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昼下がりのkamome café  作者: はる
美咲とトモ
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おまけ・2 トモの挨拶 ≪前編≫

 その日の俺は、ビシッとスーツを着ていた。

 美咲は一応ちゃんとはしているけれど、普段から着ているようなワンピース姿だ。俺たち二人が並んでいると、多少バランスが悪く見えるかもしれない。

 しかしそんなことは言っていられない!

 今日は美咲の両親に、同棲の許可と、美咲が大学を卒業したら結婚する許可をもらいに行くのだから!

 ここで失敗したら俺は死ぬ! だからめちゃくちゃ気合いが入っていた。

 なんせ美咲の両親は、どちらも公務員だって言うからな……

 そんなお堅い職業の親が、俺みたいな言ってみれば明日をも知れぬ身である男を受け入れてくれるか分からない。

 いくら俺がプロのアスリートで現在はそれなりに稼いでいると言っても、もし故障したり何か不祥事があって契約を解除されたらすぐに路頭に迷う。そんな不安定な職業の男を、公務員という安定が約束された、ガッチガチに堅い職業の美咲の両親が受け入れてくれるだろうか?

 美咲はのんきに気にすることないよー、と言っていたが、俺は心配で仕方なかった。

 とにかく俺という男を認めてもらわなくては!


「なあ美咲、俺のカッコ、変ちゃう? 大丈夫やんな? 今日のためにこのスーツオーダーメイドで作ったからな!?」


「いや、だから、全然そんなちゃんとしたカッコちゃうくても……普段着でええと思うねんけど」


「かー! なんでお前はそんな風に俺のことになるとどうでも良くなんねん! お前の両親に認めてもらえんかったらどうすんねん!」


「その辺は心配ないと思うねんけどなあ」


 この興味のなさ! マジで美咲、俺と一緒になる気あるの……?

 一瞬不安になるが、いやいや、こうして親に俺を紹介してくれようとしている美咲が、俺に興味ないとかあるわけないし! おそらく美咲は美咲なりに俺の緊張をほぐそうとしてくれてるんだよな? そうだよな!?


 駅から歩いて十五分ほど。閑静な住宅街の中に、美咲の実家はあった。

 道路に面したところに門があり、門の向こうには5m四方の庭が広がっている。庭の隣にはカーポートがあり、国産車が止まっていた。

 その奥に美咲が生まれ育った二階建ての家が建っている。

 美咲が門を開け、俺の先に立って庭を抜け、家のドアの前に立った。

 ドアを開ける前にちらっと俺の顔を見てから、美咲はドアを開けた。


「お母さん? 私やけど」


 ドアを開けて家の中に声をかけると、玄関を上がったすぐ横にあるドアが開き、女性が出てきた。

 美咲の母親だ。

 年齢なりに少し丸みを帯びた体形をしているが、美人だった。少し近寄りがたそうなはっきりした顔立ちをしている。


「美咲。おかえり!」


 母親がニコッと美咲に笑いかける。笑顔は驚くほど美咲に似ていた。


「お父さん、今二階の網戸直しとるねん、ちょっと待ってな。お父さん! 美咲帰ってきたでー!」


 大きな声で上を向いて父親を呼ぶ。

 それから俺の方をくるっと振り返った。


「うっわー! めっちゃイケメン来たー! え、美咲、どうやってこんなイケメン捕まえたん!? その体の厚み、筋肉やんね!? 本物!?」


 ぶわーっと畳みかけるように話しかけられ、めちゃくちゃ驚く。

 え、この人……マジで美咲の母親!? このテンション。美咲っぽくない……というか、まさに関西のおばちゃんって感じだが……

 俺の反応など一切気にすることなく、はよ上がってー、と言って玄関にスリッパを置き、美咲の母親はドアの向こうへ去った。

 俺は美咲をこわごわと見た。


「……お前の母親、公務員って言うとったやんな……?」


 美咲は肩をすくめた。


「うん。でもあんまり公務員ぽくないやろ? うちの母親、二十代の頃は風来坊で、いろんな職業転々としとってん。それが三十歳近くになって、このままじゃあかん、って思ったみたいで、年齢制限ぎりぎりで公務員試験受けて公務員になったって人やから、あんまりそれっぽくないんよね。職場でもあんまり普通ちゃうから、いろいろ改革しまくって昇進もしまくって、今は近畿地方の局の部長やってる」


「……は!? なにそれ!? え、じゃあお前の父親は」


「うちの父親はもともと土方やってん。でも職場がブラックで、嫌気がさしたから、中途採用試験受けて公務員になって。父親は事務方やなくて、現業系? 現場仕事しとる公務員」


 なんじゃそりゃ!

