11 魔王って悪くなくない?
北の砦が陥落した。
奇襲隊との連絡も途絶えた。
砦から逃げ延びた兵士はいた。
だが、奇襲に参加した四千五百の兵については、ほとんど何も分かっていなかった。
もちろん、カインの消息も。
◇
その日の夜。
スタバに三人がいた。
美羽。
瑠奈。
そして田中。
異世界へ通じるスマホとの通話は切ってある。
充電できるようになったとはいえ、電池が無限になったわけではない。
用もないのに繋ぎっぱなしにしておく余裕などなかった。
誰も喋らなかった。
田中はずっと下を向いている。
「……田中」
美羽が呼ぶ。
「…………」
「田中って」
「分かってるよ」
突然、田中が言った。
「え?」
「僕のせいだけじゃないって言いたいんでしょ」
美羽は口を閉じた。
「王様が決めた。将軍も賛成した。僕一人が決めたわけじゃない。そういうことでしょ」
「……うん」
「でもさ」
田中が顔を上げた。
「最初、王様は半分だけ出すって言ったんだよ」
「…………」
「僕が言ったんだ。中途半端に兵を出したら駄目だって。逐次投入は愚策だから、やるなら一気にって」
瑠奈も黙っている。
「それで砦に五百人しか残らなかった」
「でも」
「飛行種と小型種が消えていたんだ……
僕、気づいてたんだよ。
何か変だって、自分で言った」
田中は両手を握りしめた。
「なのに、攻撃するって決まったら、どうやって勝つかしか考えなくなった」
誰も何も言わない。
「兵力の逐次投入は愚策」
田中は吐き捨てるように言った。
「知ってた。ゲームでも本でも何度も見た。だから言った」
そして、小さく続けた。
「でも、それと砦を空にしていいかは、全然別だった」
「田中……」
「僕、知ってる言葉を使って、分かった気になってたんだ」
店の喧騒だけが聞こえた。
いつも通りの街並み。自分たちの街並みは平穏という事実。そして、数時間前に異世界では砦が落ちた。それもまた事実だった。
何千人もの兵士の消息が分からなくなった。
その落差が、美羽にはひどく変な感じがした。
「……カインも」
田中が言った。
「僕が言わなければ」
「それ、やめなよ」
美羽が言った。
「でも!」
「死んだって決まってないじゃん」
「分かってるよ!」
田中が声を荒らげた。
「分かってるけど!」
「じゃあ勝手に殺さないでよ。
カイン、帰ってくるって言ったじゃん」
「そんなの!
約束したから帰ってこられるなら、戦争で誰も死なないでしょ!」
田中が立ち上がった。
美羽も睨み返した。
「そんなこと言ってないし!」
「じゃあ何だよ!」
「知らないよ!」
「二人とも!」
瑠奈が割って入った。
「ちょっとやめなって!」
美羽は顔を背けた。
田中も黙る。
しばらくして。
美羽がぽつりと言った。
「……ていうかさ」
「何」
田中の声は硬かった。
「魔王って、本当に悪いのかな」
「は?」
田中が顔を上げた。
「何言ってんの?」
「だから、魔王って悪いのかなって話」
「今それ関係ある?」
「あるでしょ」
「北の砦落としたんだよ」
「うん」
「カインだってどうなったか分かんないんだよ」
「だからじゃん」
「何が!」
また田中の声が大きくなる。
「美羽、さすがに今それ言うの変だよ!」
「なんで?」
「なんでって!」
「だってさ」
美羽は田中を見た。そして、瑠奈へと目を向ける。
「うちら、魔王がなんで戦ってるか知らないじゃん」
「…………」
「…………」
「アルト君だって知らなかった」
「だからって、今やったことがなくなるわけじゃない」
「なくなるなんて言ってない。
ただ、知りたいだけ。
なんでみんな、戦ってんのかを」
田中が黙った。
「魔王っちが、本当に人間を全部殺したいヤバい奴なのか。それとも、なんか理由があるのか」
「理由があったらいいの?」
「だから、そういう話してないじゃん!」
美羽が苛立ったように言った。
「ヤバいやつなら戦うしかないけど、理由がなんかあるならそれを聞くべきじゃん。違う?」
「…………」
「うちら、何も知らないまま戦ってんじゃん。他になんかないかって確かめてないじゃん。
そんだけ」
田中は何も答えなかった。
やがて鞄を取った。
「帰る」
「田中」と瑠奈が言った。
「今日はもう帰る」
田中は店を出ていった。
美羽はしばらくそれを見ていた。
「……怒らせた」
「そりゃね。田中も余裕ないし」
「うん」
美羽はソファにもたれかかった。
「でもさ」
「何」
「やっぱ気になる」
「魔王?」
「うん」
美羽は天井を見る。
「なんで戦ってんだろ」
◇
翌日。
『……もしもし』
「はい。アルトです」
スマホからアルトの声がした。
美羽と瑠奈。
そして田中もいた。
昨日のことは誰も触れなかった。
田中はいつもより少し離れたところに座っている。
『アルト君』
「はい」
『昨日言ってたやつ、調べた?』
「歴史についてですね」
『うん』
「まだ途中ですが、いくつか分かったことがあります」
アルトが紙をめくる音がした。
「まず、現在のアルセリア王国が建国されたのは、およそ八十年前です」
『八十年?』
瑠奈が声を上げる。
『そんな最近なの?』
「最近……なのでしょうか」
『最近でしょ』
美羽が言う。
『で、その前は?』
少し間があって、田中が聞いた。
美羽はちらりと田中を見た。
「一つの国ではありませんでした。
四つの国に分かれていました。
北にキルカ首長連合。
南にナンセリア王国。
東にイースタン。
そして西にアルド教区」
『北はキルカ……』
