二人の日々・2
トモの家でごはんを食べた後、トモは後片付けをしていた。
私も手伝おうかなあ、と思ってテーブルとか拭いてみるんだけど、そんなのすぐ終わっちゃう。
トモは手際よく食器を洗っていた。
……トモは、全然気にしないんだな。
普通、一緒に食事を取ったら、彼女が洗い物をするもの……なのかなあ。しかもごはんを作ったのはトモだし。
それだったら片付けは私がやるよ、と言ってせっせと働くべきなんだろうなあ。
でもトモは当然のように私に働かせない。
普段めっちゃ俺様なのに! えらそうなのに! 意外過ぎじゃない?
やることがないので、私は洗い物をしているトモの背中にぴたっとくっついた。
「おう、どうした?」
トモが機嫌よく私に尋ねる。
「ん、くっついてる」
「そうかそうか! そんなに俺と離れたくないかー。しゃあないなあ。もうちょっとで終わるから、そしたらいくらでも相手してやるからな! とりあえず、そこにある菓子でも食って待っとってくれ」
トモが視線を横に動かす。
そこにはお菓子が入っていると思われる缶が置いてあった。
……また、私が喜ぶからって高いお菓子を買ってきたな……
「そんなにええもんばっかり買わんくてええよ? 私別にコンビニデザートとかでも好きやし」
「はっ!? いや、なに言ってんねん! それはもらいもんやっていつも言うとるやろ! ええからおとなしく向こうで食っとってくれ!」
まだ自分が買ったんじゃなくて、人からもらったフリをし続けるのか……
ま、いいか、と思って私は缶を持ってリビングに行った。
ソファに座ってローテーブルに缶を置く。
缶の蓋をぱかっと開いた。
不均一な仕切りがあって、そこにいろんな種類のクッキーやフィナンシェなんかが詰め込まれている。
「……あれ?」
でも、仕切りの一角に、お菓子じゃないものが入ってる。
銀色に光る……何これ?
それを手に取って持ち上げると、それは細いシルバーのチェーンで、持ち上げた一番下に、キラキラ光っている石がついていた。
無色透明の、光を吸い込んで反射して、まぶしく光っている小さな石。
……これ、ダイヤ? まさか。ジルコニアとか……
とにかくこれはお菓子じゃない。ネックレスだ。
私はそのまま元あった場所にネックレスを戻した。
……これ……
私は何も言わずに端っこに入っている小さなクッキーを取り出して口に入れた。
洗い物を終えたトモがリビングに歩いてくる。
「おう、美咲、どうや? 菓子うまいか?」
「……誰かのネックレスが入ってたけど」
私が冷めた声で言うと、トモはぴたっと立ち止まった。
「……え?」
「トモの知り合いの忘れ物?」
「ええー!?」
トモは短い距離だったけどダッシュで私のところにやってきた。
お菓子の缶を引き寄せ、ネックレスが最初の位置に入ったままなのを確認した。
「おい、美咲! なんでそうなるねん!」
「は?」
「ちゃうやんか! これはお前の! お前のネックレス!」
「……なに言ってんの? 私こんなん持ってへんし」
「だーかーら! ちゃうやん! これはサプライズやって! お前へのプレゼントなんやって!」
トモが青くなったり赤くなったり百面相しながら必死で私に訴える。
私は眉をひそめた。
「なんでプレゼントが……貴金属がお菓子の缶に、一緒になって入ってるん。意味分からんし」
「ええー!? わあ! びっくり! って喜んでくれへんの!? お前が好きな菓子食おうとしたら、俺からのプレゼントが入ってんの! 感動せんの!?」
いや、何なのその押し付け……
私はため息をついた。
「トモ、ちょっとそこ座って」
「はい」
トモはちょこん、とソファに座っている私の前の床に正座した。
「そもそも、食べ物が入っているんと同じ缶に、食べ物以外のものを入れるのってどうなん?」
「そんなん! 外国やったら、ケーキの中に指輪仕込んだりするやんか!」
「ここ外国?」
「日本です」
「そう。それにもしそんなことしたら、トモ、絶対ケーキと一緒に指輪も飲み込むでしょ」
「うっ……」
「それに、こんな……キラキラした宝石みたいなんがついてるネックレス」
「それな、それな!? ダイヤ! ほんまもんやで!? 俺、お前に似合いそうなんめっちゃ探してん! そんで、そのチェーンのとこもちゃんとプラチナやから!」
めちゃめちゃ食い気味に私にまくしたてるトモの言葉を聞いて、更に頭を抱えた。
「……あのさあ、私、学生ね? 知っとる?」
「え? もちろん」
「一人暮らしの貧乏学生やで? そらトモは社会人やし、稼いどるし……そういうものも買えるんかもしれんけど。そんな高い宝石、私がつけられると思う?」
「はー? なに言うとんねん。どんな宝石やって美咲自身の輝きの前ではすべてくすんで見える! だから俺は美咲の光にも負けんようなほんまもんを探しに探したんや!」
大声でまくしたてるトモを見て、本気!? と途方に暮れる。
え、いや、この人大丈夫?
