10 魔王来たる?!
カインが北の砦に旅立ってから、アルトが調べた文献の報告や、第2回スッパシー電池充電祭りが開催されるとか、平穏ながら忙しい日が数日続いた。
そして……
「北方砦より急報です!」
また伝令が駆け込んできた。
丁度、アルトはスマホを持って、謁見の間で王様たちと今後のことを話しているところだった。
「何事だ、騒がしい」
国王が尋ねる。
「魔王軍に動きがありました!」
「再攻撃か?」
「いえ」
伝令は首を振った。
「魔王軍の主力が、北へ下がり始めています」
「下がり始めているだと?理由は?」
「分かりません」
「ならば追撃を――」
「待て」
将軍が止めた。
「他に動きは?」
「あります」
伝令が答える。
「飛行種の一部が姿を消しました」
「どこへ行った?」
「不明です」
「小型種は?」
「こちらも、砦周辺から数を減らしております」
「……妙だな」
「さらに」
伝令は続けた。
「北方より、新たな魔物たちが集結しているようです」
「増援か?」
「良く分かりませんが、おそらく」
「規模は?」
「それも分かりません。ですが……」
伝令は言いよどんだ。
「集結している場所に、見慣れぬ旗が立てられたとのことです」
「旗?」
「はい」
「どんな旗だ?」
「黒地に周りが金色に縁どられ、中央に銀の角二本を持った悪魔が描かれた旗です」
将軍の表情が変わった。
「その旗は……」
「ご存じなのですか?」
「いや」
将軍はゆっくり首を振った。
「実物を見たことはない。だが、それはおそらく魔王家の旗だ」
『…………』
『魔王っち?』
『つまり魔王みずから出陣してきた。……ってことか』
『本人来んの?』
『わかんないけど。その可能性が高いってことかな』
田中が小さく言った。
『でも……』
「はい?」
『さっきまで攻めてたのに、急に下がったんですよね』
「そうです」
『それで、後方に陣をつくる……』
「はい」
『…………』
『田中?』
美羽が聞いた。
『力を溜めて、一気に力押しをする準備なのかも』
田中は少し考えてから言った。
『それヤバいじゃん』
『そうかもしれない……。
魔王が来るって言うのならなおさらだけど……
でも逆に、体勢を整える前にこっちから奇襲かけたら、あるいは……
もしかしたらこれは、チャンスかもしれない』
そう田中は静かに言った。
「奇襲、か」
将軍が地図を見つめる。
『あ、いや! 絶対そうした方がいいって意味じゃないです!』
田中が慌てた。
『敵が何を考えてるのか分からないし、相手の強さも分かっていないから危険かも』
「だが、理にはかなっている。
敵は一度攻勢を止め、後退した。
新たな魔族もまだ集まり切れていない。となれば兵の配置もまだ整ってはいまい」
将軍は北方砦周辺の地図を指でなぞった。
「この機を逃せば、再び砦へ押し寄せる可能性もある。
しかも魔王自らが出てくるとなれば先の戦い以上に厳しい状況になるのは必至」
『でも何か仕掛けているのかもしれません。
特に飛行種と小型種の魔物がいなくなっているのでしょう』
田中が慎重に言った。
「あり得る話ではある。
敵が何をしているか完全に分かことなどはない。
分かるとすれば、その時には手遅れだ。
それが戦場の常識。
賢者タナカ様のご心配は分かりますが、我々はそれを聞いた上で判断させてもらう」
将軍は国王を見る。
「陛下」
「うむ」
国王はしばらく地図を見つめていた。
「北方砦に命じよ。砦の兵力の半分をもって追撃隊を編成せよ。
敵の後退を確認しながら進み、異変があれば即座に砦へ戻れ」
『待ってください!
