トモなんていらない
「ええか、お前が持っとる服の中でいっちゃんきれいなかっこしてこいよ! 最大限めかしこめや!」
「ええー……なんで」
「なんでも! 絶対やからな!」
そうトモに主張され、私たちはマンションの前で待ち合わせることになった。
なぜわざわざ待ち合わせ?
私たちは同じマンション(の違う部屋)に住んでるんだから、どっちかがどっちかを迎えに行けばいいのに。
でもトモは待ち合わせするんだ、と主張した。
めちゃくちゃそわそわして力が入っているトモを見て、うーん、と考える。
これ……もしやトモ、プロポーズしようとしてる?
いやいやまさか。私まだ大学生だし。さすがに早いでしょ。
でもおめかしして外にご飯を食べに行くって言ったり、普段と違ってわざわざ待ち合わせをするって言ったり、妙に落ち着かないトモを見ていると、もしかして……と考えてしまう。
ま、私は学生だけど、トモは社会人だもんね。
あんまり状況とか考えずに突っ走るトモならありうるかも。
もしプロポーズだったらどうしよう。
そりゃ、大好きな恋人からプロポーズされるなんて、うれしいに決まってる。
でも、私は学生だし、それ、いつするつもり? って思うし。私が大学を卒業してからの話なら、わざわざ今そんな話する必要ないような気もする。
いや、トモのことだから、勢いで指輪とか買っちゃって、その流れで、とかあるかも。
うーむ。
クローゼットの服を見て考える。
おめかししろ、なんて言われても……
貧乏学生の私が、そんないい服持ってるわけないし……
かろうじてワンピース? と思って、あまり着ていないかわいいワンピースを手に取る。
これに以前トモがサプライズでくれたネックレスを合わせたら…と思ったけど、すぐに思いとどまった。
こんな安っぽいワンピースに、あんなダイヤとプラチナのネックレスなんて合うわけがない。
うーん、無理だ。おめかしって言ったって、普通のワンピースしか私は持ってない。
だからまあ、これでいいや。
ワンピースを着て、ヒールのある靴を履いて部屋を出る。
ヒールの靴って歩きにくい。でもワンピースに合わせたらこれしかなかった。
エレベーターに乗って一階に降りる。
エントランスに出ると、マンションの前にすでにトモが立って待っているのが見えた。
おおー、トモもちゃんとしたかっこしてる!
普段はジャージとかTシャツとか、すぐにトレーニングできます、みたいな格好なのに、今日はジャケットを着ている。何だかめちゃくちゃ普通の、落ち着いた大人の人に見えるっていうか……知らない人みたい。
ちょっとかっこいいな、と思ってしまう。
こんなよそ行きの格好して……いったいどこに行くつもりなんだろう?
今日のデートプランは全部トモ任せだから、どこに食べに行くのかも知らないや。
まあいいか、と思ってエントランスを出て、あれっ? と思う。
トモはマンションの前で、誰かと話していた。
「だーかーら! なんでお前がここにおんねん!」
「別にええやん。久しぶりにどうしとるんかなーって思っただけやん。そのカッコ、どっかに出かけるん? それとも帰ってきたところ? 帰ってきたんやったら私もトモの部屋で休ませてよ」
「ふざけんな! なんで……」
そこでトモが私の存在に気付き、はっと振り返った。
私はトモと、トモの向かい側に立っている女性をじっと見た。
……めっちゃ派手な女性。長い髪をぐるぐる巻いて、つけまつげしてるのかな? ってくらいまつげが長い。化粧も濃いなあ。それからめちゃくちゃ香水つけてるのか、強烈な甘ったるい匂いもする。
まあでも、かなり美人だった。背が高くてスタイルがいい。モデル?
私と目が合ったトモは、慌てたように私に向き直った。
「あ、美咲。ちゃうねんこれは」
「へえ、この子が新しい彼女? えらいしみったれた感じの子やん」
女性が私に近付いてきて、頭の先からつま先まで値踏みするようにじろじろ見た。
しみったれた……
そりゃそうだ。私、貧乏学生だし。この女性は稼いでるのか男に貢がせてるのか知らないけど、お金は持っていそうだなあ。身につけているものが派手で高そうだもの。
そりゃ、この人から見たら、こんなペラペラのワンピースなんか着てる私なんて、ダサくて仕方ないだろうなあ。
まあでも、こういうこと言われておとなしく黙りこくっている私ではなかった。
私も彼女と全く同じような視線で、彼女の全身をじろじろ見回した。
「へえ、これがトモの元カノ? 趣味悪かったんやね。目が覚めて良かったね、まともになって」
私の言葉を聞いた女性は眉を上げた。
「は? なんなんこのクソガキ」
「へえ、大人やのに汚い言葉使うんや。あなたの親、泣いてるんちゃう? しかもあなた、めっちゃくさい。加齢臭ごまかしてるん? この強烈な香水のにおい。くさくて鼻が曲がりそうやわ」
女性は目を見開いてものすごい顔で私を睨んだ。
うわ、せっかくきれいにお化粧してるのに、台無しだなあ。そんな顔、トモの前で見せていいんだ。
私みたいな子供の前で取り繕うこともできないこの女性が哀れに見えて、私は鼻で笑った。
その瞬間、私の頬が燃えるように熱くなった。
女性が私の顔をひっぱたいたのだ。
あーあ。
心の中で舌打ちする。
こんなところで……道端で、女同士の争いなんて。めちゃくちゃみっともなくない?
