9 魔王ってなんで攻めてくるの?
『ねえ、アルト君』
「はい」
『魔王って、なんで攻めてくるの?』
「…………」
アルトは黙った。
『あれ?
もしかして、アルト、知らないの?』
「いえ、知らないわけではありません」
『じゃあ、なんで?』
「人類を滅ぼすためです」
『マジで?
ヤバい奴じゃん』
美羽が驚いた。
『そんなハッキリしてんの?』
美羽が不思議そうに言った。
逆にアルトは、美羽の言葉が不思議だった。
ハッキリしているのに決まっている。とアルトは思った。
だから、即座に答える。
「はい」
『魔王がそう言ったの?』
「え?」
『人類を滅ぼすぞー、みたいな。
魔王がそう言っているの?』
まったく想定外な問いかけだった。
アルトは、今度は急に言葉に詰まった。
「…………」
魔王に会ったことなんかない、容貌すらしらない。
いや、自分だけではない。先輩魔法使いも上級魔法使いも、いや、将軍や王様ですら魔王と会ったことなんかないのだ。話を聞いたことのある者なんか国中を探してもいないだろう。
アルトは考える。
では、他の人たちに聞いたらどう答えるだろうか。
きっと、「そんなの、聞かなくとも、そうに決まっている」と答えるのではなかろうかと思った。
「私は、直接聞いたことはありません」
アルトは正直に答えた。
『じゃあ誰が言ったの?』
また、答えに窮する質問が飛んできた。
「誰が、と申されても……
そもそも、魔王と話したことのある者など、今の時代にはいません」
困った。
人類を滅ぼそうとしている魔王。
だから勇者を召喚する。
アルトにとっては、疑うような話ではなかったか?
それでも改めて問われると、答えることが難しい。
『なら本とかに書いてあるんですか?』
田中が聞いた。
ああ、それなら答えられる、とアルトは内心ほっとした。
「もちろんです!」
『それには、魔王が人類を滅ぼそうとしている、って書かれているんですね。
いつ頃に書かれた本なんですか?』
「いつ頃?」
『魔王が人類を滅ぼそうとしてるっていつ頃から言われ始めたのか、知りたくて。
いつ頃に書かれた本なんですか』
「……さあ。
でも昔からです」
『だから、どのくらい昔なのか知りたいのです』
「それは……」
アルトは答えられなかった。
「でも、ずっと昔からだと思います」
『知らないんだ』
美羽の言葉がアルトに突き刺さった。
「知らないというか……」
『知らないじゃん』
「…………はい」
今日の美羽は容赦がなかった。
『魔族って昔から敵。はい、それは了解。
つまり、アルトの記憶ではずっと敵だってことね』
瑠奈が言った。
「はい。子どもの頃から魔族は敵だと教えられています」
『アルト君って今いくつだっけ?』
「今、二十歳です」
『あ、年上なんだ。
つまり、二十年前から言われているってことですね。
そいう教育を施されているってことはもう少し前……三十年ぐらい前ってことかな』
『いや、それ全然昔じゃないし』と美羽が言った。
『だねぇ、二十年から三十年前って、うちらの親が若い頃とかじゃん』と瑠奈の声。
『おじいちゃんとか生きてる?』
「もちろんです」
『じゃあ、おじいちゃんに聞けば分かるんじゃない?』
「何をです?」
『昔、魔族とどうだったのか』
「…………」
アルトはまた黙った。
そんなことを聞こうと思ったことがなかった。
『ていうか』
美羽が続ける。
『魔族ってしゃべれるんでしょ?』
「はい」
『人間の言葉?』
「種族によって異なりますが、共通語を話せる者も多いです」
『じゃあ話せるじゃん』
「…………」
『捕まえた魔族とかいないの?』
田中が遠慮がちに聞いた。
「捕虜ならいると思います」
『その人たちに聞けばいいんじゃないですか』
「何をでしょう?」
『なんで人間と戦ってるのか』
「…………」
『アルト君、今日めっちゃ黙るじゃん』
「美羽殿が変なことを聞くからです!」
『変じゃないし』
『でも、たしかに』と瑠奈が続ける。
『なんで戦ってるのか知らないで戦ってんの、ちょっと変かも』
「…………」
アルトは反論しようとして。
やめた。
魔族は敵だ。
オーガは強い。
飛行種は空を飛ぶ。
小型種は身軽だ。
危険な存在なのだ。だが……
それで、なんで敵なのか。
いつから敵なのか。
魔族自身は我々をどう思っているのか。
そう聞かれると、何も答えられなかった。
「……そうですね」
アルトは小さく言った。
「少し、調べてみてもよいかもしれません」
『お』
『アルト君、えらい』
「なぜ褒められるのですか」
『あの』
田中が言った。
『僕、前からちょっと気になってることがあるんですけど』
「はい」
『北方砦の街道』
「街道?」
『あれ、魔王領まで続いてるんですよね』
「はい」
『二頭立ての馬車がすれ違えるくらいの道で』
「そうです」
『…………』
「田中殿?」
『いや……』
『またそれ?』
美羽が言った。
『何が気になってんの?』
『うーん……』
田中は少し迷った。
『敵の国まで、あんなちゃんとした道が続いてるのって、なんか変じゃない?』
