ほんの少しの逢瀬
コンビニの前でぼんやりしていると、息を切らして紗羽さんが走ってきた。
俺の前まで来て、バッグの肩ひもをぎゅっとにぎり、すーはーと深呼吸している。
「あー、ごめん、また凪くんの方が早かった……あんまり待たせんようにせんと、って思ってるのに」
「全然大丈夫です。それより、バイト終わって疲れてるのに走らせてすみません」
「ううん! まだ元気残ってるから走ってるねんもん。だってちょっとでもいっぱい凪くんに会いたいもんね」
少し照れながらそんな風に言う紗羽さんを見て笑みが漏れる。この人は本当にまっすぐだ。
思えば、紗羽さんは自分の言葉の裏を読めとか、自分の気持ちを分かれとか、そういうことを言ったことがない。いつも自分の気持ちは俺には分からない前提で、一生懸命気持ちを伝えてくれていると思う。
そういうところが心地いいのかもしれない。
「……紗羽さんは、辛いことがあった時、誰かに話したいと思いますか?」
「えっ? なにそれ?」
「例えばですけど。自分の気持ちを分かってもらいたいとか、他人に話すことで楽になったりするって思いますか?」
「ええ? どうかなあ」
紗羽さんは頬に手を当てて考えている。
「私、けっこうおしゃべりやから、なんでもしゃべってまうかもしれんけど……でも辛いこと……うーん、どうやろ。それを聞いた相手が重たい気持ちになってまうんやったら、申し訳ないし……。そうやなあ、ほら、私、けっこう混乱してまうと思ってもないような変なこと言ってまうことあるから、あんまり真に受けられると困るってのは思ってるかも。だから、分かってもらいたいっていうよりは、私の変な発言聞いてしまっても、あきれないでいてくれたら……って感じかなあ……」
聞いているとおかしくなってきて、笑ってしまった。しまった、と口を押さえる。紗羽さんは一生懸命考えて答えてくれているのに。
俺が笑ったので、紗羽さんは大きく目を瞬かせた。
「あ、すみません」
「そんなに私変なこと言ってもた!?」
「違いますよ。紗羽さんは紗羽さんやなあと思って。大丈夫ですよ、紗羽さんがどれだけ変なこと言っても、おもしろいから俺は絶対あきれたりしないんで」
紗羽さんは唇を尖らせてから、はっとした表情になった。
「え、もしかして……凪くん、なんかあった? 辛いこと……それで私になんか話したいとか!?」
あ、そうか、俺が紗羽さんに妙なことを言ってしまったから、紗羽さんに誤解させてしまった。
紗羽さんは今度は真面目な表情で、俺をじっと見つめた。
「あのね、私、なんでも聞くよ!? そら解決法とか……そういうんはなんも思いつかへんかもしれんけど……でも凪くんが一人でしんどい思いしてるん嫌やもん。凪くんのしんどいことやったら、私も半分受け持つ! だから、大丈夫やからなんでも話してね!?」
けっこうな勢いで話している紗羽さんに驚く。
ああ、そういうことなのか。辛さを相手に話すってことは、相手とその辛さを分け合おうという意思表示なのか。……でもそれって、なかなか勇気がいることのような気がする。自分の苦しみを相手にも分け与えるなんて。相手の重荷になるじゃないか。よっぽど相手を信用しているか、相手と人生を分かち合おうと思うくらい一心同体になっていないと難しい気がする。
それなのに、紗羽さんは俺とそれを分け合おうと思ってくれているのか。
……もしかしたら、深く考えずにまた勢いで言っているだけなのかもしれないけれど。
そして俺は、自分の苦しさを紗羽さんに持たせたいなんて思わないけれど。
でも紗羽さんのその言葉は、少し俺の心を動かした。
俺は紗羽さんを安心させるように表情を緩めた。
「紗羽さん、俺、別になにも辛くないですよ。高跳びまた頑張ってるし、部活終わった後にこうやって紗羽さんに会えるし。めっちゃ充実してるし、満足してます」
「ほんまに?」
「はい。それより紗羽さんは辛いことなんもないですか? 紗羽さんも、もしなにか辛いこととかしんどいことあったら教えてください。俺も半分受け持つんで」
「えっ!? えーとえーと、……私も今のところはなんもない……」
「そっか、それなら良かったです。紗羽さんが今、なにも辛くないんなら」
「うん……私も良かった。凪くんが辛くないのなら」
まったく、いつもながら俺たちはよく分からないことをずっとしゃべっている。それでもそれがおかしくて、心地良くて、二人で顔を見合わせて笑った。




