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昼下がりのkamome café  作者: はる
紗羽の恋
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24/42

バイト仲間

 今日は薄曇り。でも海上は晴れているようで、窓越しにビルの隙間から海がキラキラ光っているのが見える。

 カフェを出て、もうちょっと西の方に進めば海岸があるけれど、今日は砂浜を散歩するのもいいかもしれない。

 私はバイトだから行かないけどね。そしてバイトが終わってからも、外は真っ暗だから、そんな時間に海岸なんて怖くて行けない。

 今日のバイトは、美咲さんも凪くんもいなかった。二人ともいないのって珍しい。いつもどちらかはバイトに入ってるイメージだったから。

 代わりに今日は、フリーターの海野さんと山並さんが入っている。二人は今日、開店から閉店まで、通しで入ってるんだって! すごい……!

 私もそのうち、土日なんかの休日だったら、丸一日入ってくれる? って聞かれたりするようになるのかな? まだレジを閉めたりしたことないから、それは無理かなあ……


「紗羽ちゃん、休憩行ってきな」


 一ノ瀬さんが声をかけてくれる。

 それからカウンターにラテが入ったカップを置いてくれた。


「ありがとうございます」


 私はカップを受け取って、休憩室へ向かった。

 休憩室に入って、壁沿いに置かれたテーブルにカップを置く。

 椅子に座って、靴の中で足の指をちょっと動かしてほぐした。

 美咲さんも、凪くんもいないとつまんないな。

 ……あ、ううん、一ノ瀬さんがいるから。それだけでうれしい。

 そう思っているのは本当なのに、以前よりその気持ちが小さくなってしまったような気がする。

 カップを持ち上げて、ラテを口に含む。

 コーヒーじゃなくて、紅茶のラテ。コーヒーが苦手な私のために、一ノ瀬さんがこっそり紅茶に代えてくれている。

 すごくうれしいのに、今は何だか申し訳ないような気がしてしまう。

 私のためにわざわざ紅茶を入れてくれてるの……それっていいのかなあ。別に頼んだわけじゃないし、一ノ瀬さんが好意でやってくれてるのは分かってるけど……

 ずっとこんな風にしてもらうのも悪いよね。

 私がうだうだ考えていると、ドアが開いて一ノ瀬さんが入ってきた。


「あれ? どうしたんですか?」


「俺も休憩。ちょうど今フード全部出し終わって、このあとちょっと時間できそうやから早めに来てん」


「そうなんですね」


 一ノ瀬さんと一緒に休憩……!

 めちゃくちゃ大イベント!

 私は緊張してしまい、姿勢を正して座りなおした。


「いや、そんなかしこまらんくても。休憩やねんから。俺がおったら邪魔かな」


「まさか! あんまり誰かと一緒に休憩に入ることがないから、えっと」


「あー、それはそうやんな。だいたい順番に休憩取るもんな」


 ええー、これ、どうしたらいいんだろう。

 えっと、当たり障りなくて、でも楽しくなるような話題って……何かある?

 どうしよう、と思いながら、間を持たせるために私はカップを持ち上げてラテを飲んだ。

 ……あ。


「……あの、一ノ瀬さん、いつもティーラテにしてくれてありがとうございます」


「え? あれ? ばれとった?」


「さすがにコーヒーと紅茶の違いくらい分かりますよ!」


「はは。紗羽ちゃん、コーヒー苦手やって言うとったから。休憩の時くらい、苦手なもんやなくて好きなもん飲みたいやろなって思ってん」


 分かってたけど、やっぱり一ノ瀬さんは優しい……

 私みたいな高校生バイトのこともよく見て、考えてくれる。

 そんな優しさが大好きだった。


「あの、でも、次からは紅茶やなくて、コーヒーでラテ入れてもらってもいいですか?」


「え?」


「あ、もちろんティーラテが嫌とかそういうんでは全然なくて! ただあの、ちょっとコーヒー飲めるようになる練習もしたいなーって思って……。ミルクたっぷりのラテやったら、私でもコーヒー飲めるかなって思ったんで、それで」


