口の軽い先輩
凪くんが部活を始めて、あまりバイトには来なくなってしまった。
寂しい……
いや、凪くんがいなくたって私はバリバリ働きますけどね!? カフェのバイト自体が好きだし。お客さんにありがとうって言われたら、うれしくてめちゃくちゃニッコニコしちゃうし。一緒に働いている他のスタッフの人たちとも仲良しで、隙間時間におしゃべりするのも大好きだし。
……でも、そういうの全部差し引いても、同じ空間に凪くんがいないと寂しいなあ……
ふとした時にさりげなくフォローしてくれたりするの。私がお客さんのところにお水やメニューを持っていこうとした時に、すっとメニューをお客さんに渡しやすい向きで私に渡してくれたりするの。何かあっても、どこかで凪くんが見ていてくれる。そう思うだけで、すごく安心して仕事ができた。
うーん、いかん。今まで私、凪くんに頼りすぎてた!
私も頼りにしてもらえるくらいしっかりしたいのに!
めっちゃできるスタッフになるんだ! と思って張り切って働いていると、そんな私を見て美咲さんがおかしそうに笑った。
「どうしたん? 紗羽ちゃん。しゃかりきに頑張ってるね」
「えっ? そ、そうですか? 普通です!」
「ふーん? あれやろ? 佐久間くんがおらんくて寂しくて落ち込んでる?」
「……そんなことないです!」
美咲さんは私を見て、ふふっと笑った。
「あのねえ、紗羽ちゃんにええこと教えてあげよっか?」
「え? ……なんですか?」
「ええこと! あのね、この前、うちらみんなで、トモの試合見に行ったやん? 覚えてる?」
「はい、もちろん。めちゃくちゃ楽しかったですけど……?」
そう、先日、美咲さんの恋人の、プロバレーボール選手の天嶺さんの試合を、バイトのみんなで見に行った。
美咲さんは今までかたくなに天嶺さんの試合を見に行こうとはしていなかったんだけど、私たちが一緒なら、と言って、その日初めて見に行くことにしたみたい。
試合自体は迫力があってものすごくおもしろかった!
あんまりルールとか知ってるわけじゃなかったけど、とにかく天嶺さんがかっこいい! っていうのはよく分かった。
レシーブでめちゃくちゃボール拾うし、スパイクはバシバシ決めるし、サービスエースも何本も決めていた。
普段、美咲さんの前で、言っちゃ悪いけどちょっと情けなさそうだったり、美咲さんの周りの他の男性に対して威嚇している怖い姿しか見ていなかったから、そんな天嶺さんの姿は衝撃的だった。
他の選手の中にいても、ひときわ目立ってキラキラしていて、スターってこういう人のことを言うんだ……すごいなあ! って感心していた。
……でも、そんな風に見えても、天嶺さんは天嶺さんで。
めちゃくちゃかっこよくサービスエースを決めたり、スパイクを決めたりしたら、合間に必ず美咲さんを見て、「どうや! 美咲、今の見たか!?」って大声で主張しまくっていた。
美咲さんはぎょっとして私や凪くんの陰にひたすら隠れようとしていたけれど、周りのお客さんの注目を浴びて美咲さんは怒っていた。
「なんなの!? ああいうんやめてって言ってるのに!」
「美咲ー!」
美咲さんが赤い顔で怒っているのなんてお構いなしに、天嶺さんは美咲さんにアピールしまくっていた。
試合は天嶺さんのチームが勝ったけれど、試合が終わるや否や、私たちはそそくさと会場を後にして、逃げるように帰ってきた。あれ、あのまま会場にいたら、天嶺さんのファンの女性たちの視線に殺されていたかもしれない……
「佐久間くんがまた高跳びしようって思ったん、あの試合見たかららしいで?」
美咲さんから驚くべき言葉を聞かされて、私はえ? と目を見開いた。
「どういうことですか?」
「ほら、試合の時のトモって、かっこいいやん? さすがにプロやし、めちゃくちゃ張り切っとったし。めっちゃ目立ってたやろ?」
「あ、はい。確かにめちゃくちゃかっこよかったです」
「あれ見てね、佐久間くんも、紗羽ちゃんに自分が一番かっこいいところを見せたいって思ったみたいやで? 高跳びで、誰よりも一番跳んでる姿を紗羽ちゃんに見てほしいねんて! 自分の力を一番発揮できて、一番輝いているところを紗羽ちゃんに見せたいなんて、んもーかわいすぎん? トモからその話聞いて、私どうしようかと思った! 佐久間くんも、トモにだけはその話っていうか、相談しとったみたいで。でも恥ずかしいから紗羽ちゃんには秘密やって! だから私が言ったってばらしたらあかんで?」
「え……」
そ、それ、本当に!?
凪くん、そんなこと考えてたの!?
ぶわーっと顔に血が上る。
凪くんが、一番かっこいい姿を、私に見せたい……?
ええー、本当にそんなこと思ってたの!?
ちょっと待ってちょっと待って、嘘みたい! 凪くん、今だって十分すぎるくらいかっこいいのに!
それなのに、それ以上!?
感情がパンクしてしまって、もう何を考えたらいいのかも分かんないや。
驚きすぎて、熱くなった頬を押さえている私を、美咲さんが楽しそうに眺めている。
私はただただ、今すぐ凪くんに会って大好き! って伝えたい。そんな気持ちでいっぱいになってしまった。




