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昼下がりのkamome café  作者: はる
美咲の恋
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18/42

衝突&告白

 午後の講義が休講になった日、私は街に出てきていた。

 気分は鬱々として沈んでいた。こういう時は気晴らしが必要だ。自分の機嫌は自分で取らなくちゃ。

 雑貨屋に行って、大きな文具店に行って、それからおしゃれなカフェに行ってスコーン食べて紅茶を飲むんだ。

 自分の好きなもので自分をいっぱいにしなくちゃ。

 でも、歩いている時に、地下道の壁に大々的に貼られているポスターが目に入った。

 地元のバレーボールチームの宣伝ポスターだ。

 選手がずらっと並んでいて、挑むようにこちらを見ている中心にトモがいる。

 ……あーあ、こんなものが目に入ってしまった。

 私は忌々しく思いながらポスターから目をそらした。


 先日、ほんの出来心で、トモが出ている試合の動画を見てしまった。

 プロのバレー選手ってことは知っていたけれど、バレーをしているトモって見たことなかったよな、と思って。

 でも、動画を見てすぐに後悔した。

 ……というか、私はショックを受けた。

 何、誰なのこの人は。

 動画の中の、バレーをしているトモは、私の知っている人ではなかった。

 プロのアスリート。将来有望で誰からも注目されている。有名人。

 ……それは、こういう人のことを言うのか、とすぐに分かった。

 バレーをしているトモはとにかく生き生きしていた。

 対戦相手をにらみつける目。ボールのゆくえを追う視線。敵をかわしてジャンプするその高さ。敵のブロックの上から、またはブロック自体を押しのけて叩きつけるスパイク。

 縦横無尽にコートを走り回るトモは、まるで草原を走る美しい野生の獣のようだった。

 あ、これが本当のトモの姿なんだ。

 理解した瞬間、すっと体が冷たくなっていくような気がした。

 ……なんだ、私が見ていたのって……トモのほんの一部分だけで。

 それで私はトモのことを分かったような気になっていたのか。

 なるほど、この人は、本当は私なんかは手の届かない、全然違う世界を生きている人なんだ……

 今までいい気になってトモを振り回していた自分が、ものすごく世間知らずの馬鹿に思えた。





 最近は帰りが早かったからトモに迎えに来てもらうことはなかった。

 会わなくても、トモからはちょくちょく連絡が来ていた。

 今日なんて、朝、『おはよう』とだけメッセージが入っていた。

 何これ? 彼氏気取り?

 腹が立ったから無視した。

 あなたは別に私なんかにかまわなくたって、いくらでも相手はいるでしょう?

 だってあなたはプロのアスリートで世間から注目されているような人だし。女の人だっていくらでも寄ってくるでしょ。動画を見ていた時も、トモが何かするときゃあきゃあ黄色い声が飛んでいた。

 いくらでもよりどりみどりじゃない。

 私みたいに気が強くて言うこと聞く気がまるでなくてかわいくない女なんか放っといてよ。

 ……トモは、もしかしたら物珍しさからちょっと私に興味が湧いただけなのかも。

 あー、ありえそう。あいつ、めっちゃ女が言い寄ってくるとか言ってたもんね。私が彼のことを突っぱねたから、そういう女の気を引くのもいいかも、って思ったのかもしれない。

 私には手の届かない高級なお菓子で餌付けしたり、一人暮らしで誰かの作ったものに飢えている私に手料理を振る舞ったりして。

 ああ、もうムカつく!

 あんなやつ、大っ嫌いだ。そしてそんなやつにほだされそうになった自分にもものすごくイライラする。





 腹が立つのに、トモのことばっかり考えていたせいで、街中を歩いていても似たような人がいると思わず見てしまう。

 あいつみたいにすごく背が高い人とかね。筋肉質な人とか。

 え、まさか、って思ってつい目で追ってしまう。

 ほら、あそこにも……

 と思ったところで気付いた。

 雑踏の中でも頭一つ飛び出ていて、それだけで目立つのに、更に視線を惹きつけられるような引力を持っている。

 ……え、本物のトモだ。

 ええ? ほんとに本物?

