まだ子供の私たち
バイトが終わって凪くんにメッセージを送ると、凪くんは部活が終わって帰っている最中だったみたいで、ちょうど時間が合いそう、ということで、駅で待ち合わせることになった。
やった! めっちゃいいタイミング!
いつも落ち着いていて、クールに振る舞っている凪くんが、実は私のために高跳びを再開する決断をしていたなんて……
うれしすぎる。もうその気持ちだけで、凪くんかっこよすぎ!
あ、でも、凪くんが部活に復帰した本当の目的は、秘密なんだよね? そしたら私からその話をすることはできないのか……
あー、でも何でもいいや。凪くんに会えるのなら! 少しの時間でも会いたいって思うのは、これは普通のことだよね? だって私たち、付き合ってるんだし。
私はウキウキしながら、ほとんど小走りみたいなスピードで駅へ向かった。
いつも待ち合わせている駅のコンビニに向かう。
あ、凪くんの後ろ姿が見える! 私はめちゃくちゃ笑顔で凪くんに近付いた。
でも。
はっとする。
あれ? 凪くん、一人じゃない……?
凪くんと同じ高校の制服を着た女子。その女子が、凪くんと向き合ってうつむいている。凪くんは、彼女の両肩に手を置いていた。
……え? これは……
まるで金縛りにあったみたいに足が止まる。二人から視線を動かせない。
これ、何?
女子が視線を上げ、凪くんの顔を見ようとした時に、私がいることに気付いた。
私を見た彼女の視線に気付き、凪くんが振り返って私を見つけた。
「あ、紗羽さん」
普段と変わらない口調で凪くんが私を呼ぶ。それから女子の方に向き直り、肩に置いていた手で女子の腕をぽんぽん、と叩いた。
「それじゃあ俺は行くから」
凪くんはコンビニを後にして、まっすぐに私の方に歩いてくる。
え? え? これは……どういうこと?
私が何度か視線を往復して、凪くんと女子の両方を見ていると、凪くんが少し首をかしげて彼女の方を振り返った。
「あ、あいつ、同じ部活でクラスメートの女子です。あいつも駅に来るって言うからあそこまで一緒に来てました」
「え……あ、そう……なんや」
女子はまだコンビニの前に立っていて、私たちの方を不満そうな表情でじっと見ていた。
凪くん、今、彼女の肩に触れてたよね? まるで抱いてるみたいに。あれって……
私が黙っていると、凪くんは首をかしげた。
「どうかしました? ……あー、そういえば、こないだ一緒に行ったハワイ料理のカフェ。あそこでバイトしてたの、あいつですよ。紗羽さん会ったことありましたね」
え。
あの、凪くんにだけ話しかけて、凪くんにだけコーヒーゼリーのおまけを出してきた、カフェ店員。確か、ナズナって言ってた。あれ、この人だったんだ……
「……なにかあったん?」
「え?」
「あの子と。なんとなく二人、普通の感じやなかったっていうか……その、凪くん、あの子の肩抱いてへんかった?」
あああ、こういうこと言っていいのかどうか分からない。うざい? 凪くんを信用していないみたい? でも彼女の肩に触れている凪くんを見た途端、頭が真っ白になってしまって……そんな状態で、ここから普通に凪くんと話すとか無理だ。
凪くんはめちゃくちゃ目を見開いて驚いていた。え、違うの? 彼女の肩を抱いていたんじゃないの?
「なんですかそれ? ありえへんし。あれは、ナズナがうつむいた時によろけて俺の方に体ぐらつかせてきたんで、肩つかんで支えただけなんですけど。肩抱くとか、そんなんする理由なくないですか? なんで紗羽さんでもない相手に対してそんなことするんですか」
慌てたようにばーっと早口で凪くんが弁解する。
よろけた……それ、本当にそうなの? あの、ナズナって子は、もしかしたら凪くんが好きなのかもしれない。だから近付きたくて、よろけたふりをしたのかもしれない。凪くんは優しいから、避けたりしないって思って。
そんなこと考える私はおかしい? そんな相手が……凪くんのクラスメートで、同じ部活で……私なんかより、ずっとずっと長い時間、凪くんと一緒にいるなんて。
凪くんが、そっと私の手を取った。
私はちょっとだけびっくりして、ぴくって反応してしまったけれど、もちろん凪くんの手を振り払ったりしなかった。
「えーと、そもそも今俺、紗羽さんに会いたくて部活帰りにここで待ってたんで。それやのに、わざわざ紗羽さんに見せつけるみたいに他の女子を抱き寄せたりするわけないです。でも嫌な気持ちにさせたんやったらすみません。これからは紗羽さんを待つ時に、他の人間とはおらんようにします」
「え、えっ? いや、そこまでは。私が……その、勘違いしてもて……えっと、ごめん」
凪くんの言葉には嘘がない。だから、本当に凪くん自身はあの子を支えただけのつもりだったんだろう。そのことに対して私が拗ねちゃったからって、もう他の子とはいないようにするなんて! 私がめちゃくちゃ心狭くて束縛系の重たい彼女になってしまう! そんなめんどくさい子だなんて思われたくないよ!