 俺の想像していた公務員のイメージと違う……!

 いかん、出鼻をくじかれた。真面目で堅い両親だと思って言うこととか態度とかめっちゃシミュレーションしてきたのに、思ってたんと違う!


「美咲、お前、それなんで先に教えてくれへんねん!」


「え? だって聞かれんかったし」


「いや、聞かれんかったしって、お前」


「それにトモも別に興味ないやろ? うちの両親が具体的にどんな仕事しとるかなんて」


「そ、それはそうやけど」


 ここからどうする!? 俺はめちゃくちゃ混乱しながらリビングへ入った。

 こっちでゆっくりしてー、と言われ、リビングのソファに座る。

 必死で今後の行動を考え直そうとしている俺の目に、壁に貼り付けてある額縁が目に入った。


「あ、あれ」


「あ……私の子供の頃の写真。七五三の時のやね」


 思わず立ち上がって、その写真のところへ歩いていく。

 子供の頃の美咲……!

 めっちゃ美少女!

 着物を着て、頭にも飾りをいっぱいつけて、写真館みたいなところで撮った写真。

 写真を撮られることに慣れていないのか笑顔がぎこちないけれど、それでも写真館の店頭に見本写真として飾れそうなくらいかわいかった。

 いや、そりゃ分かってたけど。美咲、めっちゃ美人だし。そうか、子供のころからめちゃくちゃ整った顔してたんだな……


「ふふふー、美咲、かわいいでしょ」


 トレイにコーヒーを乗せた美咲の母親がやって来て、俺の背筋がまた伸びた。


「は、はい、めちゃくちゃかわいいです!」


「やろー? これはモデルにするしかない!? って思ったこともあってんけどねえ。でも美咲、小学生の頃は全然おしゃれとか興味なくてねー。ズボンしか履かへんし、男の子みたいなカッコばっかりしとってんよねえ。それはそれできりっとしてかわいかってんけどねー」


「もう、お母さん、今そんな話せんでええやん」


 美咲が少し拗ねたように口をとがらせる。

 えー、小学生の頃の少年みたいな美咲!? 何それ! めっちゃ見たい……!

 その写真、どっかにないのか、と訊ねそうになったが、すぐにいや違う! 今日の目的はそれじゃないのだ! と思い出した。

 それは、静かな足音と共に美咲の父親が部屋に入ってきたからだった。

 美咲が勢いよく父親の方を振り返った。


「うわ、びっくりした! お父さん、相変わらず足音立てへんね!」


「お前やお母さんが普段からどたどたうるさすぎるんや」


 父親は……一見、普通の人、のように見えた。

 中肉中背という言葉がぴったりの風貌。中年太りはしていない。元土方とか言ってたし、そのせいか?

 母親みたいな豪快なオーラがあるわけでもないし、一応常識人のように見える。

 そうそう、公務員ってこういう感じの人のことを言うんだよな……?

 父親がやってきたので、俺たちは改めてソファに向き合って座った。

 ……やばい……緊張して変な汗が出てくる。

 いや、俺は俺の言うべきことを言うだけだ。

 母親はこう、ちょっと想像とは違っていたけれど、どっちかって言うとこういう場面で俺が受け入れられないといけないのはきっと父親の方だ。

 だから最初に予定していた通りに言う!


「あの! 今日は、ご挨拶に伺いました! 美咲さんとお付き合いさせていただいているのに、今までなにもご挨拶できていなくて申し訳ありません!」


 ここは勢いで乗り切る!

 俺が強い意志を持って、はっきりとしゃべっていれば、きっと口を出せないはずだ!


「突然うかがって失礼を承知でお願いがあります。天嶺トモと言います。俺は、美咲さんと一緒に暮らしたいんです。今日は、二人で一緒に住む許可をいただきに来ました。もちろん、中途半端な気持ちでそう言っているわけじゃないです。美咲さんが大学を卒業したら、結婚したいと思っています。もちろん俺はバレーボールの選手で、将来的にどうなるか分からない不安定な職業だということは分かっています。この先ずっと収入がある保証もありません。でも、もしバレーボール選手としてやっていけなくなっても、美咲さんを苦労させたりは絶対しません! 幸い俺は体力だけはあるんで、土方でもなんでもやって収入を得て、美咲さんを一生養っていく覚悟です。だから美咲さんと一緒にいることを許してください!」


 めちゃくちゃ何回も練習しまくったので、一気にばーっとまくしたてた。

 この俺の説明で、果たして納得してくれるのか……俺は美咲の両親のジャッジを待った。


 父親は、黙ったまま腕を組んで考えるように少し視線を伏せた。

 重苦しい空気が漂う。

 ……え、駄目か!?