『軍隊通すためじゃないの?』
瑠奈が言う。
『だったら、わざわざ馬車がすれ違えるくらい整備するのかな』
『するんじゃない?』
『するのかな……』
田中自身も自信がないらしい。
「街道は、かなり古いものです」
アルトが言った。
『どのくらい?』
「分かりません。ただ、北方砦より古いとも聞いたことがあります」
『砦より?』
「はい」
『じゃあ、砦ができる前から道だけあったってこと?』
「そういうことになりますね」
『…………』
田中がまた黙った。
『田中』
『うん』
『顔変だよ。今絶対なんか考えてるでしょ』
『ほっといてよ。いや……考えているのはそのとおりなんだけど……』
「何をです?」
『まだ分かんないです』
『またそれだ。ちょっとタナカ、感じ悪い』
『だって、本当に分かんないんだって』
田中は困ったように言った。
『ただ、道って、人が使うから道になるじゃないですか』
「はい」
『昔、誰が使ってたんだろうなって』
アルトは答えられなかった。
◇
その日の午後。
「アルトー!」
聞き慣れた声が廊下から響いた。
「カイン?」
アルトが振り向く。
大股でこちらへ歩いてきたのは、アルトと同い年ほどの青年だった。
短く切った髪。
宮廷魔法使いの細身のローブとは対照的な、鍛えられた体。
腰には剣。
胸には騎士団の徽章。
「久しぶりだな!」
「昨日も会ったでしょう」
「そうだっけ?」
「そうです」
「細かいなあ、お前は昔から」
カインは笑いながらアルトの肩を叩いた。
「俺さ、今度、北の砦の警備隊に配属されることになったんだ」
「そ、そうなのか」
北の砦。魔族との戦いの最前線。今、この国で一番危険な場所。
アルトは親友の顔を改めて見つめた。
いつものように屈託のない笑みを浮かべている。
その顔が少し、いたずらっ子のような表情に変じた。そして人目をはばかるように小声で言った。
「なあ、おまえさ、勇者様のお世話役なんだって?」
「お世話役……、まあ、お世話役というか伝言役というか……、成り行きでそうなったけど」
「そうか、そうか。なあ、一度、勇者様に会わせてくれないか。
……どっちかっていうか賢者タナカのほうなんだけどな」
「賢者タナカ? なんで」
「いや、だって、俺たちは勇者様や賢者タナカの命令に従うんだぜ、どんな奴か知っておきたいじゃねーか」
「どんな奴って! 勇者様に向かって不敬だぞ」
「……何言ってんだ、会って話もしていない奴を頭から信用するほうが失礼だろう」
「そ、そんな理屈あるか!」
「ふん、まあ、いいじゃねぇーか。ちょっとだけでいいからさ。会わせてくれよ」
『……ってことね。
えっと、カイン君だっけ?』
美羽が聞いた。
「ああ」
アルトはスマホを見る。
「はい。カインです。私の幼馴染です」
『幼馴染!』
『アルトにもいたんだ』
「どういう意味ですか」
「ん?」
カインがスマホへ顔を近づける。
「これが噂の異世界の板か?」
『板って言うなし』
「しゃべった!」
『そりゃしゃべるよ』
「すげえな!」
『ノリ軽っ』
瑠奈が笑う。
「お、別の声?!
1人じゃないのか?!」
『いるよー。瑠奈』
「ルナ?
ルナも勇者様なのか?
俺はカイン。騎士やってる」
『美羽も私も勇者じゃないけど……、まあ、それは言い飽きた。
それより騎士!
マジでいるんだ』
「いるいる。目の前に」
『見えんし……、アルト君と全然タイプ違うね』
「良く言われる」
「なぜ誇らしげなのですか」
「お前は昔から考えすぎなんだよ」
「カインは昔から考えなさすぎです」
『ああ、仲いいんだ。ズットモじゃん』
「まあな!」
「カイン、ズットモってなんだか知っているのですか?」
「知らん」
『あはは、軽い。好き!
ところでカインって強いの?』
「もちろん」
「自分で言いますか」
「騎士だからな」
『じゃあ、魔王軍とも戦う?』
美羽が聞いた。
「ああ。北の砦に配属されれば、遅かれ早かれそうなる」
アルトが少し眉を寄せた。カインはそれを目ざとく見咎める。
「なんだよ、アルト。そんな顔すんなって」
カインは笑った。
「勇者様がいるし、賢者タナカ様もいるんだ。大丈夫だよ。
な、勇者様」
『うん、気をつけてね』
『ちょっと、そんなに安請け合いしちゃダメだって』
『何言ってんの、賢者タナカ様』
『だから、それ言わないでって言ってるでしょ』
『あはは、照れてる照れてる』
『照れてないって! 僕たちの考えでカインたちが命を賭けるんだよ。
責任ってものをね、ちゃんと考えてよ二人とも!』
美羽と瑠奈の笑い声がスマホ越しに聞こえてきた。
カインも少し満足そうに笑った。
「うん。まあ、大体わかった。満足だ。そろそろ俺は行くわ」
カインはそう言うとアルトに別れを告げて、部屋を出て行こうとした。
そこへ美羽の声がかかった。
『カイン!
死んだらダメだからね』
「お? 勇者様、いきなり縁起悪いな!」
『でもマジで』
「分かった分かった」
『帰ってきたらまた話そ』
カインが一瞬だけ目を丸くした。が、すぐに笑った。
「おう! 約束な」




