12 魔王を探せ
『でさ』
美羽が言った。
『魔王に会うとして、どこにいるの?』
『…………』
誰も答えなかった。
『田中、どこ?』
『僕がなんで分かるんだよ』
『分かんないの?』
『分かんないよ』
『即答』
『だって、分かんないものは分かんないよ』
田中は少しむっとしたように言った。
『魔王家の旗が出てた場所にいたんじゃないの?』
瑠奈が聞く。
『前はそう思った』
『前は?』
『あそこ、罠だったじゃん』
「そうですね」
アルトが答える。
『旗があったから、そこに魔王がいるって僕たち勝手に思っただけで、本当にいたかどうか誰も確認してない。多分、いなかったんじゃないかな』
『じゃあ、魔王っちどこにいんの?』
『だから分かんないって』
『使えねー』
『この前まで賢者って持ち上げてたくせに!』
『いや、自分で賢者じゃないって言ってたじゃん』
『それとこれとは別!』
「二人とも」
アルトが止めた。
「魔王の所在については、こちらでも分かっていません」
『じゃあ会いに行けないじゃん』
『そうなんだよね……』
田中が腕を組んだ。
『使者を出すにしても、どこに出せばいいのか分からないし』
『うーん』
美羽も考える。
そして。
『ところでさ』
「はい?」
『魔王軍って、今どうしてんの?』
「どう、とは?」
『北の砦落としたあと』
「ああ」
アルトは少し考えてから答えた。
「北方砦を占領したままです」
『それだけ?』
「それだけ、というのは」
『南に攻めてきてないの?』
「……来ていません」
『え?』
田中が顔を上げた。
『全然?』
「小規模な斥候同士の接触はあります。しかし、大軍が南下しているという報告はありません」
『ちょっと待って』
田中の声が変わった。
『北の砦が落ちたんですよね』
「はい」
『こっちは四千五百人の奇襲隊も消息不明』
「はい」
『守りの要だった砦もなくなった』
「……はい」
『だったら今って、魔王軍からしたら、めちゃくちゃ攻めやすいんじゃないですか』
「…………」
『確かに』
瑠奈も言った。
『今、一気に来たらヤバくない?』
「非常に危険です」
『なのに来ない』
「はい」
『なんで?』
誰も答えなかった。
『兵隊、疲れてんじゃない?』
美羽が言った。
『それもあるかもしれない』
田中が言う。
『砦を取ったばかりだし、補給とかもあるだろうし』
『じゃあそれじゃん』
『でも……』
『でも?』
『それだけかな』
田中は考え込む。
しばらくして、瑠奈がぽつりと言った。
『勇者が怖いんじゃない?』
田中が顔を上げた。
『え?』
『昨日の話』
瑠奈が言う。
『八十年前の勇者、雷落としたり嵐起こしたりしたんでしょ』
『……うん』
『魔族からしたら災害みたいな奴だったんでしょ』
『うん』
『で、今回また勇者召喚した』
『…………』
田中が黙った。
『あり得る』
「何がです?」
『魔王軍が止まってる理由』
田中が言う。
『人間の軍隊には勝った。でも、勇者がまだ出てきてない』
『あ』
美羽が声を上げる。
『勇者がどこにいるか分かんないから?』
『もし向こうが、今回も八十年前みたいな勇者が来たと思ってるなら』
田中は慎重に続けた。
『王都まで深入りして、いきなり雷とか竜巻とか飛んできたら困る』
『そりゃ怖いわ』
『だから北の砦で止まって、様子を見てる?』
「可能性はあります」
アルトが言った。
『でもさ』
美羽が笑った。
『勇者来てないじゃん』
「……はい」
『来たのスマホじゃん』
「はい」
『あとヒグモン』
「はい」
『向こう、それ知らないんだ』
「おそらく」
『なんかかわいそうになってきた』
「なぜですか!」
◇
その日の午後。
「魔王軍より使者です!」
謁見の間に伝令が駆け込んできた。
「魔王軍から?」
国王が立ち上がる。
「はい。北方砦南方に白旗を掲げた一団が現れました」
「要求は?」
「捕虜の交換を求めております」
「捕虜?」
「はい」
伝令が言った。
「先の戦いで捕らえたアルセリア兵と――」
◇
「我が国が召喚した勇者を交換したい、と言ってきました」
と、アルトが言った。
『…………』
『勇者って、ウチと?』
美羽が言った。
「勇者を……」
アルトが呟く。
『じゃあ、奇襲隊の兵は生きているのか?』
「使者は、多数の兵を捕虜としている、と言ってたらしいです」
『え? 多数の捕虜?
