おまけ・2 トモの挨拶 ≪後編≫
ソファに美咲の父親と母親が並んで座っている。
その前に仁王立ちになった兄が、両親に説教をしていた。
「ほんまに、久しぶりに美咲が帰ってくるからってはしゃぎすぎやねん。相手の天嶺くんがかわいそうやろ? 緊張して挨拶しにきとんのに、オトンとオカンがふざけ倒してどうすんねん。こんなわけ分からん家の子の美咲をもらうんはやめとこうみたいに思われたらどうすんねん」
「そんなん思う方があかん! 美咲はええ子や!」
「オカン、黙って」
「ぶーぶー!」
直接言葉で『ぶーぶー』とか言う人間見たの初めてだな……しかもそれが美咲の母親……
しかし兄はまともな人みたいで良かった。
美咲は俺にこそっと話した。
「トモ、ごめん……両親変な人で。あれでも昔はすごいまともやってんで? でもお兄ちゃんや私が成長して、両親からするとすごいしっかりしたように見られるようになってから、安心したんかしらんけど子供がえりしたっていうか……自分らがちゃんとせんでも、うちらがちゃんとしとるから大丈夫って思われたみたいで、好き放題やるようになってしまってん」
あー、そういうこと……
にしても限度があるんじゃないのか? 個性的という言葉で片付けていいのか疑問に思うレベルに個性的なんだけど。
「とにかく相手に失礼にならんようにして。今のオトンとオカンは相手に失礼なことしとるんや」
「でも天嶺くんやって、美咲と結婚するんやったらうちらの息子やん? そしたら美咲と同じように接したってええやん」
「親しき中にも礼儀あり!」
「はい……」
兄に言われ、両親はおとなしくうなだれた。
はー、ひとまず場が収まって良かった……
両親がおとなしく俺と美咲の前にやって来て、再び座った。
「ごめんね、天嶺くん……調子に乗ってもて……」
兄に睨まれながら、兄の視線を気にしながら母親が俺に謝罪する。
「え、いえ、全然です! むしろその、美咲さんの家庭のナチュラルな様子が知れて良かったというか」
「まあまあ、そんな感じやから。美咲と仲良くやってくれたらええよ」
さっきとは全然違う口調で、父親が穏やかに俺に言った。
「美咲はやらん、とか言ったけどねー。美咲は親の所有物ちゃうしね。美咲は生まれた時からちゃんと意思を持った一人の人間やったわけやし。しかもめっちゃしっかりした子に育ってくれたから、なんも心配してへん。天嶺くんを美咲自身が選んでんから、親のうちらがどうこう言えるわけない。まあただ美咲を泣かしたら許さんけど」
明るい口調で話していたのに、最後に脅し文句が来たのでぴっと背筋が伸びた。
「そうそう、オトンもオカンも、もし美咲が傷つけられたらたぶん天嶺くん殺しに行くからね。社会的に抹殺するか、物理的に消し去るかは知らんけど」
リビングの入り口にもたれたままだった兄も穏やかな顔でそんなことを言う。
え、何!? やっぱり俺、歓迎されてない!?
「あ、あの、絶対に、なにがあっても美咲さんを幸せにするんで! 生涯かけて誓います!」
俺が必死になって二人に訴えていると、母親ののんびりした声が割って入った。
「ほらー、そうやって天嶺くんびびらせてるん、結局お父さんとお兄ちゃんやん。やめやめ。それより天嶺くん、私、バレーの試合とか見に行ったことないねんけど……もしかしてチケットもらえたりすんのかしら?」
「は、はい、すぐ用意します!」
「ちょっと待ってオカン、それ、利益供与とかになったりせんの?」
突然兄の口から聞きなれない言葉が飛び出す。
「えー? そんなはずは……別に天嶺くん、利害関係者ちゃうでしょ?」
「分からんやん。天嶺くん自身はちゃうくても、チームとかは? なんか契約したりしてへんの?」
母親と兄の会話の意味がまったく分からず、ぽかん、としていると、父親が教えてくれた。
「ほら、公務員やから……利害関係者にものもらったりすると倫理規定違反になったりするねん。世間の目があるからねー」
あ、そういうことか。
ていうか、いきなりそういう難しい話ぶっこんでくんの!?
