餌付け?
最初は、本当にトモに連絡をする気はなかった。
向こうも忙しいだろうし、私もそんなに頻繁に帰りが遅くなるようなことはなかったし。
それに、警察沙汰になったおかげで、駅やマンション周辺で警察が頻繁にパトロールするようになったし、どうやら区の計画で、マンション付近に街灯が増やされることになったらしい。すばらしい! だからもうあまり不安に思うようなこともないのかな、と思っていた。
そう思っていたんだけど、私が連絡しなくても、向こうからしょっちゅう連絡がきた。
『今日は何時に帰る?』
『遅くなりそうか?』
って感じで、それ以外の連絡は特にないんだけど、夕方とか私の帰宅時間を見計らったようにメッセージが飛んでくるので、返事をせざるを得なかった。
なので、そのままの流れで暗くなった時の帰り道は、トモが迎えに来てくれた。
この人、バレー選手なんだよね? でもバレー以外にやることがない暇人なのかな……
そんなことを考えてしまうくらい、トモは私の帰りが遅くなるときっちり駅まで迎えに来た。
そんな無理しなくていいんだけどな。
そして私のストーカー事件は、警察沙汰になったのでさすがに実家に報告しないわけにもいかず、親にざっくりとしたことは話した。
そしたら親は、トモが私を助けてくれた! と大感謝して、トモに渡すように、と私に荷物を送ってきた。
田舎(といっても住んでるのは同じ県だけど)の親からの貢ぎ物。それはすなわち食べ物だ。
まあ食べ物ならトモも嫌がることはないだろうと思って、荷物が届いたある日、私はすでに帰宅していたけれど、トモに連絡した。
『うちの親がトモにっていかなご送ってくれてんけど、いる?』
返事来るかなー、と思っていたら、即来た。
『いる』
なるほど。食い意地が張ってる、ってことか。
私は連絡先に書いてあったトモの部屋へ出かけることにした。
トモの部屋は私より上の階にあった。
そして私の部屋よりめちゃくちゃ広い!!!
いや、当然? 私はしがない学生の一人暮らしで、トモは社会人だもんね……
トモは世帯用の部屋に一人で住んでいるようだった。
「ええー、部屋、めっちゃ広い……なんかずるい」
「なんでずるいねん! ちゃんと家賃払っとる!」
「そらそうやろうけど」
同じマンションなのに、ってのがミソだな。確かに私の方が家賃は安いんだろうけど、損してるような気分になる。
「それよりはい、いかなごのくぎ煮」
「おおー、ええやん。メシが進むよな。早速食おうや」
「え? 私も?」
「は? そらそうやろ。だから持ってきたんちゃうんか」
私はただ単にいかなごを届けるためだけに来たつもりだったんだけどな……
まあいいや。何かしら食べさせてもらえるんなら、食費が浮いてラッキーだし。
トモはチキンのスープを作っていた。
「え、トモが自分で作ったん?」
「当然やろ。食うもんで体が出来上がるからな。アスリートとして当然や」
へえ! アスリートって自分で料理もするもんなの? プロ野球選手とかサッカー選手は専属の料理人がいるって話も聞いたりするけど……バレー選手は違うのかな?
スープは鶏肉や野菜がゴロゴロたくさん入っていた。めちゃくちゃボリューミーだな……。これは、これだけでお腹がいっぱいになる……!
トモはスープだけじゃなく、当然ごはんやいかなごもモリモリ食べていた。
すごいなー。エンゲル係数高そう。
私はおそらくトモの五分の一くらいの量しか食べなかったけれど、めちゃくちゃお腹がいっぱいになった。
「うーん、おいしかったけど、お腹苦しすぎ……! これじゃデザートが入んないなあ」
「デザート?」
「あ、これは私個人の話ね。家にあるチョコ、デザートに食べようと思って買っててんけど、こんなにお腹いっぱいになったら食べるん無理かなーって思ってん」
「ふーん。やっぱ女はそういう甘いもん好きなんやな」
すぐ『女は』とか言う!
でもそのとおりだから、黙っておいた。
だって甘いの好きだし。デザートは別腹って思ってるけど……でも帰ってから、食べられるかなあ?
おいしく食べるためには明日まで我慢するか……なんてことを、パンパンになったお腹をさすりながら、私はずっと考えていた。
その後も実家からちょくちょくトモにあげて、と言って食料が送られてくるようになった。
別にトモにあげずに私一人でもらっちゃってもいいんだけど、後で家族にトモの感想を求められたりしたら面倒なので、一応毎回トモにいる? と聞いてみた。
断ることもあるかな、と思っていたのに、毎回必ずトモはいる、と返事をした。
まあよく食べる人だし……これは仕方ないか……
それにトモに食料をあげると、一緒に私もトモが作ったご飯が食べられるので、それはなかなか良かった。
だって一人暮らしだからね! 外食もあまりしないし、常に自分が作ったご飯しか食べてないから、たまに他人が作ってくれたご飯を食べられるのはうれしい。食費の節約にもなる!
そんなある日、また家族から渡された漬物のセットをトモの部屋に持っていった。
いつものようにキッチンにそのセットを置くと、見慣れないものが見えた。
「あれ? なんか置いてあるけど」
キッチンには直径15cmくらいの、キラキラ輝いているきれいな缶が置いてあった。
何だこれ? トモがこんなきれいな缶を持ってるっていうのが想像できなくて、私は首を傾げた。
「おー」
キッチンに入ってきたトモは、その缶をちらっと見た。
「それ、お前にやる」
「え?」
「仕事関係の人にもらってん。なんか海外の高級チョコ? 俺はそんなにいっぱいいらんし。お前はそういうん好きやろ」
海外のチョコ!? 何それ、その響きだけでおいしそう……! しかも高級!?