 一ノ瀬さんが気分を悪くしませんように、と思いながら必死で話していると、一ノ瀬さんはふわっと表情を和らげた。


「そうなんや。コーヒー飲めるようになりたいん?」


「は、はい」


 本当は、メニューにないものを作らせているのが申し訳ないからなんだけど……


「よっしゃ、じゃあ次からはミルク多めのラテから始めよか! そんでだんだんコーヒーの分量増やしていったら、そのうち濃ゆいコーヒーも飲めるようになるで!」


「はい、頑張ります」


 一ノ瀬さんがあっさりうなずいてくれたので私はほっとした。

 ……自分から、特別扱いを手放しちゃったけど……

 でもいいや。


「そういや、今日は美咲ちゃんも佐久間くんも休みなんやなあ」


 一ノ瀬さんが自分用に持ってきたアイスコーヒーを飲みながら言った。


「そうですね」


「知っとる? 今日、佐久間くん、美咲ちゃんとおるねんで」


「えっ?」


 一ノ瀬さんの言葉があまりにも意外だったので、私は思わず大きい声を上げてしまった。


「こないだバイト中に二人で話しとってん。美咲ちゃんの彼氏おるやん。天嶺トモ。あの人、プロのアスリートやから、やっぱトレーナーとかリハビリ関係の人脈が豊富らしくて、佐久間くんがなんか有名なトレーナーの人に会えるように仲介してくれてんて」


「……トレーナー……?」


「ああ。紗羽ちゃん知っとる? 佐久間くん、中学時代は高跳びで結構ええとこまでいっとったらしいで。全国3位に入ったって」


「え……」


 知らない。そんな話、全然知らない。

 私はただ、凪くんが、中学時代に高跳びをやっていたけど、怪我で辞めちゃった、ってことしか知らない。


「故障していったん中学で高跳びはあきらめたらしいけど、でもそれなりの人に見てもらったら、競技に復帰できるかもしれんってなったんかもなあ」


「……そうなんですか」


 それで、今日凪くんは……美咲さんと、天嶺さんと一緒にそのトレーナーに会ってるってこと?

 そうだったんだ……

 凪くんは、また高跳びをしたかったんだ。部活をしたかったんだ。

 なぜか私はショックを受けていた。

 仲良くなったと思っていた凪くんが、また高跳びをしたいって思ってるって知らなかったから? 何も話してもらえなかったから? 美咲さんには話したのに……いや、それは天嶺さんがいるからか。そんなの分かってる。

 でも……凪くんと仲良くなったと思っていたのは、私だけだったのかと思い知らされた気がした。

 視線を落として唇を噛みそうになって、はっとする。

 いやいや、何落ち込んでるの。一ノ瀬さんが変に思うじゃない。

 私はそれまでの気持ちをごまかすように、無理に明るい声を出した。


「そっかー、そしたら、凪くんがまた高跳びやるようになったら……そしたら、ここのバイトは辞めちゃうんですかね?」


「辞める?」


「だって部活をやるようになったら、きっと忙しくてバイトなんて入れへんですよね? 本気の運動部なんて毎日めちゃくちゃ忙しそうやし……」


 あ、駄目だ、話してたらほんとにそうなるような気がしてきた。凪くんがバイトを辞めて、もう会えなくなるって……

 仕事では頼りになって、話してると冷静なのに言ってることがおもしろくて、弟想いで、当然のように私を助けてくれる人。あんまり年下って感じがしなくて、ずっとこのまま、一緒にバイトしていられたらいいなって思ってた人。

 明るく話そうと思っていたのに、後が続かなくなってしまった。

 黙っている私を見て、一ノ瀬さんはニコッと笑った。


「そうやなあ、俺は佐久間くんがバイト辞めてもたら困るなー。彼、めっちゃ頑張ってシフト入ってくれるし、いろんなこまごました雑用も嫌な顔一つせんとやってくれるし、ホールにおってくれるとなんとなく安心すんねんよな。辞めてほしくないねんけどなあ」


「……それは……私もそう思います……」


「やろ? そしたら、佐久間くんがバイト辞めたくないって思うように俺らで頑張ってみん?」


「……え?」


 どういうことだろう? だって、凪くんは……高跳びがしたいんじゃ……。それだったら、部活をまた始めるんだったら、バイトを続けるのなんて無理なはず。一ノ瀬さんと私でいったい何を頑張るの?


「つまり、高跳びよりバイトの方がええ! って思わすねん。このカフェは自分がおらなあかんのやって思わせる! めっちゃヨイショして、いい気分にさせて、やっぱここでバイトしとる方がええなあ、って思ってもらうようにするねん」


「ええ……」


 そんなことできる? 凪くんが高跳びよりバイトを選ぶようにって? そんなの比べるようなものじゃないような気がするけど……


「ま、そのためには紗羽ちゃんの力がめちゃくちゃ必要やねん。紗羽ちゃんにめっちゃ頑張ってもらわなあかんな。できる? 佐久間くんがバイトを辞めんように、メインで引き留めるんは同じホール係の紗羽ちゃんの役目やで?」


「わ、私ですか」


 そんなこと言われても、全然できる気がしないんだけど……

 ……でも、凪くんがバイトを辞めてしまったら……それは嫌だ。うん、それだけは確か。

 だったら、一ノ瀬さんが言うとおり、何とか凪くんを引き留めるしかない。

 ……それが私にかかってるの!?


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