めちゃくちゃ私を神格化してない?
私、ごく普通の女子大生なんですけど……
「とにかく聞いて。私、こんなきちんとしたネックレスもらったって、そんなんつけていくような場所に行くことないし、これに合うような服も持ってへんし」
「そんなん俺がいくらでも買ったる! お前がそれつけていけるようなパーティとか行きたいんやったらいくらでも連れてくし!」
「だからいらんって……」
駄目だ、こういう方向で言い聞かせようとしても通じない。他の方法を考えないと。
私は頬に手を当てて考えながら、トモを見た。
トモはどうしたら自分の気持ちを分かってもらえる!? とでも言いたげな瞳でじっと私を見つめている。
いや、分かってるよ? 分かってるんだけど、暴走しすぎでしょ、って話なの!
「……トモ、そのお菓子、もらいもんって言ってたやんね」
「え? あ、ああ、そうや」
「ふーん。で、その貰い物のお菓子の中に、なんでネックレスが入ってるん?」
「えっ」
「そんなん言われたら、普通、中に入ってるものはすべて他人が持っていたものをもらったんやって思うやんね? で、中にはネックレスが入っていた。そら、そのネックレス、トモが買ったなんて思わへんよね」
「え、いや、あれは俺がお前にやりたくて」
「そういう中途半端なことせんといてくれへん? お菓子は他人にもらった、でも一緒に入ってるネックレスは自分で用意した。私はなにを信じたらええん? 見た瞬間、他の女の人が私をけん制するためにネックレスを入れたんかなって思うやん。でもトモは違うって言う。どっちが本当なん? そんなに私の気持ちを揺れさせたいん?」
本当は、見た瞬間、きっとトモが私に用意したんだろうなって思った。
でも、そうじゃないって可能性も、0.1%くらいあるのかもって思ったんだよね。99.9%トモを信じているけれど、0.1%でも疑われるような可能性があることしないでほしい。
「トモのこと信じたいのに、トモはお菓子のことは私に嘘をつく。だから私はトモを信じ切られへんねん」
トモは目に見えてショックを受けていた。
目を見開き、顔からは血の気が引き、がっくりとうなだれた。
そこまで深刻になられても困るんだけど……加減がよく分からないなあ……
「……分かった」
トモが低い声で言う。
「分かってくれた? それやったら……」
「菓子は全部俺が買った。お前が菓子食って喜んでる顔見たいから全部俺が調べまくって珍しいもん探して買った。そんでネックレスも俺が買った。でもお前は菓子は食うけどネックレスはいらんと思っとる。それでええんやな?」
私の方を見ずに、自分に言い聞かせるように話しているトモに少し不安になる。
「トモ?」
「分かった。ネックレスは返品する。返品できんかったら捨てる。お前が喜んでくれんくて、負担になるようなもん必要ないもんな」
……だから極端だな!
