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13 勇者と魔王と災厄と

 数日後。

 アルトは魔王軍の使者と共に北方砦へ入った。

 かつて人間の兵士たちが守っていた砦。

 今は魔族の兵が立っている。

 アルトは緊張しながら、その中央にある建物へ案内された。

 そして。

 魔王と対面した。

 想像していたより若かった。

 二十代半ばほどだろうか。もっとも魔族の年齢と言うものはよく分からないけれど。

 黒い髪。

 額から伸びる二本の角。

 黒い衣装をまとっている。

 しかし、角を除けば人とそんなに変わらない。

 アルトが思い描いていた、禍々しい怪物のような姿ではなかった。


「アルセリア王国、宮廷魔法使いアルト・フェルナーと申します」

「魔王だ。

宮廷魔法使いと言ったな、ならばお主は勇者ではないのか」


 簡潔だった。

 アルトは机の上にスマホを置いた。


「はい。私は違います。

こちらは、召喚されるはずだった勇者との連絡手段です」

「……?

言っている意味がよく分からぬ」


 そこで、アルトは今までのことを一通り話して聞かせた。

 スマホのこと、美羽たちのことを。


「ふむ。なるほど、つまりそのクマのようなものが喋ると?」

「違います、違います。それはヒグモンといって、えっと、ただのぬいぐるみです。

喋るのは、こちらの板のほうです」


 アルトは慌てて訂正する。

 魔王は怪訝そうに真っ黒な板を見る。


「触っても良いか?」

「はい」


 魔王はその板を手に取ると、じっと黒い画面を見つめた。

 そしておもむろに口を開く。


「我は、魔王グリムゾォーム。

勇者とやら。お主と話をしたい。聞こえるか?」

「あー、えっと、すみません、今はつながっていなくて、話ができないです。

ちょっと貸していただけますか。

こちらからかけてみますので」


 アルトはスマホを返してもらうと、あらかじめ教えてもらった方法で美羽たちに電話をかけた。


『もしもし?』


「美羽殿、聞こえますか」


『聞こえてるよー』


「魔王陛下の御前です」


『お』


「変わりますね。

……、どうぞ魔王閣下」


 魔王はスマホを受け取ると暫し、じっと見つめた。

 そして。


『あ、美羽です。魔王っち?』


「…………魔王っち?」


『うん』


「私のことか?」


『他にいないじゃん』


「美羽殿!」


 アルトは思わず声を上げた。


「もう少し、その……!」


『だって名前知らないし』


 魔王はしばらくスマホを見つめていた。


「……これが勇者なのか」


『いや、ウチ勇者じゃないってずっと言ってんだけど』


「では勇者はどこにいる」


『日本』


「ニホン?」


『別の世界』


 魔王がアルトを見る。

 アルトは頷いた。


「先ほどご説明した通り、召喚に失敗したのです。

こちらへ来たのは、このスマホだけでした」


「では」


 魔王は再びスマホを見る。


「私に嘘は通用せぬ。

真贋の眼を持っている。

それを承知で、言っているのであろうな」

「ならば、その眼で見てください。

何度でも申します。勇者様はこの世界には来ていません」


『そゆこと』


 魔王の右目の色が少し変わる。そして、魔王は息を吐いた。

 

