なかなおり
突然ゴン、と大きな音がしたので、私はびくっとして顔を上げた。
すると、いつの間にかトモが私の目の前に土下座していた。額をぐりぐりと床にこすりつけている。
「美咲、すまん! マジで悪かった! この通りや、頼む、許してくれ!」
突然のトモの謝罪にものすごくびっくりして、私は大きく瞬きした。
「俺、お前があんまりかっこよくてええ女やからって、浮かれてもて……お前の苦しみに気付いてへんかった。マジでごめん。お前の輝きにばっかり目を奪われて、目くらまして、ちゃんとお前のほんまの姿を見てへんかった。ほんまに反省した。これからはちゃんと心を入れ替えて、どんな小さいことでも、あらゆる障害からお前を守ると誓う! なにがなんでも守る! だから許してくれ!」
……トモって……馬鹿なのに、たまーに突然妙に詩的な表現するよね……?
そして、あまりにあっさりトモが反省してくれたことに私は拍子抜けしていた。
なあんだ、これなら、最初からもっと素直に拗ねていればよかった。
そうしていれば、こんな風に……トモと離れて、寂しい思いしなくて済んだのに。
私は、土下座しているトモの隣に行って座った。
そしてトモの腕にきゅっとくっついた。
「……美咲?」
「トモ……もしかしたら知らんかったかもしれんけど、私ほんまは甘えんぼやねん」
「……へ?」
「だから、最近トモに会えんくって、甘える人おらんくて、寂しかってん。別に私、一人でなんでもできるけど……でも、トモは一生懸命私のこと甘やしてくれようとするやん? 私、それがめっちゃ好きやった。それやのに、最近ずっと一人で……一人きりでおると、心もとなくて……だからトモがおってくれな、私あかんみたい」
ちょっと大げさに言ってるんだけど、これくらいいいかな。
本当は、一人なら一人で結構私は平気なんだけど。おひとりさまの快適さも知ってる。
トモがいると煩わしいことがいっぱいあるなあ、って思うこともある。
でも、その煩わしさ込みで、それでもトモと一緒にいたいと思ったから、一人でいるのは嫌ってことにしてしまおう。
トモがあまりにも分かりやすく私の言動に振り回されてくれるから、調子に乗ってしまうんだよね……
案の定、顔を上げたトモは、大きく目を見開いて私を見た。そして拗ねた表情の私を見ると、目をキラキラ輝かせて、うれしそうに手を広げ、私を抱きしめた。
「美咲、俺もや……! 俺もお前がおってくれなあかん! 美咲がおらん人生なんか生きてる意味ないってずっと思っとった! お前の世話焼いて、喜んでるお前の顔見て、ようやく俺は完全に満たされるねん! あーもう、絶対お前のこと離さんからな!」
ぎゅうっと強く私を抱きしめるトモの力が強すぎたので、私はバンバン、とトモの腕を叩いた。
「ちょ、ちょっと、トモ、痛い」
「あ、すまん!」
トモは慌てて私を抱きしめている腕を離した。……早速離してるし。
でも私はおかしくなってきて、ふふっと笑った。
やっぱりこの暑苦しくてうるさくてめんどくさい人がそばにいる方がいい。ずっといい。
私はトモの首にぎゅっと抱きついた。
トモもしっかりと私の体に腕を回して抱きしめる。……強すぎない力で。
「はー、そしたら……もう、ええんちゃうか?」
「ん? なに?」
「もう俺ら、結婚するべきちゃう? 別に雰囲気のええレストランとか、夜景の見える場所とかどうでもええ。俺は今お前と誓いたい。美咲、結婚しようや」
いきなり!
いや、いきなりすぎる!
仲直りして即プロポーズ!?
ほんとにトモの頭の中ってどうなってんの?
「トモ、私まだ学生やねんけど」
「それなんか関係あるか? お互い成人しとるし、問題ないやろ。俺は毎日お前の顔を見たい。四六時中ずっと一緒にいたい。24時間365日お前の笑顔を見てたいんや」
キメ顔で私に語り掛けるトモにあきれて、私は言葉を失ってしまった。
お、おもー!
やっぱりちょっとめんどくさいな、この人……
うーん、と頭の中でいろいろと考える。
「もう、トモ?」
私は至近距離でトモの顔を見つめた。
「いくら成人してるって言っても、私はまだ両親のすねをかじってる学生やの。だから今すぐ結婚なんて無理」
「だから! もうこれからは、親やなくて俺がお前の面倒見るって!」
「それはあかんの。それはトモの一存で決めることはできへんの。だから少なくとも私が大学を卒業するまでは結婚なんて」
「分かった! そしたら卒業したらやな! 卒業したらすぐ結婚しよう! それで決まりや!」
ああもう、めんどくさい。
とりあえず今はそういうことにしとけばいいか……
「しゃあないなあ。卒業したら、やからね? だからそれまではもう無茶言わんといてよ?」
「言わへん! でも、その代わりっちゅーか……」
「なに?」
「結婚は美咲が卒業するまで我慢する。その代わり、俺ら一緒に住まん? どうせ今やって、この同じマンション内で行き来しとるねんから、一緒に住んでまえばええやん。もう俺は美咲という抱き枕がないと寝られへんねん!」
抱き枕! もうちょっと言い方あるでしょ!
えー、同棲? それ、あんまり結婚と変わらないんじゃ……
私がうーん、と考えている間、トモはずっと私の頭やこめかみ、頬にキスをしていた。
ああ、この甘さ。あんまり考えられなくなりそう。これがトモの作戦なのかも……
「……そしたらそれ、うちの両親がOK出したらええよ」
「え! マジで!?」
「うん」
「よっしゃー! 絶対OKもらってみせる! 俺、それなりにネームバリューあるからな! いけるいける!」
もうすでにOKをもらった気になってガッツポーズをしているトモに、私は冷静な一言を投げかけた。
「うちの両親、公務員やけどね。トモみたいな不安定な仕事の人、信用してもらえるんかなあ」
「……えっ」
トモの動きが止まる。
トモの目が、ゆっくりと私を見た
「こ、公務員?」
「うん。二人ともね」
「……そのパターンは想定してへんかった……!」
トモは真顔になり、ブツブツとつぶやきだした。
「いや、いけるやろ。だって俺やで? 天嶺トモやで? ……しかし、公務員となると……俺みたいな明日をも知れぬアスリートは浮ついとる認定されてまうんか……? そんなはずは! でも待て、お堅い人間は俺みたいなんは毛嫌いしとる可能性もある……どうすんねん、それ!」
あー、おもしろ。




