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独白

 自分が欠けた人間である自覚はある。

 自分が話している時も、誰かと話をしていても、少し離れた場所からそれを眺めているような感覚。

 物事の渦中にいても、心から夢中になれない。興奮して、頭に血が上って、わけが分からなくなったことなんてない。

 高跳びをやっていた時、大会で今まで跳べたことがなかった高さが跳べたり、優勝した時なんかはかなりの達成感があったけれど、それによって高揚して、自分は才能があるとか、将来これで食って行くんだなんて思ったことはなかった。

 だから、怪我をした時も、ああ、仕方ないか、と割とあっさり高跳びをあきらめられたと思う。

 だって怪我だし。跳べないし。どうしようもない。

 跳ぶこと自体は好きだったけれど、どうしてもそれにしがみつきたいというほどの情熱はなかった。

 怪我をするまでは、高校も高跳びが強い高校に行って、と考えていたけれど、駄目になってからはすぐに方向転換して、家から近い高校に進むことにした。

 高跳びはもうできない。他にやりたいこともないし、それであればバイトでもして金を稼ごう、と思った。

 kamome caféを選んだのは、家や学校からそう遠くない場所にあったことと、高校生でも雇ってくれるってことが理由だけど、もう一つ、あのカフェのケーキを母親が好きだからっていうのもあった。

 バイトしてたら、バイト帰りに母親の好きなケーキをお土産に買って帰れるかもしれない。それはなかなかいいアイデアなんじゃないかと思った。

 父親が死んでから、女手一つで俺と弟を育ててくれた母親。

 母親はエネルギッシュな人で、父親がいないって言っても全然悲壮な感じはなく、バリバリ働いていた。毎朝俺の弁当と、家族全員分の夕飯のおかずを作り置いて仕事に行き、できるだけ残業はせずに帰ってくる。家では弟の宿題を見たりもしているし、寝るまでの空いた時間に資格試験の勉強もしている。

 そんな母親を見ていると、父親がいないからって不幸ぶるわけにはいかなかった。

 俺もできるだけ家事は手伝うようにしているし、弟の面倒も見る。高跳びで活躍していいところを見せることはできなくなったけれど、それならバイトして稼いで、母親や弟に好きなものをプレゼントして、喜ばせたいと思った。

 バイトは楽しかった。

 バイト先では、俺は高跳びで挫折した人間でも、父親がいないかわいそうなやつでもなく、一人の高校生バイトというだけの存在だった。

 その場その場で素早く状況を判断して、お客さんだけじゃなくバイト先の人にも気持ち良く過ごしてもらえるように仕事をしていたら、けっこういい感じに評価してもらえるようになった。

 こんな、高校生の俺でも、周りの大人の人たちに評価してもらえる。

 そう実感することができるバイトが楽しくて、俺はシフトに入りまくっていた。


 バイト先には、同じ高校生のバイトの紗羽さんがいた。

 俺の一つ年上だけど、全然年上っぽくなかった。

 俺から見ると、少し幼い感じがするけれど、でも年相応なのかもしれない。俺とは違って、めちゃくちゃ感情を表に出す人だった。

 といっても、不機嫌さを外に出すというわけじゃなくて、紗羽さんはバイトが楽しくて仕方がないみたいだった。予想外のトラブルなんかには弱いけれど、いつも一生懸命働いていて、接客が好きみたいだった。

 あまり世間ずれしていない感じで、こういう人は悪い男に引っかかっても気付かなさそうだな、と思った。

 何となくだけど、紗羽さんは同じバイトの一ノ瀬さんが好きなように見えた。それが異性として好きなのか、ただ頼りがいのある兄貴分として好きなのかは分からなかったけれど。

 一ノ瀬さんは大学生で、穏やかだけど雰囲気が明るくて、誰とでも気兼ねなく話す。すごくいい人だったので、年下の紗羽さんが憧れるのも無理はないと思った。


 そんな紗羽さんと付き合うことになった。

 紗羽さんとは、普通のバイト仲間として、たまに一緒に帰ったりして話すくらいの親しさだと思っていたんだけど。

 紗羽さんが落ち込んでいる時に、たまたま俺が持っていた菓子をあげたり、その流れで話すことは多くなっていた。

 紗羽さんは、なぜか俺がバイトを辞めるかもしれないと思い込んでいて、辞めてほしくない、一緒にいたいと言った。そんな言い方をされたら、それはまるで告白みたいだな、と思った。

 そう指摘すると、紗羽さんは、その通りだと答えた。

 一瞬、え? と思った。

 紗羽さんが?

 思い返すと、紗羽さんの気持ちが俺に向いていると考えられるような行動はいくつかあった。

 恥ずかしがっているのにお互い下の名前で呼び合おうとしたり、一緒に帰ろうと言ったり。

 そうだったのか、と思った。

 この人は、俺を見ていてくれたんだな。

 学校でも、たまに俺と親しくなろうとしてくる女子はいた。けれど、そういう相手の本心はよく分からなかった。

 相手はたいてい俺に、高跳びのことや弟のことを聞いてきた。

 俺の属性を聞いて、それで会話を広げようとするその意図が分からない。

 でも紗羽さんは、自分のむき出しの気持ちを俺に向けて、俺自身に興味を持ってくれた。

 こういう人と一緒にいたいと思った。

 だから俺は紗羽さんに尋ねた。それなら俺ら、付き合いますか? と。

 紗羽さんはめちゃくちゃ驚いていたけれど、それでも同意したので、俺たちは付き合うことになった。


 紗羽さんと付き合うのは楽しいと思う。

 まっすぐに俺に気持ちを向けられているのが分かる。俺の一言に反応して、慌てて、拗ねたり一生懸命になったりする。

 こういう相手と一緒にいられるのであれば、周りのやつらが彼女を欲しがる気持ちもよく分かると思った。

 こんなに純粋に好意を向けられたら、俺だって相手を喜ばせたいと思う。大切にしようと思う。いつも楽しい気持ちにして、笑わせたいと思う。今まで女子と付き合いたいとかあまり実感として考えたことがなかったけれど、こういう気持ちになるものなのか、と、自分が少し大人になったような気がした。

 紗羽さんはよく俺に触りたがる。

 純粋そうに見えたけれど、けっこう積極的な人なのか、と思ったけれど、どうもそういうわけでもないようだった。

 ただ自分が好きな相手に近付きたい、触れたい、その体温を知りたい、そんな風に思っているようだった。

 弟が小さい頃から甘えたで、いつも母親や俺にべたべたしていたけれど、そういうのに近いかもしれない。

 もちろん、相手は彼女だし、触れたりくっつきたがれると、俺の方もそうしたい欲求は湧き上がってくる。

 でも紗羽さんと俺では、おそらくその触りたい気持ちの質が違う。

 だから簡単に俺の方から近付くことはできなかった。

 言ってみれば、紗羽さんは羽みたいなもんだと思う。俺は鉄球?

 紗羽さんは女子だし、細くて小さくて柔らかい。俺は逆に男で、少し前まで部活で鍛えていたから、でかいし体もかたい。

 紗羽さんの方から俺に触れることに大きな問題はないと思う。羽が鉄球に当たっても、ふわふわと鉄球の周りをなでるだけだ。

 でも俺から紗羽さんに触ると、形をつぶしてしまいそうだ。鉄球から羽に近付いて触れようとすると、羽はきっとぐちゃぐちゃにつぶれてしまう。

 さすがに好きな相手をつぶすわけにはいかないので、俺の方から積極的に紗羽さんに触れることはできなかった。


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