クラスメートの秘密
自分が空気を読めないタイプだと思ったことはないけれど、もしかしたら俺は鈍いのかもしれない。
鈍いというか、他人の予想できない感情に疎いのかも。
自分は自分だし、他人は他人だと線を引きすぎているのだろうか。誰かに、この気持ち分かってくれるだろう、と言われてもあまりピンとこない。そいつの気持ちはそいつだけのものだと思うから。
こういうところも俺の欠けたところなんだろう。
部活帰り、電車を降りて駅のコンビに向かっていると、後ろから声をかけられた。
「凪」
振り返ると、ナズナが小走りで俺を追ってきていた。
何だろう、と思って立ち止まる。
「凪、コンビニに寄るん? 凪のうち、ここの駅ちゃうやろ?」
「ああ、ここで彼女と待ち合わせとるから」
最近、週に一、二回、紗羽さんのバイトがある日に、俺たちは駅のコンビニで待ち合わせるようにしていた。
紗羽さんのバイトが終わる時間と、俺が部活を終えて駅に着く時間がだいたい同じだからだ。
俺が部活を始めて以来、極端に会える日が少なくなってしまったので、少しの時間でも顔を見て話すために、この夜の時間に会うことにした。
紗羽さん的にはこれでも足りないと思っているんだろう。俺は部活とたまのバイトで毎日時間をめいっぱい使っているので、それほど過不足は感じていないんだけど。
今日も、紗羽さんがバイトを終えて駅に来るのをコンビニの前で待つつもりだった。
「凪……ちょっと話聞いてほしいねんけど……」
ナズナが俺のそばに来て、神妙な顔で言う。
「話? それ、今やないとあかんのか?」
だって今はもう夜だ。部活を終えて、みんなまっすぐに自分の家に向かう時間。俺も紗羽さんと会って、少し話したら、お互いすぐに帰路につく。
「あんまり、ほかのみんながおるところやと話しにくくて」
ナズナがうつむく。
何だろう? 何か問題でもあるのか? クラス? 陸上部? どっちだろう?
時計を見てみると、紗羽さんが来るまであと二十分ほどありそうだった。
「俺も彼女待っとるから時間ないねんけど。十分くらいで済む話やったら今聞くけど」
「うん……」
そのままナズナは黙ってしまった。
いや、時間がないって言ってるんだけど。話があるならさっさと済ませてほしい。それか明日にするか。あ、でも学校とか他のやつらがいるところでは言いにくいことか。言いにくいこと? どうしてそれが俺には言えるんだろう。ナズナの意図が分からなかった。
うつむいていたナズナは、意を決したように話しだした。
「実は、うち……両親が離婚するねん」
え?
俺はわけが分からないままナズナの顔を見た。
ナズナの両親? 俺、一切面識がないけど。その両親の離婚が、俺に関係あるのか?
「なんか、それで最近ずっともやもやしとって……しんどくて。誰かに話聞いてほしかってん。でも、私の友達で、両親が離婚しとる子なんておらんくて。両親がそろってる、幸せな子らを前にして、親が片一方おらんくなるって話、できんくて。凪は……その、お父さんおらへんやろ? だからまだ、話せるかなって思って……」
ナズナの話を聞いて、俺は困惑した。
別にまあ、話くらいは聞くけど。でも何で俺? 俺にそんな話しても、どうにもならないと思う。だいたいうちの父親は病気で死んだんだし。別に母親と仲たがいしていなくなったわけじゃない。両親の不仲の話をされて、それに共感しろと言われても俺にはできない。
「お父さんとお母さんが喧嘩ばっかりするようになって、すごいしんどかったから、きっと離婚するんは正解なんやと思う。でも、どっちも悪いところあるけど、いいところもあって。そういうん考えとったら、辛くて苦しくなってくるねん。一人でこの気持ちを持ち続けてたくないって思って……でも誰にも言えへんくて。凪やったら聞いてくれるかなって……」
正直なところ、そういう辛い気持ちを誰かに話したい、ということ自体が俺には理解できない感情なので、何とも言いようがなかった。ええと、何だっけ、女子は共感を求める生き物なんだったっけ? そんなこと言われても、共感できないものをどうやって共感したらいいんだ。
言葉を返しようがなかったので、俺は黙っていた。
「……ごめんね、凪。いきなりこんな話して」
「まあ、びっくりしたけど。話して楽になるんやったらええんちゃう」
「うん、一人で抱え込んでるんちゃうくて、凪に話したらちょっと気持ちが軽くなったかも。ありがと」
「俺聞いてるだけでなんもしてへんけどな」
「ええねん。……そしたら私、帰るね」
「ああ」
時計を見ると、紗羽さんが来るまであと五分ほどになっていた。
「彼女にこんなところ見られたらやばいもんね」
目を赤くしたナズナが笑う。
やばい? なぜ?
……と一瞬思ったが、確かに彼女持ちの男が他の女子と二人で話しているというのはあまりよくないものなんだろう。この前紗羽さんも俺がナズナを抱き寄せたと勘違いしていたし。変に疑いを持たれるようなことはしない方がいい。
「そうやな」
「そしたら、また明日、学校でね」
「ああ。気いつけて帰れよ」
「ありがと。凪もね」
ナズナはさっきまでの重苦しい表情を忘れたように、からっと笑って駅の改札口の方へ歩いていった。
……誰かに話すだけで、そんなに気が軽くなるものなのか?
よく分からなかった。
父親が死んだ時、俺は小学生だったけれど、明確にめちゃくちゃショックを受けていた。すごく傷ついたし、寂しかった。
でもその気持ちを誰かに指摘されるのがものすごく嫌だった。
辛いね、寂しいね、分かるよ、そんな風に言われるのが嫌で嫌でたまらなかった。
俺のこの気持ちは俺だけのもので、誰にも分かってほしくない。父親に対する俺の気持ちは俺しか知らない。それなのに他人が安易に分かち合おうとすることが耐えられなかった。
まだ状況がよく分からずに、周りの雰囲気に流されて泣いている弟を抱きしめて、なだめて、それですべてをごまかした。
あの時の俺の気持ちは、やっぱり誰にも話したくなかった。今でも。