さすが公務員家系……ちゅーか、ついていけなさすぎる。
この家庭で育って、よく美咲はこんなまともになったな……
母親と兄は、いつまでも倫理規定? とかについて話していた。(ちなみに兄は消防士だったらしい。やはり公務員家系……!)
兄はすぐ宿直があるから、と姿を消し、父は網戸の修理があるから、と姿を消し、母は倫理監督官に確認してからチケットお願いするわー! とよく分からぬことを言い、美咲の家族への挨拶は終了した。
俺は美咲と一緒に駅まで歩いていたが、くたくたに疲れ果てていた。
地獄の合宿の最終日でもこんなに疲れたことない……
美咲はそっと俺の手を取って、心配そうに俺の顔を見上げた。
「トモ、大丈夫? うちの家族、ちょっと変な人たちやから、大変やったやろ?」
「えっ? いや、全然!? めっちゃおもろいやんお前の家族。すげえよ」
それは確かに本心だった。娘の彼氏が挨拶に来て、最初から最後まであのノリで行けるとか、普通考えられんだろ。
「あれでも、家の外ではみんなまともやねんけどね……」
「そうなん!?」
「そら、お母さんは部長やし。でも実際はけっこう人見知りな人で、町内会でいろんな人とやり取りするんは全部お父さんがやってるねん。お父さんはそういうの得意やから、お母さんは頼り切ってる感じ。二人とも外ではちゃんとやってる分、家でははっちゃけてまうんやと思う」
「お前の兄貴はけっこうまともな感じやったやん」
「あれは、両親があんなんやから仕方なくってところやと思うけどね。家族それぞれ、『この人がこの役割担ってくれるんなら、自分は他の役割やろー』って自然に思って好き放題振る舞ってる感じ。今日は……久しぶりに私が帰ってきたから、ほんまに両親ともにはしゃぎすぎとったと思う」
なるほどね……
かなり個性的な人たちだったけれど、あの人たちを見ていると、確かに美咲が今の美咲になったのは、あの家で育ったからなんだろうな、と思わせられた。
自立心が旺盛なところとか、はしゃいで驚くような行動をするところとか、でもこっちが調子に乗りすぎるとぴしゃっとたしなめるところとか……全部あの家族の中にいたから培われたというのがよく分かった。
そしてめちゃくちゃ愛されていたということも。何でもない顔をして、家族全員美咲をものすごく大切に思っていると分かった。
俺はあの愛情を超えないといけないんだな。いや、当然超えるつもりだけど!
俺は美咲の手をぎゅっと握りしめた。
「さ、これでお前の家族への挨拶も終わったし、心置きなく新生活に迎えるな! 安心しろ、俺が何不自由ない生活させたるから! あのお前の両親に言った言葉、嘘ちゃうからな? もしバレーできんくなっても、土方してでも一生お前を食わせてくから!」
俺が自信満々に美咲に告げると、美咲はきょとん、とした顔で俺を見た。
「別に私、トモに食べさせてもらおうなんて思ってへんけど」
「へっ!?」
美咲の言葉が理解できない。
え、それ、どういうこと!? だって俺ら、一緒に暮らして……同棲して……そんで結婚するんじゃないの!? そしたら俺が美咲を食わしてくんだよな? どう考えたってそうだよな!?
「私、大学卒業したら公務員になるつもりやし。自分の食べる分くらい自分で稼ぐし。トモがバレーをクビになっても心配せんでええよ、私が食べさせてあげるから。トモはなんも心配せんとバレーに打ち込んでてええよ」
さらっと言う美咲の言葉が俺には信じられなかった。
なんで!?
え、就職? 美咲、就職すんの!?
俺のところに永久就職してくれるんじゃないの!?
「え……いや、だって、俺ら結婚して……お前、専業主婦になってくれへんの……?」
「今どき専業主婦? そんな気ないけど」
ガーン……!
考えてもみなかった。美咲が就職するなんて……!
衝撃が強すぎて俺は何も言えなかった。
これにて美咲とトモの物語は完結です!
最後はおまけでへんてこな話になりましたが。
ここまで読んでいただきありがとうございました!