じゃ、じゃあ、カインも生きてるの!?』
「それはまだ分かりません」
『でも、生きてるかもしんないんだ』
「はい」
田中は何も言わなかった。
ただ、大きく息を吐いた。
『つまりさ』
美羽が言った。
『やっぱ魔王っち、勇者に用があるんじゃん』
『だね』
田中が答える。
『北の砦を落とした後に攻めてこなかったのも、勇者を警戒してたからかもしれない』
「しかし」
アルトが言う。
「勇者を渡せと言われても、美羽殿はこちらの世界にはいません」
『だからさ』
「はい?」
『ウチと話したいんなら、スマホ持ってけばいいじゃん』
「どこへ?」
『魔王っちんとこ』
「…………」
『向こうから使者来たんでしょ?』
「来ましたが」
『じゃあ、その人に連れてってもらえばいいじゃん』
「美羽殿」
アルトは呆れたように言った。
「そこは魔王軍の本拠地ですよ」
『知ってる』
「敵陣です」
『知ってる』
「私が行くのですか?」
『だってスマホ一人で歩けないし』
「それはそうですが!」
『ヒグモンに持ってもらう?』
「無理です!」
ヒグモンは今日も黙っていた。
田中が静かに言った。
『でも、他に方法ないんじゃないですか』
「田中殿まで」
『魔王が勇者と交換したいって言ってるなら、少なくとも話をする気はある』
『そうそう』
美羽が言う。
『カインたちのことも聞けるし』
「…………」
アルトはスマホを見る。
魔王と話した者は、今の時代には誰もいない。
つい数日前、自分でそう言った。
ならば。
「……分かりました」
『え?』
「私が行きます」
『アルト君、本気?』
「はい」
アルトは頷いた。
「これは、私たちの世界の問題でもあります」
『…………』
「美羽殿たちに考えていただくだけでは駄目です」
アルトはスマホを握り直す。
「私が、魔王と会います」
『……そっか』
美羽が言った。
『じゃ、一緒に行こ』
「はい。でも実は、問題があります」
アルトが言いにくそうに言った。
『なに?』
「電池の残量が、あと十五パーしかありません」
『十五?』
「はい」
『じゃあ充電していこうよ。交渉の途中で電池切れたら目も当てられないし』
「それが……」
『なに?』
「スッパシーが、もうほとんど残っていません」
『え?』
「これまでの充電で、今年収穫されたスッパシーを、ほぼ使い切ってしまったそうです」
『マジ?』
「王都だけではありません。
各地から集められるだけ集めて、それを第一回、第二回、第三回と使ってしまいました」
『全部電池にしたの?』
「ほぼ」
『食べる分は?』
「それも、ほぼありません」
『やっば』
「次にまとまった量が収穫できるのは、来年の春頃になるそうです」
『春……』
美羽が少し黙った。
「どうしましょう」
『まあ』
美羽が言った。
『行くだけ行くしかなくね?』
「途中で切れたらどうするのです!」
『その時考えよ』
「美羽殿!」
『でも、行かなかったら何にも始まんないじゃん』
「…………」
『十五パーあるんでしょ』
「はい」
『じゃ、十五パーで魔王っちと話そう』
「そんな無茶な!」
『大丈夫大丈夫』
「何を根拠に!」
『アルト君』
「はい?」
『こういう時はね』
美羽が言った。
『とりま、やってみよ』
「…………」
アルトは頭を抱えた。
だが。
少しだけ笑った。
「……はい」
そして、スマホの隣に座るヒグモンを見た。
「行きましょう」
ヒグモンは。
やっぱり何も言わなかった。




