14 とりま、スタバ行っとく?
北方砦から、捕虜たちが帰ってきた。
街道の向こうから、長い人の列が近づいてくる。
負傷して杖をつく者。
仲間の肩を借りて歩く者。
頭や腕に包帯を巻いた者。
誰もが疲れ切っていた。
けれど。
歩いていた。
生きて帰ってきた。
「カイン!」
アルトは列の中に見慣れた顔を見つけると、駆け出した。
「お?」
カインが顔を上げる。
「アルトじゃねえか!」
「カイン!」
「ぐえっ!」
アルトはそのままカインに抱きついた。
「痛い痛い! 怪我人! 俺、一応怪我人だから!」
「生きてる……」
「ああ」
「本当に……」
「勝手に殺すなって言っただろ」
カインが笑った。
アルトは何も言えなくなった。
「おいおい。泣くなよ」
「泣いてません!」
「泣いてるじゃねえか」
「泣いてません!」
「はいはい」
カインは笑いながら、アルトの背中を叩いた。
その時。
『カイン!』
スマホから美羽の声が響いた。
「お」
カインがアルトの手元を見る。
「勇者様」
『生きてんじゃん!』
「だから生きてるって」
『心配したんだからね!』
「心配させて悪かった」
『ほら、田中もなんか言いなよ』
『いや、僕は……いいよ』
『良かないでしょう。ほら、言うことあるんじゃない?』
少し間が空く。
『カインさん。……ごめんなさい』
カインが首を傾げた。
「何が?」
『僕があの作戦を言ったから』
「ああ」
『僕がもっとちゃんと考えてたら、砦も落ちなかったかもしれないし、カインさんたちも――』
「賢者タナカ」
『はい』
「俺たちは負けた」
『…………』
「あなたの作戦が外れた。それもある」
『……はい』
「でも、決めたのは王様と将軍だし、戦ったのは俺たちだ。それに向こうだって考えてた。こっちだけ賢くて、向こうは何も考えてないなんてこと、あるわけねえだろ」
田中は黙った。
「次はもっと考えりゃいい」
カインはそこで、一度言葉を切った。
「いや、もう別のことを考えるべきなんだろうな」
『別のこと?』
「どうやって勝つかじゃなくて、どうしたら戦わずに済むか、とかな」
『…………』
「その機会を与えてくれたのが、勇者様であり、賢者様ってことだと俺は思ってる」
『……はい』
「それでいいじゃん」
カインはあっさり言った。
『……うん』
田中の声が少しだけ明るくなった。
◇
停戦が成立してから。
アルセリア王国と魔族領の間では、いくつもの話し合いが始まった。
北方砦をどうするか。
どこまで兵を下げるか。
捕虜の返還。
商人の往来。
昔の街道を、再び使うことができるのか。
そして。
八十年前に、何があったのか。
人間側の記録。
魔族側の記録。
両方を並べてみると、同じ出来事なのに、驚くほど違うことが書いてあった。
アルセリアの記録では、勇者は雷で魔軍を退けた。
魔族の記録では、勇者は空から雷を落とし、多くの兵を焼いた。
アルセリアの記録では、勇者は北方へ進軍した。
魔族の記録では、人間軍が国境を越えて侵攻した。
どちらが嘘というわけでもなかった。
ただ、見ていた場所が違った。
すぐに何かが変わったわけではない。
それでも、互いの記録を読み、話をする人は少しずつ増えていった。
◇
『ところでさあ、そろそろスマホ返してよ』
魔王軍との停戦交渉がひと段落した頃、美羽が言った。
『ウチ、ずっとスマホなくて困ってるのよ。だから返してよ』
「返せるものなら返したいですが……」
『召喚したんだから、逆にすれば戻せないの?』
「そんな簡単な……」
アルトは言いかけて、止まった。
「……逆?」
『うん』
「逆召喚……」
『できんじゃね? とりま、やってみよ』
「またそれですか……」
アルトはため息をついた。
「でも、まあ、『とりま、やってみよ』は最近、国是にしようという話もありますから」
『マジで?』
「分かりました。とりま、やってみましょう」
◇
王城。
あの日、スマホとヒグモンが現れた召喚の間。
焼け焦げていた魔法陣は、すでに修復されていた。
宮廷魔法使いたちが並ぶ。
中央に。
スマホ。
そしてヒグモン。
「上手くいくのかの?」
国王が聞いた。
「理論上は、召喚術式の流れを反転させれば、召喚元へ送り返せるはずです」
「理論上」
「はい」
「成功したことは?」
「今回が初めてでありますので」
「…………」
「ですが」
アルトはスマホを見る。