 どうしてこんな昼間っから街中をうろついてるの? 練習とか試合とかしてるんじゃないの?

 見つけてしまったし、声をかけるべきかなあ……と思っていたところで気付いた。

 トモは一人じゃない。

 トモは女の人と一緒に、二人で歩いていた。





 きれいな人だった。

 明らかに社会人、だと思う。

 大人っぽくて、きれいで、自信を持って世の中を渡っていそうな女性。

 そんな人と一緒に、トモは大人びた表情で歩いている。

 ……また見たことのない顔だ。

 気持ちが真っ黒になっていく。

 ほんとに……私が今まで見てきたものって何だったんだろう?

 私は何も見ていなかったの? それとも夢を見せられていたの?

 何だかいろんなことがあったような気がするけれど、でも最終的に馬鹿な私を舞い上がらせて、舞い上がったまま放置して、気付けば墜落させられているような、はかない夢。

 そして現実世界は、私の知らない場所で続いている。

 トモの隣にいる女性が何かに気付き、トモに話し、二人で指さしながらそれを見て、一緒に笑う。

 絵になるような完璧な二人。

 ……なんだ、彼女、いたんだ。

 考えてみれば、そりゃそうだよね。

 あいつ、もてるみたいだし……女なんかきっととっかえひっかえだったんだ。

 言い寄ってくる女だけじゃなくて、私みたいな変わり種で遊んで、好き放題やってたんだ。

 で、本命は、あのすごく大人っぽくてきれいな人。

 打ちのめされた真っ黒だった気持ちの中から、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 何それ。

 あいつ、彼女がいるくせに私と二人で会ってたわけ?

 私の帰りが遅くなると迎えに来たり、珍しいお菓子くれたり、料理を作ってくれたりして、馬鹿みたいに私の気を引くようなことしてたわけ?

 めちゃくちゃ最低じゃないの。

 どうして私はあんなやつのこと考えてもやもやしてたんだろう。馬鹿だ。本当に大馬鹿。

 私は二人に背を向けた。

 この今までの自分の愚かさ、ほんとにどうしてくれよう。


 腹が立って頭が沸騰しそうになりながらずんずん歩いていると、突然がしっと腕をつかまれた。


「えっ」


 ものすごくびっくりして振り返ると、私の腕をつかんでいるのはトモだった。

 トモは、いつもの……私の知っている顔で笑った。


「おー、やっぱり美咲や。えらい勢いで歩いとったなあ。どっか急ぎか?」


 のんきに話しているトモのそばに、さっきの女性はいなかった。


「……彼女は?」


 思いっきり刺々しい声で尋ねる。


「彼女?」


「今さっき一緒におったやん。あんたの彼女」


 トモは一瞬ぽかん、としてから、おもしろそうな目をしてニヤッと笑った。


「はーん、お前、やきもちやな?」


「はあ?」


「さっき一緒におったんは仕事の人や。インタビュー受けながら歩くって企画でな。もう終わって解散した。なんやお前、あの人が俺の彼女やと思ってやきもち焼いたんか。かわいいとこあるやんか」


 ニヤニヤ笑っているトモに虫唾が走る。頭は怒りで爆発しそうなのに、私の声は氷のように冷たかった。


「思い上がるんもたいがいにしてくれへん? なんで私がやきもちなんか焼くん。意味不明やわ。私はあんたみたいな男大っ嫌いやねんから」


「あ?」


 トモの顔が曇る。

 でもそんなの知らない。


「ほんまに私、あんたみたいなやつそばにおったら虫唾が走る。えらそうで態度でかくて、乱暴やしすぐに女はこうや、とか決めつける。この世で一番関わりたくない人種やわ。ほんまに嫌い。だからもう今後一切私には関わらんといて。夜も迎えに来んといて。街中で見かけても話しかけんといて。私ももしどっかであんたとすれ違っても完全に無視するから。もう二度と、一生私と関わらんといて」