どうして私がこんなことしないといけないわけ?
この女性にもだけど、トモに対しても私はめちゃくちゃ腹が立ってきた。
私の頬はじんじん熱かったけど、私は女性を真正面からじっと見据えた。
この人は、女性だ。
私がどうしたって力ではかなわない男じゃない。
だから私だってこの人を痛めつけることができるはず。
そう判断した私は思い切り女性のすねを蹴飛ばした。
「きゃあ!」
女性が情けない声を上げる。
何がきゃあ? そんな軟弱な声を上げるような女じゃないでしょ、あなた。
よろめいた女性から私はトモに視線を向けた。
トモは私に睨まれて、びくっと体をすくませた。
なんて頼りにならない男。
私は何も言わずにエントランスを入り、エレベーターに向かった。
エレベーターに乗り込むと、トモが私を追いかけてきたので、高速で閉じるボタンを押して絶対にトモを中に入れないようにした。
ああ腹が立つ。
私はまっすぐに自分の部屋へ向かった。振り返らずに自分の部屋に入って、ドアに鍵をかけた。
私が部屋に入って数分後、インターホンが鳴り響いた。
トモだった。
「おい美咲、開けてくれ」
ドアの外から中に向かって語り掛けるトモの声が聞こえる。
図々しい。
この状況で、よく私にそんなこと言えるな、この人。
私が無視していると、トモは何度もインターホンを鳴らし、扉をガンガン叩いた。
「美咲、おい、美咲!」
本気でやめてほしいんだけど。近所迷惑!
私は扉のチェーンをかけたまま、鍵を開けて薄く扉を開いた。
「うるさい。静かにして。周りの人の迷惑って分からんの?」
「いや、だってお前……」
「今トモの顔見たくない。ていうか、もう一生見たくないからどっか行って」
「は!? なに言ってんねん! いや、さっきのは、その、悪かったって! マンションの前でお前を待っとったら、いきなりあいつがやって来て」
「うるさい。トモ、女の趣味悪すぎ。なんなんあの人。なんで私はあの人に叩かれなあかんかったん?」
思い返すと更に腹が立ってきた。
だいたいどうしてトモは何も言わなかったわけ!? 私を助けることもせずに、ただ見てるだけとか。ありえない!
「いや、それはマジで悪かったって。頼む、機嫌直してくれ」
何を言われても火に油だ。トモに対して激しい嫌悪感が湧き上がってくる。
私は一度自分の部屋に入った。
まっすぐに棚の一角に置かれた箱に向かう。
箱を手に取り、ふたを開けた。
中には、黒い光沢のある布の上に、トモにもらったネックレスが輝いていた。
この布、わざわざ高いのに、ちゃんとした布を買わなくちゃって思って、奮発して買ったんだ。ただこのネックレスを乗せてしまうためだけに。
なんて無駄なことをしたんだろう。
私は乱暴にネックレスを手に取り、玄関に向かった。
一度扉を閉めてチェーンを外し、再び扉を開ける。
目の前には、ジャケットを着て……私なんかよりよっぽどちゃんとした格好のトモが不安そうな表情で立っていた。
「美咲?」
私はトモの胸にバン、とネックレスを突きつけた。
「いらない、これ。返す」
「え」
「換金するなり返品するなり捨てるなり好きにすれば? 私はいらない」
「美咲」
「はっきり言わんと分からん? あんたとは別れる。私を守る気もないような男、いらんねん。二度と私に連絡してこんといて」
呆然とした表情で立っているトモを無視して扉を閉め、チェーンをかけしっかりと鍵を閉めた。
とにかくイライラする。
やっぱり、どう考えたってトモと付き合うのなんて無理に決まってたんだ。
普通に住んでる世界が違うし。
私はもっと地道に、質素に毎日を過ごしている男の人がいい。
トモなんていらない。




