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昼下がりのkamome café  作者: はる
kamome caféの紗羽
3/6

謎の男性

 ゆっくりゆっくりティラミスを食べて、ティーラテを飲んだ。

 今まで食べたどんなケーキよりおいしくて、このティラミスを作った熊田さんは天才なんじゃないかと思った。

 ティーラテも……私がこの世で一番好きな飲み物だなあ。あたたかいティーラテでお腹があったまって、私はふわふわした気持ちになっていた。

 しん、と静まり返った休憩室の中で、熊田さんにどんな風にティラミスのおいしさを伝えよう? と考えていると、突然休憩室の扉がバン! と勢い良く開いた。

 私がびくっとして跳びあがると、休憩室の中に男性が入ってきた。

 ……え?

 バイトでも……社員でもない。ていうかこの人、お店の中にいた、お客さんじゃ……?

 そうだ、すごく体が大きくて、迫力があって、サングラスをかけた怖い雰囲気の人。でも何ていうか、すごいオーラがあるっていうか……思わず視線を奪われてしまうような雰囲気のある人だった。

 どうしてその人が休憩室に!?

 私が驚いて目を見開いたままその人を見つめていると、彼は休憩室の中をぐるっと見渡してから、当たり前のように私の方へ歩いてきて、テーブルを挟んで私の向かいにある椅子に座った。

 椅子がギシ、と音を立てる。

 私は思わず椅子に座ったまま後ずさった。

 あの、普通に怖いです。従業員用の休憩室に、お客さんが普通に入ってきて、何食わぬ顔で椅子に座っている。

 しかもそれが、体の大きな、サングラスをかけた得体のしれない男性!

 もう、今日はわけが分かんない……! どうして私、連続で怖い思いしてるの!?

 その男性は、私の表情をうかがった後、さっとサングラスを外した。

 う。サングラスがなくても、この人、目力があって怖い……!


「なんやあんた、俺のこと知らん?」


 まるで知り合いに対するように男性が私に言う。

 ……え?

 いや、もちろん知らないけど。こんな知り合い私にはいない。絶対。

 でもこんな言い方するってことは……この人、もしかして有名人?

 それならちょっと納得かも。このよく分かんないキラキラしたオーラがある感じとか、迫力があるのとか、芸能人とかそれ系の人って考えたら分かる……ような気がする。

 でも私、あんまり芸能人とか詳しくないし分からないよ……!

 私は肩をすくませたまま、ぶるぶる、と首を横に振った。

 私の反応を見て、男性はガリガリと頭をかいた。


「なんやそっかー。俺もまだまだやなー。もっと頑張って知名度上げんとあかんな」


「あ、あの、ごめんなさい……知らなくて。それから、あの、ここ、従業員の休憩室で……お客さんは入ってこられたら困るんですけど……」


 勇気を振り絞ってそう言うと、男性ははは、と声を出さずに笑って足を組んだ。


「いや、俺、ここに行っとけってこの店の人に言われたから来てん。まあ俺、それなりに有名やから。あんまり騒ぎになっても困るからな」


 私はよく意味が分からなくて困ってしまった。

 お店の誰かがこの人を休憩室に来させたの? どうして? 騒ぎって何?

 そこではっとした。

 ……あれ? 私がお客さんに怒鳴られている時、私とお客さんの間に割って入ってきた大きい人って……

 もしかして、この人?

 この声の感じとか……体の大きさを考えても、そうなのかもしれない。

 どうしよう。この人に聞いてみる?

 でもよく分からない人にそんな質問するのも……

 今日はすでに男性客に怒られて怖い思いをしている。そんな私が、更に現れた別のよく分からない人にこれ以上話しかけるのは無理だった。

 私はそのまま黙ってしまった。

 男性も、それ以上私に何か言ってくることはなかった。

 けだるそうに椅子に座って足を組んだまま、携帯を取り出していじっている。

 ……う、沈黙が重い……

 えーと、もうバイトも終わる時間だし……着替えて帰ろうかな……

 私が立ち上がろうとしたところで、また休憩室の扉が開いた。

 今度は、入ってきたのは佐久間くんだった。

 佐久間くん……!