「でも、私がそんなんもらってええの?」
「余らして捨てるほうがもったいないやろ」
「それはそうやけど」
携帯で調べてみると、そのチョコはフランス製で、一粒500円とかするリアルに高級品だった。
えー! 貧乏学生には絶対手が出ない代物……!
缶を開けて中を見ると、つやつやしたチョコレートがいくつも入っている。これ、表面に何か塗ってる? 光を反射してめっちゃ輝いてる!
すご! これ、いったい全部でいくらくらいするんだろう。
「うわ、めっちゃうれしい! 私チョコ大好きやもん。こんなええもんもらえるなんて、有名人はすごいんやねえ」
うれしさのあまり私がご機嫌でそう言うと、トモは満足そうにニヤニヤ笑った。
「は、当たり前やろ。こんなもんいくらでもやるし。それくらいの菓子、俺は日常的にもらっとるからな!」
あーはいはい、またなんか偉そうなこと言ってる。
でもいいや、何でも。自分じゃ絶対買えないようなチョコを食べられるんだし!
私はうれしくって缶に頬ずりした。
それ以来、トモはよく私に高級だったりなかなか手に入らない限定品のお菓子をくれるようになった。
……もしや私、餌付けされてる……?
トモ自身は職場での貰い物だから、って言い張ってるけど、そんなにしょっちゅう珍しいお菓子もらったりするもの?
別にトモは食関係の仕事してるわけじゃないし。むしろアスリートなんだから、甘いものとかそんなに食べない感じの人なんじゃないの?
私はうーん、と考えた末、ある推理をした。
ある日、トモは私に凝った装飾の長方形のお菓子の缶を渡した。
「またそれもらった。お前に横流しするからって遠慮せんと菓子もらっとったら、なんかしょっちゅう渡されるようになったなあ」
缶の中には、希少なバターで作ったというクッキーが入っていた。クッキー自体にも細かい絵画みたいな絵が装飾されていて、芸術品みたいにきれい!
「うわー、めっちゃおいしそう……!」
目をキラキラさせてクッキーを見つめている私を見て、トモは満足そうだ。
そんなトモを見て、私は思い切って言ってみた。
「……トモ、このお菓子……ていうか、これだけじゃなくて、今まで私がもらったお菓子やけど、貰いもんやないでしょ」
トモは私の言葉を聞いて、食器を出そうとした手を止め、驚いたように目を見開いている。
「さすがにおかしいやんね? こんなにしょっちゅう高級品とか珍しいお菓子もらいまくるなんて不自然やもん。トモは私に嘘ついてるやろ」
「は!? い、いや、嘘なんかついとるわけないやろ! なにを根拠にそんなこと」
トモはそわそわして、不自然に視線をあちこちに動かした。
その様子を見て私は確信した。
「根拠は……確かにないけど。でも変やなっていうんは私にも分かるもん。トモ、あんた、スイーツとか食関係の彼女おるでしょ」
私がズバッと言うと、トモは動きを止めた。
ぽかん、として、目だけじゃなく口もあんぐり開いた。
「その人に会うたびにお菓子もらってるんちゃうん? トモは断れんくて全部もらうけど、さすがに食べ切れへんから、それを私に渡して処分しようとしとるんでしょ」
そう考えれば辻褄が合う。彼女ではないかもしれないけど、そういういい感じの女の人にもらったものなら無下にできないもんね。
完璧な推理……! と思っている私の言葉を聞いたトモは、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「あほか! くっだらんこと言うな! なんで俺が女にもらったもんお前にやらなあかんねん! 俺がどんだけ苦労してそれ手に入れたか」
「苦労?」
「あ、いや。ちゃう」
トモは焦ったように私の言葉に自分の声をかぶせた。
「とにかくお前あほすぎやろ。それは女からもらったんちゃう。ただ仕事関係の人間に渡されただけや! お前はなんも考えんともらったもん食っとけばええんや!」
トモはぎゃあぎゃあ毒づいて、それ以上私に何か言わせなかった。
納得できない……
私はふくれっ面のまま、そのクッキーをひとつ口に入れた。
途端に口の中にぶわっとバターの香りが広がる。これが希少だっていうバターの香り? そしてクッキー自体も絶妙な甘さを残し、口の中でほろっと溶けていった。
私はめちゃくちゃびっくりして、それまでの会話なんてどうでも良くなった。
「……え、なにこのクッキー! めっちゃ、信じられへんくらいおいしい! ええー、今まで食べた中で一番かも!」
私が突然声をあげたのでトモも驚いている。
「うわ、ほんまにめっちゃおいしい! ね、ちょっと食べてみて!? これ食べへんかったらあかんて! ぜーったい食べなあかん!」
トモに缶を差し出すと、トモは怪訝な表情のままクッキーをひとつつまんで口に入れた。
「どう!?」
「……おう、まあまあうまいやんけ」
「まあまあどころちゃうって! えー、こんなおいしいの食べられてめっちゃ幸せ……!」
私が頬に手を当ててとろけるような気分を味わっていると、トモも満足そうに苦笑した。
そして次に会った時、トモはそのクッキーが入った特大の缶を私に渡した。
缶の中には、あのおいしいクッキーが大量に、ぎっしり詰め込まれていた。
「前そのクッキーくれたやつに、まあ悪くない味やったんちゃう? ってひと言言っただけで、今度はそいつそんな特大サイズくれてん。ほら、思う存分食え!」
めちゃくちゃ鼻高々にそう言うトモを見て、いやいや……と私はあきれてしまった。
さすがに分かるんですけど。
どう考えても、これ、トモ自身が買ってきてるよね!?




