逡巡
最近、トモの姿を見なくなった。
まあ、当たり前ではある。
当たり前なんだけど……ちょっと違和感もある、というか。
だってあいつ、私がどう思おうと、どれだけトモを嫌おうと、絶対に私に関わり続けてやる、とか言ってたようなやつだし。
でも、それだけ偉そうなこと言ってても、警察まで出されたらさすがにひるんだってことかな。
さすがのあいつも、警察に捕まるなんてことになったら、もうバレーもできなくなるもんね。社会的にやばいことになるって分かったら、簡単に私から手を引くんだなあ。
なんだ。
結局その程度か。
トモがいない生活は、妙にすっきりしていた。
私を煩わせるものが何もない!
少し帰りが遅くなったら連絡しなくちゃ、とか、お惣菜を買って帰ろうかなあ、と思ったけど、トモがごはん作ってるみたいだから、買うのはやめておくか……ってあきらめることがなくなった。
いつも食べていたおいしいお菓子が食べられなくなっちゃったけど、久しぶりに食べるコンビニスイーツだっておいしいし、私は好き。
自分でやった方が早く、好きなものが飲めるのに、いちいちトモにこういう飲み物飲みたいなあ、って頼んだりしなくて良くなったし。
全部自分のリズムで、好きなことができる。
すごく楽ちんで、身軽で、退屈だった。
そんな風に過ごしてしばらく経った頃、バイト中に、ふわ、とあくびが出てしまった。
高校生バイトの紗羽ちゃんが、首をかしげて私を見る。
「美咲さん、ちょっと疲れてます? あんまり顔色良くないかも…」
「え、そう? そんなことないよ。昨日めっちゃ動画見てもて、寝不足やからかなあ」
「そうなんですか? 美咲さんが元気ないと、天嶺さんも心配してまいますよね」
トモの名前が出て、どきっとする。
紗羽ちゃんには……トモと一緒のところ、何度も見られちゃってるもんなあ。
「トモは……別に、会ってへんから私の状態なんか知らんし」
「え? あー、天嶺さん、お仕事が忙しいとかですか? いっぱい試合とかあるやろうし、遠征もあるしなかなか会われへんかったりするんですよね?」
「そういうんやなくて。私、トモと別れたから」
「えっ!?」
紗羽ちゃんはめちゃくちゃ驚いたみたいで、大きな声を出した。そしてすぐしまった、という風に両手で口を押さえた。キョロキョロ周りを見回して、自分の声がお客さんに聞こえていないか確認している。
「あの、え、美咲さん、それ……」
紗羽ちゃんは動揺して視線をあちこちに動かした。
そして助けを求めるように佐久間くんを振り返った。
佐久間くん。……も、紗羽ちゃんと同じ高校生バイトだ。二人は最近付き合いだして、初々しいかわいらしいカップルだった。
佐久間くんも紗羽ちゃんと同じように、驚いたように目を見開いていたけれど、かすかに眉をひそめた。
「高瀬さん、それ……天嶺さんも同じように思ってます?」
「え? 同じようにってどういうこと?」
「あ、いえ、なんでもないです」
佐久間くんはすぐに話を切り上げた。
これはたぶん、追及しても何を言おうとしていたのか教えてくれないな。
まあ、佐久間くんは女子と違っておしゃべりな方じゃないし、恋バナなんて興味ないだろうし。口を挟んで余計なことしちゃった、とでも思ってるのかな。
それ以降、バイトの間中、紗羽ちゃんと佐久間くんは何か言いたそうに私の方をちらちら見ていた。
……うーん、二人に変に心配かけるようなこと言っちゃったかな……
バイトを終えて家に帰ってくると、うちの部屋のドアノブに紙袋がかけてあった。
……またか。
ここ数週間、何度か同じようなことがあった。
夜帰ってきた時や、もしくは夕方帰ってきた時は何もなくても、翌朝家を出る時にそれがあることに気付く。
マンションの、私の部屋のドアノブに紙袋がひっかけてあった。
中に入っているのは、真っ赤なバラの花一輪と、小さな缶。
すぐに分かった。トモだ。
だって、缶の中にはお菓子が入っていたから。
どこか…デパートかどこかで買って来てるんだろうなあ。大きい缶じゃなくて、小さい缶に、クッキーやチョコレートがいくつか入っている。
それから、バラの花。
……これ、何なんだろう? 何かのメッセージ?
面と向かって届けに来るわけじゃない。私の知らない間にそっと置かれている。
毎日じゃない。週に一回とか二回。全然置かれていない週もあった。
どういうことなんだろう?
ご機嫌取り? それとも私の栄養状態を気にして……ではないよね、さすがに。
こんな、バラの花なんて一輪でも高いだろうに。お菓子だって、小さな缶だけど、こんなにしょっちゅう買ってたらきっと結構な額になる。トモにとっては大したことない金額なんだろうけど、貧乏学生の私からすると、どうしてそんなことにお金をかけてるの? って思ってしまう。
それに、こんなに何度も花やお菓子を送ってこられても……
花は枯れちゃうし。お菓子はこんなにいつも食べてたら太っちゃうし。
でもわざわざ返しに行くのは嫌だった。そしたらトモに会わないといけなくなる。
会いたくない。
会うのが怖い。
トモに会って、自分がどんな気持ちになるのか、分かるような、分からないような。
それが自分の中ではっきりするまでは、トモに会うわけにはいかない、と思っていた。