田中が呟いた。
「はい」
『北って、魔王領に面してるんですよね』
「そうです」
『魔族とは?』
「そこが意外だったのですが、交易していたようです」
『魔族と交易していた?』
「はい」
『敵なのに?』
「少なくとも当時は、現在のような関係ではなかったようです。
毛皮、鉱石、薬草、酒などの交易をしていたようです」
田中が顔を上げた。
『街道』
「はい?」
『北方砦の道』
「ああ」
『あれ、やっぱり交易路だったんじゃないですか』
「私もそう考えています」
『じゃあ、いつから戦争になったの?』
美羽が聞いた。
「その辺りが少し複雑で」
『複雑?』
「八十年ほど前、四つの勢力の間で戦争が起きたみたいです」
『魔族とじゃなくて?』
「はい。人間同士で、です。
当時、北のキルカ首長連合は他の三勢力より強い力を持っていたようです。
そのキルカが他の三国を支配しようと動いたみたいです」
『なんで?』
「詳しくは分かりませんが、争いの最初のきっかけはキルカ首長連合です。
キルカが南・東・西の三勢力との間で戦争を始めたのがきっかけで」
『魔族じゃないの?』
「はい。魔族はキルカと同盟関係であったことから、戦争に巻き込まれたような形だと思われます」
『じゃあ、勇者って、いつ出てくんの?』
「この戦争の途中です」
『は?』
「アルド教区が勇者召喚を行いました」
『魔王を倒すためじゃなくて?』
「記録を見る限りでは……
キルカ首長連合と、それに協力する魔族軍に対抗するためです」
『…………』
誰も喋らなかった。
美羽が最初に口を開いた。
『だとしたら、魔族が人間を滅ぼしに来たから勇者呼んだ、じゃなくない?』
「……そうとも言えます」
『そうとしか言えないじゃん。
戦争してて負けそうになったから、もう片方が勇者呼んだ、ってことでしょ。
しかも、人同士の争いじゃん。それ、魔王って、悪くなくない?』
『いや』
田中が言った。
昨日と同じ言葉。
けれど声は落ち着いていた。
『魔王が悪くないなんて、それだけじゃ分からないよ。
当時の魔族が何をしたかも分からないし、今の魔王とは別人だろうし』
『うん』
『だから、悪くないって決めるのは早い』
『そりゃそうかも知んないけど……』
美羽は少しだけ黙った。
『もう、思い込みで失敗することはしない。
ちゃんと納得するまで確かめる。そう決めたんだ』
田中はきっぱりと言い切った。
『そっか……
……えっと、昨日はごめん』
『え』
『言い方。間違えた』
田中が目を逸らした。
『僕も。カインのことも確かめるまで、決めつけない』
『……うん』
美羽もそれ以上は言わなかった。
「えっと……、まだ続きがあります」
アルトが言った。
『なに?』
「勇者はその後、キルカ首長連合を破り、四つの勢力をまとめてアルセリア王国を建国しました」
『勇者って初代国王ってこと?』
「はい」
『で、魔族とは?』
「その後も戦っています」
『向こうから攻めてきたの?』
「それが……」
紙をめくる音。
「アルセリア軍が北へ進軍した記録があります」
『…………』
『それ』
瑠奈が言った。
『こっちから攻めてんじゃん!』
「……そう読めます」
『勇者が?』
「はい。
理由は記録にはないから、はっきりしませんが、魔族から攻めてきたとは書かれていません。
ひょっとすると、勇者が強力だったので人側から仕掛けたのかもしれません」
『勇者ってそんなに強かったの?』
「雷を落としたり、暴風を起こしたり、砦を一撃で崩した、といった伝承が残っています。
一人で戦況を変えるほどだったと記録にはあります」
『うわ』
美羽が言った。
『チートじゃん』
『魔族からしたら、災害みたいなもんだね』
瑠奈が続ける。
田中は黙っていたが、ぽつりと言った。
『……魔族側から見たらさ』
田中が言った。
『勇者って、どう思われていたのかな』
アルトは答えられなかった。
『人間側では英雄』
田中は続ける。
『でも魔族側では……』
『悪魔?』
美羽が言った。
『たぶん』
田中が頷く。
しばらく誰も喋らなかった。
『ねえ』
美羽が言う。
『今回、うちらを勇者召喚したんだよね』
「はい」
『向こう、それ知ってるのかな』
「分かりません」
『知ってたら』
田中が呟いた。
『怖いかもしれない』
『だよね』
『八十年前に、自分たちの土地まで攻めてきた奴と同じものを、人間がもう一回呼んだ』
田中の表情が変わった。
『…………』
『何?』
美羽が聞く。
『僕』
田中が言った。
『また一個、決めつけてたかもしれない』
『何を?』
『魔王軍が、何をしたいのか』
「どういうことです?」
『僕、北の砦を落とすことが目的だと思ってた』
「違うと?」
『分からない』
田中はすぐに否定した。
『もう、分からないことを分かったみたいに言うのやめる』
そして。
『でも考えてみたい』
『何を?』
『魔王が何を考えているか』
美羽と瑠奈が田中を見る。
『今、何を考えていて、どうしたいのか。
でも、そんなのいくら考えても分かんないよね』
田中は苦しげに唸った。
『だね。やっぱ、会って直に話さないと分かんないよね』
美羽の言葉に田中はキョトンとした顔になった。
『魔王に会うって、また、そんな突拍子もないことを……
会って、話したって何か変わるかわかんないし』
『そだよ。でも会ってみないと分かんないでしょう。
ほら、さっき、何事も決めつけないっていったばっかしじゃん!』
美羽の言葉に、三人は誰も反論できなかった。