もし追撃をするなら中途半端は駄目です』
田中が慌てて言った。
『兵力の逐次投入は愚策です。
やるなら全力で、砦の兵力すべてを投入するべきです』
「しかし、さすがに砦の空にするわけにはいかん」
将軍が難色を示した。
『なら、最低限の兵力を残して、それ以外の兵力を全部投入してください。
まず、遠距離から魔法使いの攻撃魔法で陣地を攻撃して、その混乱に乗じて一気に騎兵を突入させて、一撃を加えたらすぐ引き返す。
それでいきませんか?』
将軍は少し思い悩むように国王の方を見た。国王は無言で頷いた。
「……ならば、賢者タナカの進言を受けて、そのようにいたしましょう」
◇
その日の夕方。
北方砦から短い通信が届いた。
追撃隊が編成された。
騎兵と重装歩兵、そして魔法使いを中心に、およそ四千五百。砦の守兵は五百を切っていた。
それでも陣地に集まる魔物の数は一万ともいわれていたから兵力は半分以下だった。
すべては奇襲にかかっている綱渡りな作戦だった。
そして、奇襲部隊の中には……
「カインも奇襲部隊にくわわるそうです」
アベルとの通話の時だった。
『マジ?』
『あいつも?』
美羽と瑠奈の声が重なった。
『…………』
田中だけが何も言わなかった。
◇
夜。
奇襲部隊が北方砦をしずかに出撃した。
目指すは街道の先の少し開けた平地。そこのは魔物たちが集結して陣を構築していた。
「止まれ」
攻撃隊長の言葉で全軍が歩みを止める。
そこは街道と平野がつながる場所だった。望遠鏡で魔物の陣地を窺う。
特に柵や塹壕のようなものはなく、かがり火も炊かれてはいなかった。
ただ、天幕がいくつかと高くたなびく旗が幾本か見えるだけだった。
魔物たちの姿は驚くほど少なかった。
「……予想以上に魔物の姿が少ないな。
これなら一撃で壊滅させられるかもしれん」
隊長は呟くと、背後の伝令に命じる。
「魔法使いたちに命じて長距離攻撃魔法の準備をさせろ。
騎兵たちは待機。号令でいつでも突撃できるように準備させろ。
歩兵たちは周囲の警戒」
伝令たちは散っていき、そしてすぐに戻ってきた。
「魔法使い部隊準備完了」
「騎兵、待機中。いつでも突撃できます」
「歩兵部隊、配置完了」
「よし、魔法使い隊、攻撃開始!」
隊長の命令で魔法使い隊が呪文の詠唱を開始する。地面に淡い光の筋が現れる。
それは巨大な魔法陣を形作った。と、その魔法陣を覆いつくすように別の光の筋が現れ、魔法使い部隊の作った魔法陣を塗りつぶした。
魔法使いたちが動揺の声を上げた。
「こ、これは魔法封じの結界!」
「敵襲!」
周囲を警戒していた歩兵たちから声が上がった。
部隊の周りのいたるところに魔物たちの姿があった。
◇
北の砦。見張り台。
雲から顔を見せた月が砦の石壁を照らした。
「なあ、奇襲部隊、上手く行ったかな」
見張り兵の一人が相棒に向かって語りかけた。
「どうかな。そろそろ攻撃を仕掛ける頃間と思うのだが」
見張り台がすっと暗くなった。また月が雲に隠れたのかと、見張り兵は空を見上げて絶句した。
空一面に黒い影。
見張り兵は目を見開き、その影を凝視する。それは無数の飛行種の群れだった。月の光を覆い隠すほどの飛行種の群れ。その群れからばらばらと小さな影が落ちてきた。
「て、敵襲~!」
見張り兵が大声を上げて、鐘を鳴らし始める。その見張り台へいくつもの小さな影が舞い降りてきた。
それは小型種の魔物たちだった。
「ぎゃぎゃぎゃ」
魔物たちは声を上げて見張り兵たちに襲い掛かった。
◇
カインはまとわりついてくる小型種の魔物を蹴り飛ばし、倒れている仲間を助け起こした。
「大丈夫か?!
くっそ、完全に囲まれてる。とにかく逃げるぞ。砦までだ」
カインたちは、オーガや小型種の魔物たちの群れの中を切り開きながら、砦に向かって逃げているところだった。
「がんばれ! あと少しで砦だ」
仲間を助け励ましながら、カインたちは走り続けた。
この登り坂を上り切れば砦が見える。もう少した、とカインは思った。
「な、なんだと……?!」
だが、カインたちが坂を上り切って目撃したのは、炎上する北の砦だった。
と、視界に巨大な黒い影が現れた。
オーガだ、とカインは思った。
オーガは巨大な棍棒を振り上げるとそれをカインめがけて振り下ろした。
北の砦陥落の報が届いたのは、昼頃だった。




