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昼下がりのkamome café  作者: はる
紗羽の恋
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22/42

果実

「……これが、私がトモと付き合うようになった時の話。めっちゃ長くなってもたねー」


 私はにっこり紗羽ちゃんに微笑みかけた。

 今日は朝から雨が降っている。けっこうな大降りなので、kamome caféはがらんとしていた。

 全然お客さんが来ない。午後、一組だけ遅いランチにやってきた女性二人組も、ゆっくり食後のコーヒーを飲んだ後帰ってしまい、お店の中にお客さんは一人もいなかった。

 あまりにも暇なので、私と紗羽ちゃんはずっとおしゃべりをしていた。

 紗羽ちゃんが、トモと私のなれそめを聞きたい、と言ってきたので、今日はたっぷり時間がありそうだしいいかな? と思って最初の出会いから私は詳しく紗羽ちゃんに話した。

 もちろん、私の本当の心の中は言わなかったけれど。

 紗羽ちゃんは私の話を目をキラキラさせながら聞いていた。


「すごい! めっちゃドラマみたいですね!? さすが美咲さんっていうか、映画で見たいくらい素敵な話……!」


 頬を上気させて、心から私の話を楽しんでくれたのが分かる。

 かわいいなあ。

 この同じバイト先の、高校生の女の子。

 大切に育てられてきたんだろうな、というのが分かる、純粋でまっすぐな子。

 紗羽ちゃんは私が持っていないものを持っている。

 私が紗羽ちゃんくらい素直だったら、もう少しトモを喜ばせてあげられるのかなあ、なんてちょっとだけ考えてしまう。


「美咲ちゃんは、彼氏の前ではめっちゃやりたい放題なんやなあ」


 キッチンの一ノ瀬くんが苦笑しながら私たちに小皿を差し出した。


「これは?」


「ライチのジェラート。少しだけ味見な。お客さんが来るかもしれんから、二人ともはよ食いな」


 紗羽ちゃんと顔を見合わせて、笑いながら小皿を受け取る。

 カウンター前に立ったままだけれど、デザートスプーンを手に持ち小さなライチのジェラートを口に入れた。


「あー、甘くておいしい」


 カウンターに乗せた腕を組んで、一ノ瀬くんは満足そうに笑った。

 紗羽ちゃんが少し頬を染めて、うれしそうにジェラートを食べる。

 ああ、この少し口をすぼめておいしそうにスプーンを咥えている姿、かわいいなあ。

 紗羽ちゃんは、バイトを始めたころ、ちょっと一ノ瀬くんに憧れてたと思う。分かりやすく優しくて頼りになるお兄さん、って感じだものね、一ノ瀬くん。紗羽ちゃんは、一ノ瀬くんに彼女がいることは知っているようだったけれど、憧れるくらいならまあ、誰にでもある感情だし。

 でも私は知っているのだ。最近紗羽ちゃんは、同じ高校生バイトの佐久間くんといい感じだってこと!

 別に二人が付き合っている、とまでは思わないけど。

 でもいつの間にか二人とも、名前で呼び合うようになったりして、それを少し恥ずかしがっているところとか、もう初々しくてかわいくて仕方なかった。

 佐久間くんは紗羽ちゃんのひとつ年下の高校一年生だ。

 でも一年生と思えないような落ち着いた雰囲気で、冷静で、仕事もてきぱきこなす、なかなかできる子だった。

 そして佐久間くんは、私のことを怖がっていた。

 すごいなー。私、基本的に職場の人にはすごく笑顔で穏やかに接するようにしてるのに。

 でも私のめちゃくちゃ気が強い本性を、佐久間くんは本能で気付いちゃってるの?

 私がにこにこして佐久間くんの縦結びになったエプロンを、きれいに結びなおしてあげようか、と言っても、焦って後ずさって本気で嫌がっている。

 私にびびってるのが明らかすぎて、私はまたそれがおかしくて、佐久間くんにあえて優しく接していじるのが楽しかった。

 紗羽ちゃんと佐久間くん。

 二人ともまるで親戚の子みたいに、私から見るとかわいくて、かまいたくなってしまう後輩だった。





 美咲さんの話は私にはドラマチックすぎて、でもその熱さがものすごくうらやましかった。

 この、いつも穏やかで優しい美咲さんに、そんな激しい一面があったんだなあ、っていう驚きと、その一面を引き出して、更にそこが好きで仕方ない天嶺さん。

 二人とも美男美女で、外側だけ見たら完璧に見えるようなカップルなのに、二人はお互いの外見というよりも、その内側を知って好きになっていったんだなあ……

 えー、ほんとにすごい! 憧れすぎる!

