頼もしい男の子
ようやくお客さんが二組やって来て、カフェは通常営業の空気になった。
今日はここまで来客数がかなり少なかったので、ケーキは全種類そろっている。お客さんは笑顔で、えーどうしよう! と声を上げながらケーキを選んでいた。
「私、紙おしぼり取ってきます」
私は美咲さんと凪くんに告げて、休憩室に向かった。
紙おしぼりの在庫があと少しになったから、今のうちに補充しておかないと。
休憩室に入り、壁に設置されたラックに積まれた段ボールから、紙おしぼりの表示を探す。
えーと……うわ、ラックの一番上の段、天井につきそうなくらい高い場所におしぼりが入った段ボールがあった。
私は部屋の隅に畳んで置いてあった脚立を取り出して、ガシャッと開いた。
脚立……地味に怖い……
恐る恐る脚立を上っていると、突然休憩室のドアが開いた。
「うわあ」
驚いて体が揺れる。私は目の前のラックにしがみついて何とか体を支えた。
「あ、すみません。驚かせたみたいですね」
凪くんがペコッと小さく頭を下げながら入ってくる。
「う、うん、めちゃびっくりした……」
「あれ? 紙おしぼり、そんな上の方でしたっけ?」
「そう、ほら、あの一番上にある段ボール」
私が指さした方を凪くんも見上げた。
「あー、なるほど」
凪くんが私の隣に来て、ぐっと両手を伸ばしてみる。
いや、いくら凪くんが私より身長が高いって言っても、さすがに届かない。
「うーん、これくらいならジャンプすれば届きそうな……」
「じゃ、ジャンプ? 本気で言ってる?」
「はい」
ええー! と思ったけど、確かに凪くんの身長……175㎝くらい? で、思いっきりジャンプすれば、まあ届きそうには見えるけど。
「ちょっと試してみます」
凪くんが私の隣でくっと腰を落とした。
本気!?
ぱっと跳びあがった凪くんは、びっくりするくらい高くジャンプした。
私は脚立の途中に立ったまま、ただ肩をすくめて驚いていた。
あまり大きな音を立てずに着地した凪くんは、くるっと私に視線を移した。
……あ、今、私たちの視線、同じくらいの高さだ。
「届きますね。でもさすがに段ボール引っ張り下ろすのは危なそうなのでやめました」
「そ、そりゃそうでしょ! 他の段ボールも一緒に落ちちゃったら大惨事やし」
「じゃあ、俺がその脚立に上って段ボール取るんで、紗羽さんは下りていいですよ」
「え……え、いや、ええよ、私がこのまま上って取るから」
なぜか私はドキドキしてそんなことを口走ってしまった。
言ってしまったのでそのままやるしかない。私は慌てて脚立を上った。
「あれ、それで、凪くんはなんでこっち来たん?」
「ついでにストローの在庫も少なかったんで補充しようと思って」
「そ、そっか」
脚立を上り、ラックの一番上にあった紙おしぼりの段ボールを取って凪くんに渡す。
凪くんは段ボールを受け取って、床に置いた。
「その隣のストローの段ボールもお願いします」
「うん」
脚立はおしぼりの段ボールがある場所の真下に置いていたので、少し体が斜めになるけれど、えいや、と腕を伸ばしてストローの段ボールを取った。
でも、段ボールを引き出した途端、私の体がぐらっと揺れた。
「あ」
やばい、落ちちゃう!
持っていた段ボールも手から離れてしまい、私は全身にぎゅっと力を入れた。
すると、宙に投げ出された私の体を、凪くんがどすん、と受け止めてくれた。
と同時に、私が離してしまった段ボールが凪くんの頭にぼこっと当たって床に落ちた。
「いって」
「うわあああ、凪くん、ごめん……!」
凪くんに抱きかかえられた格好になった私は、パニックになりながら謝った。
ひえー! 何これ! めっちゃびっくりした! 怖かった! ありえないくらい心臓がドキドキしてる……! そして、わ、私、凪くんに抱きとめられてる!
ほっそりしていた凪くんの胸が予想外に広くて、それにも私はびっくりしていた。
凪くんは私の足元を確認しながら、ゆっくりと私の体を離した。
「あー、びっくりした。紗羽さん、大丈夫ですか?」
「う、うん、あの、ごめん、私凪くんに向かって落ちていったよね!?」
「うまい具合に受け止められてよかったです」
受け止めてって……そ、そのとおりではあるんだけど、瞬間的に私たち、抱き合うみたいな格好になってしまった……!
まだ心臓がバクバクしている。男の子とこんなに密着したのは初めてだった。
凪くんは床に落ちたストローの段ボールに視線を移した。
「段ボール、落ちた拍子に開いちゃわなくて良かったです。全部拾って廃棄とかシャレにならないですもんね」
「そ、そうやね……ていうか、凪くんの頭に段ボール落ちてきたやんね!? 頭とか……首、大丈夫?」
「もしもっと重い……ガムシロの段ボールとかだったら首の骨折れてたかもしれないですね。ストローで良かったです」
のんきだな!
凪くんの発言に私はぷっと吹き出してしまった。
「そうやね、私が落ちる角度がもうちょっと違ってたら、私の重みで凪くんの首折れてたかもね!」
凪くんも同じようにはは、と笑った。
「紗羽さん、めっちゃ軽かったから全然余裕ですよ」
…………!
またそういうこと言う……!
何なの、凪くん、さらーっと人の心拍数を上げるようなこと言うよね!?
私、別に軽くなんてないのに……そんな風に言われたら、すごく凪くんが頼もしい男の人、みたいに思えてしまう。
あの、ジャンプした時の伸びやかさとか、私を抱きとめた時の胸の広さとか……
ただの年下の男の子じゃなくて、少しずつ男の人になっていってるところを意識させられてるみたい。
ああもう、顔が熱い! 顔だけじゃなくて全身が熱い。こんなの、意識しちゃうじゃないかー!
「紗羽さん大丈夫ですか? まだ顔が赤いですけど。脚立から落ちたの、そんなに怖かったですか?」
凪くんが私の顔をまじまじと見つめて言う。
うわーん、そんなに見ないで……!
「いや、そらびっくりしたし……その、男の人とこんなにくっついたん初めてやし」
あ、ぽろっといらないことまで言ってしまった!
あわわ、と私が何かごまかさなきゃ、と口を開こうとすると、凪くんがさっと顔を赤くした。
「あ、えーと、それはすみません。とっさに支えんとって思ったんで……これってセクハラになりますか?」
「ええ!? まさか! ならんよ! だって凪くんは私を助けてくれてんし! すごく頼もしくって……私、その、しっかり支えてもらったから安心したし」
「あー……それなら良かったです」
二人とも赤くなって黙ってしまって、変な沈黙ができてしまった。
ああもう、私の馬鹿……! どうしてこんないらないこと言っちゃったの……!
凪くんはストローの段ボールを抱え上げた。
「行きましょう、紗羽さん」
「……うん」
私も紙おしぼりの段ボールを抱える。
そう、仕事中なんだし……早くホールに戻らないと。
それなのに、もう少し二人で休憩室にいたいような、こんな気まずい空気でいられるわけないような、もう何て言っていいのか分からないすごく複雑な気分になってしまった。




