今日、どうしたん? 彼女と一緒とか」


「あー、ほら、こないだ美咲ちゃんの彼氏がここに来とったやん。その話したら、自分も行きたい、言いだして。まあたまには客としてここに来てもええかなーと思って来てみてん」


「そっか。でも新作のシフォンケーキとティラミス注文したんは減点! 売れ残ったら最後食べちゃおって思ってたのに!」


「はは、そんなん無理やって。新作はいっつもしばらくの間は毎日売り切れやん」


「それもそっかあ」


 美咲さんは一ノ瀬さんの会計をしっかり従業員割引にして、笑顔で手を振った。

 私は一ノ瀬さんがお店にいる間、極度に緊張していたので、二人がいなくなってほっと胸をなでおろした。

 ……一ノ瀬さんに彼女がいるって、知ってたのにな……

 ……でも、ただ知っているだけなのと、実際に見てしまうのって、全然違うんだな……

 何だか、あんまり、見たくなかった。

 この場所で。いつも私が一ノ瀬さんと過ごしているこの場所で、彼女と一緒にいる……私が見たことのない一ノ瀬さんの姿を見たくなかった。


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