「……なるほど。我々は存在しない勇者を恐れて、軍を動かしたということか」


『そうっぽい』


 魔王は額を押さえた。


『でもさ』


 美羽が言った。


『なんでそんなに勇者怖いの?』


 魔王の表情が変わった。


「八十年前のことを知らないのか」


『ちょっと調べた』


「勇者は我々の領土へ攻め込んだ」


『うん』


「雷を落とした。暴風を起こした。砦を破壊した」


『やっぱそっちじゃ勇者ってヤバい奴なんだ』


「我々にとって、勇者とは災厄の名だ」


『だから今回も?』


「そうだ」


『でもさ』


 美羽が続ける。


『そもそも今回、なんでこんなことになったの?』


「何?」


『魔王軍が攻めてきそうだから勇者召喚したって、こっちは聞いてたんだけど』


「我々から見れば逆だ」


『逆?』


「最初に動いたのは人間側だ」


「我々が?」


 アルトが聞いた。


「北方砦に人が入り始めた」


「……砦の修復です」


「我々には、その目的は分からぬ」


 魔王は答えた。


「長く大きな動きのなかった砦へ、突然、人間が集まり始めた。石材が運び込まれ、兵も増えた」


『それ見て、そっちも警戒した?』


「斥候を増やした」


『で、こっちは魔族が増えたって思ったんだ』


 アルトは黙った。


「こちらが斥候を増やすと、そちらはさらに兵を増やした」


『そしたらそっちもまた増やす』


「当然だ」


『で、こっちは「魔王軍が攻めてくる!」ってなった』


「こちらは『人間が侵攻を準備している』と判断した」


『それで、こっちは勇者召喚』


 魔王の表情が険しくなる。


「それを知った時点で、我々には待つという選択肢がなくなった」


『なんで?』


「八十年前と同じ勇者が現れるなら、力を整えるまで待てと?」


『ああ……』


「ゆえに先に動いた」


『で、北の砦を攻めた』


「そうだ」


『そしたらこっちは、「ほらやっぱり魔王軍攻めてきた!」ってなる』


「我々からすれば、『やはり勇者を使って侵攻するつもりだった』となる」


『…………』


「…………」


 美羽が言った。


『なにそれ』


「何がだ」


『お互い、相手が攻めてくると思って、自分からどんどんヤバいことしてんじゃん』


 魔王は何も言わなかった。


『最初、誰も戦争する気なかったんじゃないの?』


「…………」


『こっちは砦を直しただけ』


「我々は斥候を増やしただけだ」


『それ見て兵増やした』


「だから我々も増やした」


『で、勇者召喚』


「だから軍を動かした」


『…………』


 美羽が大きく息を吐いた。


『バカじゃん』


「美羽殿!」


 アルトが叫んだ。


 魔王は少しだけ黙ったあと。


「……否定はしにくいな」


 そう言った。


『だったらさ』


 美羽が言った。


『もうやめない?』


「何をだ」


『戦争』


「簡単に言う」


『簡単じゃないの?』


「双方に死者が出ている」


『だからじゃん』


 美羽は即答した。


『これ以上増やさない方がいいじゃん』


「…………」


『そっちが勇者怖いならさ』


 美羽は続ける。


『もう勇者召喚しないって約束すればいい?』


 アルトが目を見開いた。


「美羽殿、それは!」


『だって今回も失敗してるし』


「そういう問題では!」

「待て」


 魔王がアルトを制した。


「今後、勇者召喚を行わないと?」


『うん』


「そなたに、その約束ができるのか」


『ウチにはできない』


「…………」


『だから王様に聞いて』


 アルトは額を押さえた。


『そっちも攻めない。こっちも勇者呼ばない。まずそれで止められない?』


 魔王は黙った。

 長い沈黙だった。

 そのとき。


 ピコン。


『あ』


「どうしました?」


『電池切れる』


「え?」


 アルトの顔から血の気が引いた。


『魔王っち!』


「何だ」


『とりあえず今の話、考えといて!』


「待て。まだ――」


『あと、カインたち殺さないでね!』


「カイン?」


『捕虜! みんな!』


「捕虜を殺す予定など――」


 プツン。


 画面が暗くなった。


「…………」

「…………」


 魔王とアルトは、真っ黒になったスマホを見つめた。


「どうなっておる」


 魔王が険しい顔でアルトを睨みつけた。


「ああ、ええっと。電池が切れると通話ができなくなるらしいのですが。

実は自分もこうなったのは初めてなので、どうすればいいのかよく分かりません」


 アルトはきりきりと胃が痛むのを感じた。


     ◇


 それから三日。

 スマホは沈黙したままだった。

 

「瑠奈ぁ~、アルトから電話来ない?」

「来ないね。何度かかけたけど電源が入っていないって」

「う~ん、どうなったんだろう」


 美羽は頭を抱えて身悶えする。


「スッパシーが手に入るのが春とかいってたから、3か月ぐらいしたらかかってくるんじゃない」

「マジ?