 できるだけ冷たい声と態度で、ほんの少しも情を感じさせちゃいけない。完全に切り捨てるんだ。

 あなたと私は違う世界を生きている。だからもう一生交わることはない。

 私が話していると、トモはどんどん不機嫌になっていった。当たり前だ。これだけひどいこと言ってるんだから。

 これでいい。これでトモとの関係も切れる。もう会うこともないだろう。

 私が話し終わると、トモは腹立たしげに口を開いた。


「は、なんやねんいきなり。ふざけんな! 誰がお前の言うとおりになんかするか!」


 私を威嚇するように顔をゆがませて吐き捨てる。でも話している内容は、私が想像しているものではなかった。


「……え?」


「お前、俺が女の言うことにホイホイ従って言いなりになるようなやつに見えるか!? 絶対お前の言うことなんか聞かん! お前がどう思おうが、どう言おうが、俺はお前の帰りが遅かったら迎えに行くし、クソ甘ったるい菓子もらったらお前に押し付ける。街ですれ違って無視されたって追いかけて無理矢理俺の方向かせたるからな! ぜーったいお前と関わり続けてやる!」


 私はトモの言葉を呆然としながら聞いていた。

 トモは、何を言ってるの?

 私はトモを切り捨てようとしてるの。トモを怒らせて、私を嫌いにさせて、顔も見たくないって思わせようとしてるの。それなのに。


「な……なんで。私はあんたが嫌いって言ってるやん。それやのに」


「お前がどうとか知るか! 俺がお前に惚れとるんや! だから絶対にお前のそばにおるんじゃ!」


 トモのその言葉はまっすぐに私の胸に突き刺さった。

 全然違う、遠い世界にいる私たち。

 だから私は、もう会わない方がいいって突き放そうとしているのに……それなのにトモは、そんな私に必死に手を伸ばそうとしている。

 違ってても、遠くても、分からなくても。それでも何とか手を伸ばして、つながっていたい。

 ……そんなの……

 そんなの、私だって……

 私の目からぼろっと涙が零れ落ちた。

 どうして。

 私がこんな最低なことを言った後に、どうしてそんなこと言うの。

 これじゃやっぱり、私一人が馬鹿みたいじゃない。

 突然の私の涙に、トモは目に見えて分かりやすく慌てた。


「お、おい美咲」


「やめてよ。私は嫌いって……言ってんのに。なんでそんなうれしくなるようなこと言うんよ。私、もう嫌やのに。トモのことばっかり考えるんも、モヤモヤするんも、苦しいのももう嫌やのに」


 涙で視界がいっぱいになって何も見えなくなる。

 でも、トモが近付いてくるのは分かった。

 トモの手がそっと私の頬に触れた。それからトモは、こわごわと私を抱きしめた。

 あんなに強引で乱暴なトモが、驚くほど優しく私に触れている。

 私の顔はトモの胸に押し付けられて、全身がトモでいっぱいになった。


「お前……それ、ほんまに分からんの? どう考えてもお前も俺に惚れとるやん。お前は俺が好きやからそんなんなっとるねん。いい加減分かれ」


 そんなの無理だ。そんなの分からない。

 でも、大きくてあたたかなトモの体が私を包み込んでいることが心地良くて、どうしても離れたくなくて、私もトモの背中に手を伸ばしてぎゅっとしがみついた。





 いろんな感情が渦巻いて緊張状態が続いていたせいか、ずっとトモの体にしがみついていると、あまりにも心地良くて私はちょっとうとうとしてしまった。

 するとトモがほんの少し身じろぎした。


「……これはやばいな……」


「え?」


 やばい? 何の話だろう?

 私はぼんやりした頭でトモを見上げた。


「おい美咲、知っとるか? ここ、思いっきり街中や。そんで昼間や。めっちゃ俺ら見世物になっとる」


 え。

 いや、そりゃそうだ。

 こんな人通りの多い場所で、私たち、めちゃくちゃこっぱずかしい言い合いしてたんだ……

 そう言われると、周囲の喧騒が急に気になってくる。

 もしかして私たち、いろいろ言われてる感じ? 特にトモなんて有名人だから、もう身バレしてるんじゃ……

 えーい、でも私にはこれがある!