 私が誰かに……男性に対して、美咲さんみたいに真正面から激しくぶつかっていけるとは思わないけど、でも二人みたいにお互いの内面をさらけ出して、その上で相手がいい! と思えるような恋がいつかしてみたいなあ。

 果たしてそんな相手に出会えるのかなあ……


「窓拭き、終わりました」


 凪くんがそう言ってカウンターに戻ってきた。

 顔を上げてカウンター正面の、壁一面のはめ込み窓を見ると、確かにくすみが取れてピカピカになっていた。

 お客さんがいなくてあまりにも暇だったので、私と美咲さんはずっとおしゃべりをしていたけれど、女子トークに興味がない凪くんは窓拭きを始めていたのだった。


「わ、すごい! めっちゃ窓きれいになってる!」


「そうでしょ? 上の方もちゃんとモップ使って拭きましたからね」


「こうして見てみたら、前は汚れとったんやねえ。外の雨の景色もめっちゃきれいに見えるやん」


 今日はさすがに海は見えなかった。

 いつもはビルの隙間から青い海が見えているけれど、今日は雨のせいでビルの間はぼんやりしたグレーに染まっている。

 海が見えないと、ちょっと残念だなあ。


「ほら、佐久間くんも一休みでジェラート食いな」


 一ノ瀬さんが佐久間くんにライチのジェラートの乗った小皿を差し出す。


「ありがとうございます」


 凪くんはうれしそうに、ジェラートを一口で食べてしまった。


「わ、口大きい!」


「そうですか? これ、小さかったから、一口でいけるなと思ったんで」


 私と凪くん、二人で話していると、美咲さんが背後から声をかけてきた。


「ほらー、また二人でエプロンの縦結び、おそろいやで? 結びなおしてまう?」


 私はくるっと美咲さんを振り返ったけど、凪くんは振り返りながら素早く後ずさった。

 ……やっぱり美咲さんにエプロンの紐を結びなおしてもらうのは嫌らしい。


「あ、私は……お願いします」


 美咲さんに背中を見せながら言う。

 凪くんの、この美咲さんを避けているのは、危機管理……!

 この前の凪くんとの会話を思い出して私は吹き出しそうになってしまった。

 美咲さんはご機嫌で私のエプロンの紐をきれいに結びなおしてくれた。


「できた。ほら、佐久間くんは?」


 美咲さんが凪くんに声をかけるけれど、凪くんはぶんぶん、と首を横に振った。

 ……確かに、凪くんがなぜ美咲さんを避けるのかを聞いた後だと、この避けっぷりは、美咲さんが好きだから意識して……っていうよりは、ひたすら逃げようとしているように見えちゃう。

 私はふと思いついて言ってみた。


「そしたら凪くん、私が結びなおそうか?」


「え?」


 美咲さんから逃げていた凪くんが私を見る。

 少し首をかしげて一瞬黙ってから、凪くんはうなずいた。


「そうですね、それだったらお願いします」


 あまりにもあっさりと凪くんがそう言うものだから、今度は私が驚いた。


「え? ええの?」


「え? はい。だから言ってくれたんとちゃうんですか?」


「それはそうやけど」


 今度は私がしどろもどろになる。思い付きで言っただけだったけど、美咲さんの言葉は全力で拒否していた凪くんが、私の言葉にはあっさりうなずくのって……これって……


「ええー! いやや、なにそれー! ときめき第二弾!?」


 美咲さんがめちゃくちゃうれしそうに目を輝かせて私たちを見ている。

 うわあー! そうなりますよね……!


「ときめき? なんですかそれ?」


 凪くんが不思議そうに瞬きする。

 う、そうだよね……凪くんにとっては、美咲さんを避けるのは危機管理。私には危機を感じていないから、OKしたってだけだもんね……

 私は何でもないよー、と言いながら、凪くんに背中を向いてもらって、縦結びになっているエプロンの紐をほどいた。

 ……うわ、なんか緊張するな……

 凪くんは私よりずっと背が高い。だから腰の位置も高い。

 まさかこんな風に他人のエプロンの紐を結ぶ日が来るなんて思ってなかった……!

 ちょっと動きがぎこちなくなってしまうけど……でも大丈夫。いつも自分のエプロンの紐を結ぶ時は、背中に手を回すからうまくできないけど、人のエプロンを結ぶんだったら、ちゃんと家で動画を見ながら何回も練習したから! だから正しく結べるはず!

 私はえーと、と何度も頭の中で動画の映像をリピートしながら、こわごわと凪くんのエプロンの紐を結んだ。

 出来上がりを見ると……うん、ちゃんとちょうちょ結び! 縦結びじゃない!


「よし、できた!」


 私が声を上げると、凪くんは首を回して自分の背中を確認した。


「あれ、ほんとだ。ちゃんとリボン、縦じゃなくて横になってる」


「え?」


 凪くんは私に視線を移して、少し幼い表情で笑った。


「紗羽さんもいつも縦結びやから、俺の紐を結びなおすって言っても結局縦結びになるんちゃうかなーって思ってました。でもちゃんと横に結べるんですね」


「ええー! 私が失敗すると思ってたん?」


「実は思ってました。すみません」


 全然悪びれずに凪くんが謝るので、私は腹を立てる気も失せてしまった。

 なんだー、私が失敗すると思って、結びなおそうかって言ったのをOKしてたのか……!

 ひどい! って思うんだけど、何だかそれも、心を許してもらったサインのように思えてしまう。


「えっ……二人のその距離感、なに……? 私これ、期待してええ感じ? 甘酸っぱい果実がはじけてまう感じ!?」


 美咲さんがめちゃくちゃ笑顔で私の肩に両手を置いた。


「美咲さん、待ってください、全然そんなんちゃうくて……凪くんはただ私をからかってただけで」


「紗羽さん、それは心外ですね。俺別にからかってませんから。むしろ紗羽さんはちゃんとリボン横向きに結べるんやなって見直しましたから」


「もう、ちょっと待って!」


 二人して私を混乱させないで!

 美咲さんが誤解を膨らましてるのも困るし、凪くんが無自覚に人をドキドキさせるようなこと言うのも困るし!

 私はどんな反応をしたらいいのか分からなくて途方に暮れてしまった。


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