「今日はバイト、忙しくなかったですか? 疲れてないですか?」
凪くんが話を変えてくれたので、私はほっとした。
コンビニの方を見ると、いつの間にかあの子はいなくなっていた。
「うん、大丈夫。そんなに忙しくなかったし。美咲さんがいたから、一緒におしゃべりしてて楽しかったし」
「そうですか。それなら良かったです」
「凪くんは? 部活大変?」
「まあ、これだけがっつり運動するのは久しぶりなんで、なまったなあ、って思うことはありますけど。でも、地面に溶けそうなくらいくたくたに疲れるのって結構気持ちいいんですよね。今は昔怪我したところに負荷をかけないように練習してるんで、そこまで追い込んでないですけど」
「地面に溶けてまうの!?」
私が驚いていると、その私の反応を見て凪くんは笑った。
「それくらいの全身疲労ってことですよ。そこまで追い込んで、よろよろで家に帰って、風呂入って飯食ってあとは寝るだけ、って状態、結構気持ちいいですよ」
「へえ……すごいねえ……」
「紗羽さんもやってみたらいいですよ」
「え! いや、私はどんくさすぎて……スポーツとか無理……」
だからこそ、凪くんや天嶺さんみたいな、スポーツで自分の体を自在に操れるような人に憧れちゃうんだよね。私はまず自分が考えた通りに体が動いてくれないからなあ……スポーツやる以前の問題だな。
その時、ふと思い出した。凪くんが、高跳びを再開した本当の理由。
「あ、えっと、凪くんは、その、大会に出たりとかするんやんね?」
「そうですね。といっても、今はまだ練習再開したばっかりなんで、入賞狙いとかじゃなくて、大会の雰囲気を思い出すためにとりあえず出てみる、くらいの感じですけど」
「そっか……」
それだったら、私が凪くんの跳んでいるところを見に行けるのはまだ先、ってことなのかなあ。
「大会以前に、まともに跳べるようにリハビリとか体作りの方が先ですけどね。いつちゃんと跳べるようになるか、まだ全然分からないですけど、気長にやっていきます」
気長に……
そっかあ。
いや、当然だよね? 部活に復帰したってことは、きっと卒業までやるんだろうし。
別に私に跳ぶところを見せて、それで終わりってわけじゃないんだよね。
つまりその間、ずっとあの子と一緒に部活してるんだ……
私はほんの少しだけ、凪くんとつないでいる手を引き寄せた。
「あのね、凪くん。無理はしてほしくないねんけど、でも……その、バイトも来てね? バイト来れんくても、時間ないかもしれんけど、また私とデートしてね? 最近あんまり凪くんと会えんくなったから、その、つまんないし」
会えなくて寂しい、まで言っちゃうと重いかなあ、と思ったので、ぼかしてみた。ばれちゃうかな……
凪くんは笑って、私の頭にふわっと手を乗せてなでた。
「そうですね。俺も今まで毎日のように、ずーっとバイトに入ってたのに、最近行かなくなっちゃったんでつまらないです。できるだけ入るようにします」
「うん、待ってるね」
「はい」
ああもう、凪くんを見ていると、愛しくて胸がぎゅーっとなる。もっといっぱい一緒にいたいなあ。私たちが同じ学校だったら、同学年だったら……どうしてもそんなことを考えてしまう。凪くんは、kamome caféで私と会えて良かったって言ってくれたけど、私はそれだけじゃ足りないよ。
でも、どうしようもないんだよね。現実的に、私たちは違う学校で、違う学年で、凪くんは部活をしていて、二人が会える時間はものすごく少ない。
もっと一緒にいたいのに。
でも、まだ子供の私たちに、大人の恋人同士のようにずっと一緒にいられる魔法なんてないんだ。