 私は更にトモの体にぎゅっとしがみついた。


「お、おい、美咲?」


「別にどんなに見られたって、私はトモの体が隠してくれるから平気やもん。だからあとはトモがなんとかして」


「はー!? お前、そんなん言うか!?」


 トモは焦ったように周りを見渡して、すかさず私を抱き上げ、ダッシュでビルの間の細い通路へ逃げた。

 おおー、こういう時アスリートは便利だ……めっちゃ力持ち! そして足が速い!

 通路でトモは抱え上げていた私の体をすとん、と地面に下ろした。


「はー、やべえ。久々に冷や汗かいた……」


「あははー、有名人は大変やねえ。私は全然平気やけど」


「お前なあ!」


 私に食って掛かりそうになったトモは、ぴた、と動きを止めた。

 それから妙に神妙な顔になって、コホン、と咳払いした。


「えーと、まあそういうわけやから。もうお前は俺の女やからな。分かったな」


 まーたこの人、『俺の女』とかさ、私を所有物みたいに言ってる。

 真面目な顔をしてそんなことを言ってるけど、でも結局私が言う一言に振り回されるんでしょ? そんなトモを見たくなったので、私は不満を装ってみた。


「えー?」


 私の声を聞いてトモは慌てた。


「なんで『えー?』やねん! 今の流れやったらもうそれしかないやろ!」


「だって私、アスリートの彼女とかめんどくさそうなんできる気せんし」


 有名人の彼女とか、ただでさえ大変そうなのに。トモに何かあったら私が批判の目にさらされたりするのかなあ。それとも付き合ってることを隠すためにこそこそしないといけないとか? 何だかなあ……

 ところが、私の言葉を聞いたトモは、急にうれしそうにニヤニヤしだした。


「あー、はいはい、そういうことね。お前、俺がトップアスリートやから、不安になってもうたってわけね! 自分なんかがこの俺の彼女、つとまるんかな……って心細くなったんやな!」


 ご機嫌で話しているトモを見て、なんておめでたい人なんだろう、とあきれる。

 トモはどん、と大きく自分の胸をたたいた。


「心配すんな! 俺はこれでもプロ生活それなりに過ごしとるからな。体調管理、栄養管理もお前に世話にならんでも自分でできるし! それに周りに隠さなあかんとか思っとるんかもしれんけど、それも心配無用や! この俺の認めた女やで? んなもん全世界に大々的にお披露目してやる! お前はなんも心配せんと、ただ俺の隣で幸せになっとればええ!」


 めちゃくちゃキメ顔で語っているトモを見て、ほんとにこの人、脳内花畑だな……と実感する。

 私はずいっとトモに顔を近付けた。


「ふうーん? でも、知っとる? 私、私のこと大切にしてくれへん人とは一緒におられへん。トモは絶対に私を雑に扱ったりせえへんって約束できる? 私を大事にできる?」


 至近距離で私に見つめられ、動揺したようにトモは顔を赤くした。

 ……この人、ほんとに今までもててたのかな……とてもじゃないけど、女性をとっかえひっかえしてたように見えないんだけど……


「そ、そんなん当たり前やろ! 男として当然や! 俺は一生お前を大事にする! 誓う!」


「そう? 約束できるんやったら、トモの彼女になってあげてもええよ」


 トモは、今まで見たことがないくらい、顔面を喜びでいっぱいにした。この人、こんなに目をキラキラさせられるんだ……

 バレーをしているトモとは違う。ああいうキラキラじゃなくて……何だか、幸せでいっぱいな感じ?

 バレーをしている時は喜びいっぱい。私といる時は幸せいっぱい?

 うまく言えないけどそんな感じだ。

 トモは私の背中に手を回し、今度はさっきよりも少し強く私を抱きしめた。

 どくんどくんとトモの心臓の音が私をたたく。ドキドキしすぎでしょ、これ!


「絶対幸せにするから、安心しろ」


「あは、プロポーズみたい」


「えっ!?」


「冗談やけど」


 私の一言に分かりやすく一喜一憂してるけど……こんなに感情だだ洩れにして、大丈夫なのかな……

 でも、なんかこの人、めちゃくちゃかわいい。

 今までトモのことを考えて苦しかった気持ちが、ふわふわした綿にくるまれていくような気がした。

 あったかいトモの体と心臓の音に全身を包まれて、やっと私たちの心がつながったような気がした。


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