「とりま、やってみます」
「うむ。とりま、やってみるの精神じゃ!」
『大航海時代のスペインみたいなこと言ってるよ』
田中の声がした。
『なにそれ?』
『うんと、もっと先へ! ってのがあるんだけどね』
『なにそれ』
『でも、なんか語感似てない? とりま、やってみ!』
『似てない、似てない。恥ずいだけっしょ』
「ゴホン。そろそろ始めてよろしいでしょうか」
『失敗して爆発とかしないよね』
「今それを聞きますか!?」
『大事じゃん』
「大丈夫です!」
『ホント?』
「たぶん!」
『たぶんって言った!』
みんな、笑った。
「では、始めます」
アルトは魔法陣に向き直る。
召喚した時は部屋の片隅でひたすら詠唱していただけだったが、今回は術責任者に抜擢されていた。
世界初の逆召喚。
これは魔王との約束を保証する意味もあった。
万が一、人間側が約束を反故にして再び勇者を呼んだ場合、その勇者を元の世界へ戻すための対抗手段として、逆召喚術式のすべてを魔族側にも開示することになっている。
人も魔族も、今回の術式の成否を固唾を呑んで見守っている。
そういう一大事業だった。
その責任者に抜擢されたことに感無量なところもある。
だが、アルトの思いはもっと別のところにあった。
最初は。
ただの奇妙な板だった。
突然鳴り出して。
怖くて。
それでも、自分が出た。
そこから全部が始まった。
「……ありがとうございました」
『うん、何が?』
「いえ……何でもありません」
アルトは宣言した。
「術式開始!」
魔法使いたちが一斉に杖を掲げる。
空気を揺るがすような詠唱が始まり、それは徐々に大きくなっていった。
急に光が走る。
幾重もの魔法陣が床を覆う。
スマホとヒグモンが光に包まれた。
その瞬間。
ヒグモンが倒れた。
「あっ!」
アルトは反射的に魔法陣へ飛び込んだ。
ヒグモンを拾い上げる。
そして。
光が弾けた。
◇
「……え?」
美羽は瞬きをした。
美羽の部屋。
瑠奈と田中が隣にいる。
勿論、田中には、勘違いするなと言い置いてある。
そして。
部屋の中空に、まばゆい閃光が走った。
ポトリ。
スマホがベッドの上に落ちる。
「スマホ!」
美羽が飛びつく。
「帰ってきた!」
「ヒグモンも!」
「よかったじゃん!」
「マジで戻ってきた!」
「充電何パー?」
「そこ!?」
田中が呆れる。
「いや重要でしょ!」
美羽が画面を見る。
「二十三パー」
「微妙」
「あとで充電する!」
その時。
「……痛い」
三人が止まった。
「え?」
聞き覚えのある声。
だが、スマホからではない。
部屋の中でもない。
美羽たちはゆっくり顔を見合わせる。
「なんだ、これは!」
窓の外から大声がした。
どこかで聞いたような声。
美羽は窓から外を見た。
植え込みの横。
黒いローブを着た青年が立っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
青年が顔を上げる。
「ここは……」
窓から顔を出した美羽と目が合った。
「もしかして、アルト君?」
「…………」
アルトも固まった。
「美羽……殿?」
「うそ」
瑠奈が言った。
「マジ?」
田中も絶句する。
アルトは立ち上がった。
周囲を見る。
高い建物。
走る自動車。
電柱。
見たことのない景色ばかりだった。
「こ、ここはもしかして……」
「日本だよ」
美羽が言った。
「ニホン……」
「うん」
誰も、何と言えばいいのか分からない。
沈黙が続いた。
やはり最初に口を開いたのは、美羽だった。
「アルト君」
「はい」
「思ってたより普通だね」
「第一声がそれぇ!?」
瑠奈が吹き出した。
「ほんとにアルトだ!」
田中が叫んだ。
「声そのまんま!」
「当たり前です!」
田中は笑い出した。
「初めまして、アルトさん」
「……初めまして、賢者様」
「賢者はやめようか」
「では、田中殿で」
「うん」
アルトは美羽を見た。
「美羽殿」
「ん?」
電話越しに何度も聞いた声。
一度も見たことのなかった顔。
初めて。
同じ場所にいた。
「……本当に、いたのですね」
「なにそれ。いるし」
美羽が笑った。
「そっちこそ」
そして、美羽は少し考える。
時刻は夕方。
「ねえ」
「はい」
「アルト君、お腹減ってない?」
「……少し」
「じゃ、とりま、スタバいっとく?」
美羽は満面の笑顔でそう言った。