そんなに待てないし。それまでスマホなしってこと?

地獄じゃん」

「新しいスマホ買ったら」

「そんなお金ないって」

「それなー」

「でも、まあ、そうなんだろうねぇ。はあ、待つしかないのかぁ」


 と、その時だった、瑠奈のスマホが鳴り出した。画面には、『ミユ』と表示されていた。


「あ!」

「おっ?!」


 つまりそれは、アルトからの通話と言うことだった。

 瑠奈がボタンを押した。 


『もしもし!?』


「美羽殿!」


 それは紛れもなくアルトの声だった。


『アルト君!?』


「はい、アルトです。良かった。つながった」


『ほんと、良かった。でもなんで?

スッパシーが手に入るのって3か月ぐらい後なんでしょう』


「私が説明しよう」


 聞きなれない声が割って入ってきた。


『魔王っち!?』


「その呼び方は、やめる気はないのか」


『ない』


「そうか……」


 魔王は諦めたように言った。


「我が領内に、スバスッパという果実がある」


『スバスッパ?』


「非常に酸味の強い果実だ」


『まさか』


「そなたらの方法を試した」


『電池できたの!?』


「できた」


『マジで!?』


「大量に必要だったがな」


『あはははは!』


「何がおかしい」


『そっちにもあったんだ、スッパシー!』


「スバスッパだ」


『どっちでもいいじゃん』


「よくない」


 魔王は咳払いした。


「それより、返答を伝える」


 美羽の笑い声が止まった。


『うん』


「アルセリア王国が、今後、勇者召喚を行わないこと」


『うん』


「それを条件に、我が軍は進軍を停止する」


『じゃあ』


「停戦に応じる」


 アルトが息を呑んだ。


『マジ?』


「マジだ」


『魔王っち、今マジって言った?』


「……忘れろ」


『絶対忘れない』


「忘れろ!」


 アルトは思わず笑った。


「そして」


 魔王は続けた。


「捕虜も返還する」


『全員?』


「生存している者は全員だ」


『カインは!?』


「カインという騎士は確認した」


 アルトが立ち上がった。


「生きているのですか!」


「生きている」


『よっしゃあああ!』


 美羽の声が響いた。


『田中! 聞いた!? カイン生きてるって!』


 少し離れたところから声がする。


『……よかった』


 田中だった。


 本当に、小さな声だった。


「なお」


 魔王が言った。


「正式な停戦条件については、双方の使節団で詰める必要がある」


『うん』


「国境線。捕虜の返還。軍の撤退。今後の連絡方法」


『うん』


「そして」


 魔王は少し間を置いた。


「歴史についても、一度、互いの記録を照合したい」


『あ、それいいじゃん』


「我々の記録と、そちらの記録は、おそらくかなり違う」


『だろうね』


「だから」


 魔王はスマホを見る。


「今度は、確認してから判断することにする」


 美羽が少し笑った。


『うん』


 田中の声が聞こえた。


『それがいいと思います』


 戦争は、それだけで終わったわけではない。

 八十年続いた境界が消えたわけでもない。

 失われた命が戻ってくるわけでもない。

 けれど。

 少なくとも。

 新しい死者を増やすことは、止められた。

 そのきっかけになったのは。

 異世界から召喚された最強の勇者でも。

 伝説の聖剣でもなかった。


 一台のスマホと。


 二種類の、とても酸っぱい果物だった。

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