 俺のセリフ、どこが駄目だった!?

 緊張しすぎて俺の心臓の音がリビングに響き渡ってるんじゃないかと思っていたら、父親が重々しく口を開いた。


「……美咲はやらん」


 ……え!

 ……え、これ、断られてる……?

 俺じゃ駄目だって言われてるのか!?

 さーっと血の気が引いていく。

 やばい。何がいけなかったんだ。考えないと。それでどうにか説得しないと。

 もちろん、反対されたって美咲と俺の仲が引き裂かれるとは思っていない。別に親に何て言われようと、俺たちが一緒になるって決めたんなら一緒になるんだ。

 でも、親の反対を無理矢理振り切って、親の意向を無視して俺と一緒になったんだという負い目を美咲に感じさせたくない。

 どうしたらいい!?

 俺は呆然としながら隣の美咲に目をやった。

 ……すると、美咲はあきれたような、白けたような視線を父親に向けていた。

 え? 何その表情? 父親に反対されて、ショックを受けてるんじゃないのか?

 するとさらに、美咲の正面……俺の斜め向かいに座っていた美咲の母親から、ぐぐ、と変な喉の音みたいなのが聞こえた。

 え!?

 これはいったいどういう状況なんだ、と俺が混乱していると、突然美咲の母親が、こらえきれないと言った感じで笑い出した。


「……ぶぶ……あ、あかん……お父さん、ほんまにそれ言うたんや……! あんた一回それ言うてみたいって言っとったやんな!」


 更に母親は両手で口を押さえて爆笑した。


「あは、美咲はやらん、とか……ちょっと待って、ツボに入りすぎやわ! 本気でそれ言うとは思わんかったー! それ言うた後、どう収拾つけるつもりやったん? ほんまあほやなあ!」


 父親を馬鹿にしたように笑っている母親を見て、父親は憮然とした。


「おい、お母さん! 笑うん早すぎやろ! ほんまにお前はなんも我慢できへんねんから! もうちょっとタイミング見ろや!」


「いやいや、あんたのそのへったくそな演技見とったら、我慢しろ言う方が無理やって!」


 二人のやりとりを俺はわけが分からないまま眺めていた。

 ……これ、何だ? どういうこと? 結局何がどうなってんだ?

 美咲は苛ついたようにため息をついた。


「んもー、この二人、いっつもこんなんやねんから……。もうちょっと今が真面目な場面やって分かってほしいねんけど。いつもお互いをどう笑わせるかしか考えてへんねんから」


 そうなの!?

 え、じゃあ、父親の美咲はやらんって……あれ、ネタだったの!?

 それなら……えーと、俺は認められてるって思っていいわけ……?

 母親と言い合いをしていた父親が、不意に俺の方を見た。

 はっとして背筋が伸びる。


「で? 天嶺くん。君さっき、『土方でもなんでも』って言うたよね?」


「え……」


 ……あー!

 しくった!

 そうだ、父親は元土方なんだから、俺がバレーで稼げなくなった時に、土方をやってでも美咲を養うって言ったのは……まるで土方を下に見てるような言い方になってたか!?

 クソ、父親が土方だったって情報を知ったのがさっきだったから、用意していたセリフを修正できなかった……!


「あ、違うんです、その、土方の仕事も誰でもできる仕事ちゃうって思ってます。でも俺はその、体格と体力だけは自信があるんで、その簡単やない仕事にも取り組んでいけると思っただけで」


「……そうか。それなら、美咲が欲しいなら俺を倒していけ。立て」


 父親がソファから立ち上がった。

 また母親が爆笑している。

 ……え、マジで言ってる……?

 美咲を見ると、あきれた顔で相手せんでええから、と吐き捨てた。

 母親は手を叩いて爆笑していて、ひたすら状況をおもしろがっている。

 えー、これ、どうすんのが正解!?

 全然分からないが、父親がくいっくいっと俺を手招きするので、とりあえず立ち上がった。

 父親と正面から向き合う。

 ……いや、どう考えても……体格差がありすぎる。俺の方がずっと身長が高いし、体もでかい。

 でもこの状況で、美咲の父親を倒すとかできるか!? 無理すぎる!

 ファイティングポーズをとっている父親を前にして、どうすることもできず立ち尽くしていた俺に、リビングの外から声がかかった。


「……なにしとん、オトンもオカンも。それに美咲」


 このカオスな状況を止めてくれた声。

 リビングの入り口には、これまた屈強な男が腕組みをして立ち、この様子を眺めていた。


「あ、お兄ちゃん」


 美咲が声を上げる。

 お兄ちゃん!?

 この状況で更に新キャラが現れ、俺はますます途方にくれてしまった。


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