 この状況で知っている人が現れてくれたことに心からほっとする。

 佐久間くんは、私と、休憩室の中にいる男性を見て一瞬立ち止まった。

 でもすぐに気を取り直したように私の方を見た。


「佐伯さん、おつかれさまです」


「佐久間くんもおつかれさま。もう終わり?」


「はい。大丈夫でした?」


 大丈夫。って……

 それは、あのお客さんに怒鳴られたこと、言ってるよね……

 私は全然大丈夫じゃなかったけど作り笑いをした。


「う、うん。佐久間くんもごめんね、私のせいでトラブルになってもて」


「いや、俺は別に。変な人に絡まれて災難でしたね」


 佐久間くんはすぐに男性更衣室の方に歩いていった。

 更衣室のドアを開けようとしたところで、私の方を振り返った。


「佐伯さん、ちょっとそこで待っててもらっていいですか? すぐなんで」


「え?」


 私の返事を聞かずに佐久間くんは男性更衣室の中に入っていってしまった。でもほんの十秒ほどでまた出てきた。

 私のところに歩いてきて、小さい袋をテーブルに置いた。


「それあげます」


「え? なに? これ」


「俺の弟がめっちゃ気に入ってるグミです。なんかそれ食うと気分がすっきりするらしいですよ」


 グミの袋と佐久間くんの顔を交互に見る。

 え、これ……

 もしかして佐久間くん、お客さんに怒られて落ち込んでいる私のこと励まそうとしてくれてる……?


「そんじゃおつかれさまです」


 佐久間くんはすぐに更衣室に戻ってしまった。

 えー……

 すごい。え、これ、ほんとに? みんな、私を慰めて励ましてくれてるの?

 怒られて、縮み上がって、真っ黒になっていた気持ちが、少しずつ洗われてふわふわの軽い綿になっていくみたいだ。

 どうしてみんな……ここの人たちは、こんなに優しいんだろう。

 私は佐久間くんがくれた小袋の中から、グミを一つ取り出して口に入れた。

 途端にものすごい刺激が来て思わず目をぎゅっと閉じて口をすぼめる。

 めちゃくちゃすっぱい……!!

 な、何このものすごいすっぱさ! 私が普段食べている、甘いグミとは全然違う!

 あ、そっか、佐久間くん、弟が好きなグミって言ってたよね……

 確かに男子ってこういう変わったグミ、好きだよね。みんなおもしろがって食べてる。

 そういうことかあ……

 でも確かにさっきとは全然気分が変わっちゃった気がする。

 おそるべし、すっぱいグミ!

 何だかおかしくなってきて、ほんの少し笑っていると、突然私の前に座っていた男性が腕を伸ばして天井を見上げた。


「うひゃー、これがアオハルってやつか! まぶしくて失明しそうや!」


 大きな声にびくっとする。

 そうだ、私の前にはこの見知らぬ有名人が座ってたんだった。

 男性は両手を頭の後ろで組んで、椅子にもたれかかった。


「あのボウズ、あんたに気あるんちゃう? ガキンチョってこうやんなー。分かりやすく女にアピールとかこっぱずかしくてできへんから、ごまかしながらなんかしてくるねんよな」


 この人、佐久間くんが私のこと好きって勘違いしてる?

