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昼下がりのkamome café  作者: はる
紗羽の恋
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26/42

突然の告白

 大慌てで着替えて休憩室に戻ると、すでに着替えを終えた凪くんがリュックを背負って立ったまま携帯をいじっていた。

 急いだけどやっぱり私の方が遅かった……!

 私がしょぼん、としていると、全然気にしていなさそうな凪くんが、行きましょうか、と歩き出した。

 二人でカフェを出て、駅の方へ歩き出す。

 私は空に向かってはあ、を大きく息を吐きだした。


「今日最後の方、ちょっと忙しかったねえ」


「けっこうどのお客さんもオーダーが多かったですよね。お店の売り上げ的にはいいんでしょうけど」


「私、いつもオーダーが多いと慌てちゃって、お客さんに置くフードとかドリンク間違えちゃいそうになるねんよね」


「それ、俺もありますよ。お客さん複数いて、一人の人にコーヒー出そうとしたらあれ? って顔されたら、あー間違ってた、ってもう一人の方に何食わぬ顔して置いてます」


「え、そうなん!?」


 凪くんの顔を見て思わず笑ってしまう。

 その場面が想像できた。

 しれっとして、最初から間違えてませんでしたよ? って顔してドリンクをテーブルに置いてる凪くんの姿!


「あは、凪くんけっこうポーカーフェイスやから、間違ってもバレなさそうなんええね! 私はすぐ顔に出てまうから……」


「そうですね、紗羽さんは分かりやすいと思います」


 う。

 そうだよね……

 自分でも分かってるけどね。すぐ顔に出ちゃう。


「だから一ノ瀬さんとなにか企んでるのもすぐ分かりましたよ。どういう内容かまでは分かりませんけど」


 どきーん! と心臓が跳ね上がった。

 こういうところが分かりやすすぎるんだよね、私……

 冷静に返そうと思っているのに、声が上ずってしまう。


「あ、あの、言っとくけど、絶対に凪くんをからかったりとかしてたんちゃうからね!? それだけは絶対違うから!」


 必死で、凪くんに追いすがるように言ってしまう。

 私の勢いに凪くんは驚いていた。


「え、いや別に、からかわれてたとかは思ってませんけど」


「ほんまに!? 絶対に違うからね!?」


「わ、分かりました」


 とりあえず、変な誤解だけはされていないらしいので、私はほっと胸をなでおろした。

 凪くんに、そんな……私と一ノ瀬さんで、結託して凪くんを笑ってたなんて思われたらショックすぎる。

 ……でも、どうしてそこまでショックだと思うんだろう?

 私、何に引っかかってたっけ?

 ……凪くんに、『二人して』って言われて……

 私と一ノ瀬さんが、凪くんに隠れて仲良くしてると思われたのが嫌だったの?

 いや、別に同じバイトの人だし……だから二人で話すことだってあるし……今の凪くんと私みたいに。

 じゃあ逆に、もし私がバイト先の他の人に、『凪くんと二人して楽しそうにしてたね』って言われたとしたら、ショックを受けたりする?

 ううん、何も、全然、ショックじゃない。

 むしろ、凪くんと二人して……って言われたら、私たちが仲良しって思われたのかなってちょっとうれしくなるかもしれない。

 これって……

 これって、もしかして。


「……で、結局一ノ瀬さんとなにを企んでたんですか?」


 私が自分の考えに耽っていると、突然凪くんがそんなことを言いだすものだから、私ははっとして肩がすくんだ。


「え? え……別に、なんも……企んでなんか」


「ごまかしても無駄だと思いますけど。言ったでしょ、紗羽さん分かりやすいし」


 凪くんの言葉に慌てる。いやいや、いくら私が分かりやすいからって、考えてること全部筒抜けってわけじゃないでしょ!?


「べ、別にそんな……な、凪くんやって、美咲さんと二人して……どっか出かけてたりしてたんやろ? だから私が一ノ瀬さんとなに話してたって……関係ないやん」


 うわあああ、混乱してしどろもどろになりすぎて、また言わなくていいこと言ってる……!

 私の言葉を聞いた凪くんは、え、と言って立ち止まった。


「あれ、知ってたんですか? 俺が高瀬さん経由で、天嶺さんの知り合いのトレーナーの人に会いに行ったの。なんか未練がましいしかっこ悪いからあんまり言いふらしてほしくなかったんですけど。でもお願いしたのはこっちだから、あんまり口止めとかもできなくて」


 え……?

 どういうことだろう、と私も立ち止まって凪くんを見つめた。


「故障して、陸上辞めたの自分やのに、もしかしたら復帰できる可能性あるんかなあ、なんて未練がましく思って、そういうリハビリ専門の知り合いの人がいる天嶺さんに頼んで会いに行ったりしてたとか……そんなんかっこ悪いじゃないですか。すっぱりあきらめたつもりやったんですけどね」


 そう話している凪くんの表情を見ていると、あきらめきった人の顔には見えなかった。

 まだ……陸上やりたいんだ。


「俺はまだ16やし、いくらでも取り返しがつくとは言ってもらえましたけどね。……でも、その人に会って、自分の中でケリがついた気がします。陸上にまだちょっと未練はあるけど、忘れられそうかなって今は思ってます」


「え、なんで?」


 どうしてそんなに未練があるのに、取り返しがつくのに、大好きな陸上をあきらめないといけないの? 凪くんの言葉が私には全然理解できなかった。


「なんでって」


「だって、ちゃんとまた陸上……高跳びできるんやろ? それやったらあきらめる必要ないやん。そんなに好きなんやったら続けたらええやん。なんで辞める必要あるん?」


「えーと」


 凪くんは少し考えるように視線を巡らせた。


「ほら……今日やって、バイト中、紗羽さん、めっちゃ俺の仕事ぶり褒めてくれてたでしょ。だからバイトもやめられへんし」


「それは!」


 それはそのとおりなんだけど!