確かにこのネックレスは私には重い……というか価値がありすぎる。私がこんな立派なアクセサリーだけ持ってるなんて不自然だ。
トモはいじけたようにネックレスをひったくった。
ああ、高級品をそんな雑に扱って……
それに捨てるとか、本気で言ってるの!? 信じられない! 捨てるくらいなら換金……いやいや、違う。
私はソファから立ち上がって、トモの向かい側の床に座った。
「トモ」
トモを呼んで、私の方を向かせる。
「私、ちゃんと自分の気持ち言ってへんかったよね? あのね、ありがとう。トモがいっぱい考えて私にプレゼント買ってくれたん、めっちゃうれしい。プレゼントが高価なものかどうかっていうより、そんな風に、サプライズとか用意している間、ずっと私のこと考えててくれたんやろ? それが一番うれしい」
お菓子のことも、かっこつけずに全部言ってくれたら良かったのに。そうやってどんな時も私のことを考えていたんだって、伝えてくれたらもっと私は喜んだのにな。
私は手を伸ばして両手でトモの頬を包み込んだ。
「でもね、今度からは、なんか私にくれる時は相談してほしい。二人で一緒に考えよう? 私はそうしたい。トモと一緒に、食べるものとか身に着けるものとか話し合ってる時間もきっと楽しいから。ネックレスのことも……事前に教えてくれたら、一緒に考えて、普段からずっとつけていられるようなもの選べたかもしれんやん」
拗ねたように口をとがらせていたトモの表情が、ゆっくりと和らいでいった。
私、ちゃんとうれしいよ? トモが私のことを考えてくれることの方がうれしくて、物はあんまり重要視してない、なんて、またかわいくないこと言っているのかもしれないけど。
でもトモは、一緒に、って言葉が気に入ったようだった。
「……そしたら、そしたらこのネックレスは返品して、美咲がずっと身につけられるようなもん買おう!」
「もう、だから待ってってば」
私はネックレスを握りしめているトモの手に触れた。
「それ……つけてくれる?」
「え、今?」
「うん」
「ええんか?」
「うん、トモがつけて」
トモはネックレスの留め具を不器用に外して、私の首に回した。
私は片手で髪の毛をよけて、後ろで留めやすいように首をかしげた。
トモはまるで私を抱きしめるような体勢で、時間をかけてネックレスをつけた。
つけた後、トモはネックレスをつけた私の姿を見ることもなく、ぎゅっと私を抱きしめた。
「うわー、やば……お前のうなじとかやばすぎ。色気ありすぎて気失うかと思った」
「なに言ってんの?」
私は笑いながらトモの首に腕を回し抱きついた。
この人が、とにかく私のことを考えてくれていること。それは確かだ。
トモが優しく、しっかりと私を抱きしめる。この人の大きくてかたい体は本当に気持ちいい。
私は頬をトモの頬に擦り付けた。
そのまま、自然と二人の唇が重なる。
熱くて甘いトモの唇。私を求めて、いつまでも新たな感触を探し続けるように繰り返されるキス。
お菓子よりも、アクセサリーよりも、この時間が一番欲しい。
トモが私を抱きしめる。首筋をたどるようにキスをして、その先を求めるように顔を埋める。
トモ、トモになら、私のすべてを見せてあげる。でもそのかわり、トモの全部も見せてくれなくちゃ嫌。心の中も、外も、何もかも私にちょうだい。
……トモはそんなこと言わなくても、最初から全部私にくれてるけど。
だからトモも私のすべてを奪って。トモへの気持ちが膨れ上がるほど、心の隅に巣食う濁り。そんなもの忘れさせて。圧倒的な力で私のすべてを奪って何もかも忘れさせてほしい。
いつものことだけれど、長い時間をかけて愛し合った私たちは、喉が渇いたので水を飲もうと体を起こした。
私の体は当然のようにトモが抱き起こす。
そのままトモがゆっくりと私の鎖骨をなでるので、くすぐったくなって私は笑った。
「あは。……もう、このネックレス、返品できんくなってもたね」
「え? なんで……」
「だって、トモがあんまりいっぱいキスするから、このネックレスにトモの唾液めっちゃついてもた。いっぱい汗もかいたし……いろんなもんつきすぎてもたね」
「は!? え、なに言いだすねん!」
トモが顔を赤くして慌てている。
さっきまでめちゃくちゃ盛り上がってたくせに……
でもつけっぱなしは良くなかったかも……と思い、私はそっとネックレスを首から外した。
手のひらで輝いているネックレスを見つめる。
……もしトモの唾液がついていなくても、私はすでにこのネックレスを返品しようなんて気持ちはなくなってしまっていた。
だってもう、これにはトモとの思い出が刻まれてしまったから。
疑って、拗ねて、投げやりになって、でも大切に思って、愛しくなって、そして体温を分け合って。
全部このネックレスに見られちゃったなあ。
いつか私がもっと大人になったら、トモの隣で、堂々とこのネックレスをつけられるようになるのかなあ?
今はまだ無理だけど……
トモが私を大切に思ってくれている気持ちがこもっているものだから、もう手放せない。
このネックレスを、普段つけることはできなくても。家に置いておくことしかできなくても。
……ずっと大事にするね。