 いや、全然違うし……佐久間くんは美咲さんのことが好きなんだけど。

 これ、佐久間くんの名誉のためにも否定した方がいいのかなあ、と思っていると、また休憩室の扉が開いて美咲さんが入ってきた。


「紗羽ちゃん、どう? ちょっと元気になった?」


 美咲さんが入ってくると、男性はぐるん、と大きく首を回して美咲さんを見た。

 でも美咲さんは、思いっきり見られているのに男性を完全に無視して私の方に歩いてきた。


「あ、美咲さん……」


「食べ終わってたら食器回収しようと思って来てん。もうお店、落ち着いたから大丈夫!」


 すると今度は男性更衣室の扉が開いて、学校の制服に着替えた佐久間くんが出てきた。


「高瀬さん、おつかれさまです。もう終わりですか?」


 佐久間くんが美咲さんに尋ねると、美咲さんは首を横に振った。


「まだやでー。私今日ラストまでやもん。空いた食器下げに来ただけ」


「あ、そうだ、高瀬さんがバイト来る前にオーナーが来たんですよ。それで……」


 美咲さんが話を聞こうと佐久間くんに近付く。けっこう顔を近付けるので、佐久間くんが少しひるんで後ずさる。美咲さんは気にせずさらに佐久間くんに近付いた。その二人を男性がかみつきそうなめちゃくちゃ怖い顔で睨んでいた。

 ええ、待って、この男性、ものすごく怒ってない……?

 美咲さんと佐久間くんが顔を近付けて話しているのを貧乏ゆすりしながらにらみつけていた男性は、耐えきれなくなったように声を上げた。


「おい、美咲! いつまで俺を無視すんねん!」


 えっ?

 私は驚いて二人の顔を交互に見た。

 ……この男性、美咲さんの知り合いなの……?

 美咲さんはちらっと男性を目だけで見た。


「見て分からん? 私今、仕事中。トモの相手しとる暇ないねん」


「誰がこの女助けてやったと思っとるねん!」


 男性が私を指さす。

 え。……ということは……やっぱり、あのお客さんと私の間に入ってくれたのって、この人?


「は? それとあんたが私の仕事の邪魔するん、なんの関係があるん? あんたは私の邪魔をするために紗羽ちゃんを助けたん?」


「んなわけあるか! あのジジイがうっとおしかったから撃退しただけや!」


「そうやろ? 別にトモは紗羽ちゃんを助けようとしたわけちゃう。ただあのお客さんが気に食わんかったから追い出しただけやろ? それやのに恩に着せようとするなんて、めっちゃしょぼい人間やんね?」


 美咲さんが男性に向かってずばずば言っているのを見て私は驚いた。こんなにはっきりと言う人だったんだ……! しかもこんなに大きくて怖そうな男の人に。

 するとそれまでものすごい目で美咲さんを睨んでいた男性は、突然情けない顔になって美咲さんにすがるように話し出した。


「マジでお前、勘弁してくれよ! 俺は遠征でくたくたなんや! でもお前に会いたいばっかりに無理矢理今朝一番に帰ってきたのに、お前は大学があるからっておらんくなってまうし。そんなら大学終わったら、と思っとったら、今度はバイトがある!? 俺がどんだけお前に会いたかったんか分かってへんやろ! ええ加減にせえ! 俺を癒してくれ!」


 切実に訴える男性の言葉を、私は目を丸くして聞いていた。いや、私だけじゃない、佐久間くんもたぶん私とまったく同じような表情をしていたと思う。

 ……え、ということは、この人……

 私と佐久間くんを見て、美咲さんは申し訳なさそうに笑った。


「あー、なんかごめんね? 見苦しいところ見せて。この人、私の彼氏やねん。なんか今疲れて錯乱してるみたいやけど」


「誰が錯乱や! 俺はめっちゃ冷静でまともやっちゅーねん!」


 すると、佐久間くんが数歩、男性のそばに近付いた。そして男性の顔を覗き込む。


「……もしかして……スカイサンダーズの天嶺さん……ですか?」


「え、佐久間くん、この人知ってるん?」


 私が驚いて佐久間くんに尋ねると、佐久間くんは私を振り返ってうなずいた。


「たぶん……スカイサンダーズの天嶺トモさんやったら、かなり有名な人やと思う。日本代表にもなってる、プロのバレーボール選手やないかと」


「えっ?」


 芸能人じゃなかったんだ!

 プロのスポーツ選手?

 ……そんな人が、美咲さんの彼氏?

 この目の前のいかつい男性と、華奢な美咲さんが恋人同士だというのが、私の中でなかなか結び付かなかった。


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