 まさに私は、凪くんにバイトを辞めてほしくないから、あんな風に言ってたんだけど!

 でも……でも、今の凪くんを見ていたら、それが正解なんて思えない。


「そんなん……そらそうやよ。私、凪くんにバイト辞めてほしくない。陸上をまた始めたら、凪くんはバイト辞めてまうやろ? そんなん嫌やもん。私、ずっと凪くんと一緒に働いてたい。帰り道にこんな風に話したい。だから凪くんがバイト辞めたくないって思ってくれるようにって……そんな風に思ってた。だって一緒におりたいもん。ずっとしゃべってたいもん。でもそのせいで凪くんが好きなこと諦めなあかんのやったら、そっちの方が嫌や。だってめっちゃ高跳び強かったんでしょ? もっと跳びたかったんでしょ? 続けられる可能性があるんなら、絶対続けるべきなんちゃうの? 好きなことに必死で向き合ってる凪くんの姿やって私は見たいと思うよ」


 畳みかけるように必死で話していたけれど、あれ? これって私……もしかしてものすごいこと言ってる!?

 驚いた顔で私の言葉を聞いていた凪くんは、やがてさっと顔を赤くした。


「え? いや、あの、紗羽さん、それじゃまるで告白……」


「そうやけど! 悪い!?」


 うわああー! 私は何を言ってるの!?

 意味が分かんない!

 どういうこと?

 もしかして、もしかしたら、私って凪くんが好きなの……? と思いかけたところで、勢いのままこんなこと言ってしまってる!

 いやいや、告白って!

 凪くんもそんな直球で返す!?

 そしてそれをそのまま『そうやけど』って返す私もどうかしてる!

 引っ込みがつかなくなって、手をぎゅっと握りしめたまま突っ立っている私を見て、凪くんが小さく息をついた。


「……いや、なんも悪くないです」


 その後、思い出したように少し笑った。


「紗羽さん、なんかびっくり箱みたいですね? 思いもよらないようなこといきなり言いだしたりして。でも全然嫌じゃなくて、力づくでこっちの気持ちも揺らされるみたいです」


「えっ……あ、あの、いきなりごめん、その」


 凪くんがいつも通り落ち着いた口調なので、一瞬興奮状態になっていた私の気持ちもぷしゅー、と空気が抜けるように落ち着いていってしまった。

 そうなると今度は羞恥心が襲ってくる。

 ああもう、私は何てこと言ってしまったの……! 恥ずかしくて死にそう。


「謝らなくていいです。紗羽さんの気持ちはうれしかったので」


「え……」


「そしたら俺ら、付き合いますか?」


 まるでじゃあ帰ろうか、というような口調で凪くんが言うので、私は意味が分からなくてえ? と聞き返した。


「俺も紗羽さんと話してると楽しいので。付き合えばもっと楽しいかと思って。嫌ですか? そういう意味で告白したわけじゃない?」


「えっ!? え? あ、いや、えーと、そういう意味……? です……?」


「じゃあ、これからよろしくお願いします」


 凪くんが差し出した手を、私はよく分からないまま握り返した。

 え? 握手?

 凪くんの手は熱くて、大きくて、骨ばっていて、少し汗ばんでいた。

 男の人の手だ。


「そしたら、紗羽さんに、言ってなかったこと教えます」


 凪くんは穏やかな表情を変えずに、落ち着いた口調で続けた。


「……言ってなかったこと?」


「はい。うち、父親がいないんです。家族は母親と俺と弟の三人。と言っても別に苦労したとかなにもないんですけど。母親はバリバリ働いてるんで、経済的にも貧しいとかないし。そうは言っても、運動部やってると、やっぱり金かかるんですよね。シューズもすぐ駄目になるし、遠征もしょっちゅうあるし。天嶺さんに紹介してもらって、リハビリ専門のトレーナーの人に会って、もしかしたら復帰できるかも、って思ったんですけど、定期的にその人に見てもらったりすると、それこそバイト代で賄えるレベルじゃないような金がかかるんです。さすがにそれを母親に負担させたくないってのがまず俺が思ったことで。それならまだ俺より可能性がある弟に金をかけてほしい。それが俺が陸上をきっぱり諦めた本心です。だから俺は陸上はやりません。バイトも辞めません」


 私の目を見て穏やかに話す凪くんを見て、私はまだ全然凪くんのことを分かっていなかったんだと思い知らされた。

 ただの、落ち着いていて、おもしろい、弟想いの高校生じゃなくて……

 もっともっと深い。

 私が特に深く考えることなく過ごしている日常を、凪くんは、いろんなことを考えて、行動して、飲み込んで、決意して過ごしているんだ。

 でもそれを表に出すことはない。

 私の前では普段通り、抱えているものなんて少しも感じさせない、普通の高校生の姿を見せている。

 付き合うことになったから……初めて、私に少し、内面を教えてくれた。

 ……そして、そんな凪くんを見て、私ははっきりと自分が恋に落ちていくのを感じた。


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